テレパシーを使えても
「今まで一度も嘘をついたことがない」そんなことを真面目に言える人間なんているのだろうか。
物心がついていない頃に自分の過ちを隠すため、出来心で嘘をついたことなど一度たりともない。そんなことを確信して言えるのは狂っている人間か、幼少期誰とも喋らなかった人間か、相当稀有な環境で育った人間くらいだろう。
少なくとも、冗談で事実と違ったことを言っただけだとしてもそれは紛れもない一度の嘘だ。
やはり、本当の意味で嘘をついたことがないなんてことはあり得ないのだろう。
では、信頼とは何なのだろうか?
一般に、その人が言うなら、その人のやる事なら間違いはないだろうと、そう思える度合が信頼という物なのではないだろうか。
しかし、人間なのだから大小有れど間違いなんていくらでも起こすだろうし、嘘を絶対につかないとも言えない。
だから、本当の意味で相手を完全に信頼できるなんてことはあり得ないのだろう。
だから、俺が・・・・・
だから・・・・
「だから、俺ってテレパシー使える人間なんだよ」
俺と対面している二人は理解不能であると、と表情や仕草、間などで俺に伝える。
「今お前が考えていることも、もちろんお前も、あと読み取ろうとすればあそこにいる店員さんのも分かるんだよ」
俺から見て右側にいるトシという名の男友達が軽く息を吸ってから話始める。
「えーーーーーと・・・・え?お前、俺たちをこの、駅前の新しくできたオシャレなカフェにわざわざ呼んで、その上でこの話をしたかったわけ?」
「まさにその通りだよ」
「えぇ?お前いや、俺にだって用事とか・・・いや何も無かったけどさ・・・・」
トシとは少し空気の違うルイという名の男友達がふと口を開く。
「それは良いけどさ、テレパシー使えるんでしょ?やってみてよ」
俺はほんの数舜目の動きだけで天井を見上げ、ルイに問いかける。
「それって、使えるもんなら使ってみろよー!ってこと?」
「ん?え?まぁうん、そういうことかな?」
俺はトシの方を向き、なるべく真面目な顔を作ってから問いかける。
「お前は信じてくれるか?」
「いや、信じるって言ったって、実際に見てみなきゃ信じる信じないってもんでもないだろ」
現在俺は中学三年生で、今は秋の終わりごろだ。
トシとルイは中学一年生からの友達で、3年間ずっと3人で下校してたし、誰かの家でゲームしたり、3人だけで旅行してみたり、全員が全員の好きな物や嫌いな物、好きな女子すら知っている。
何度か大きな喧嘩もして、もう友達ではないなんて思ったこともあったけど、絶対に最終的には双方が自分の非を認めて謝って、それ以前より親密な関係になったと言える。
俺の中学生活という時間の中で出来た掛け替えのない親友だし、こいつらを忘れるなんてことは記憶喪失にでもならない限り一生ないだろう。
「・・・・・そういわれると思って、いくつか覚えておいたんだよ」
二人が当然の疑問を同時に口にする。
「なにを?」「なにが?」
「ルイ、お前さっきメニュー見て、値段高すぎだろって思ったよな」
二人のインチキを目の当たりにしているような目が強まる。
「いやいや、そんなの当たりまえだろ?だってここコーヒーが700円とかするんだぞ?普通に高いって思うだろ、普通に!」
「まぁ落ち着けよ、それで、他には?」
「そのあとアイスコーヒーって文字をバニラアイスと見間違えただろ、すぐに気が付いて、その後なぜか無性にソフトクリームが食べたくなった自分に対して、ソフトクリーム今全く関係ないのに急にどうした?とツッコミを入れてただろ?」
俺が言葉をつらつらと並べるたびに、空飛ぶ椅子が目の前にあるような表情になっていくルイを横目に、トシが体をテーブルに乗り出して言う。
「そ、それ、俺のは?俺のはないのか?」
「お前のは良い感じの奴が少ないんだよな、さっき歩いてるときに靴紐解けてるのを見つけて、後でにしようとしたまま今はすでに忘れてることとか」
トシがテーブルの下に顔を潜り込ませた状態で喋る。
「あ、ほんとだ解けてるわ!そういえば気付いたけどなんとなく後回しにしてたな!」
「じゃあ、これで俺がテレパシー使えるって分かってくれた?」
顔をテーブルの下から戻し、背もたれに体重をかけた状態で喋る。
「いいやまだだ、もっと決定的な何かが欲しい」
「そうだなぁ、良い感じのやつがなぁ・・・・あっ、俺が思い浮かべているものを当てられたら証明になるよな、そもそも思い浮かべているものはどういう風に分かるんだろう?赤いボールを思い浮かべたらそれがはっきりとわかるのか?って考えてただろ」
俺のこの発言により、二人は完全に俺のことをテレパシーを使える人間だと信じた。
その後二人からは、なぜ今まで使えることを黙っていたのかなどの至極自然な疑問をいくつも投げかけられ、それに答え続けてその日を終えた。
二人にとって今日は、親友が今まで隠してきたことを打ち明けた日、なのだろうか。それとも、普通ではありえない能力を持つ人物との初めての接触をした日、なのだろうか。
それは、俺には理解することはできない。
何か専門的な知識があるわけではないが、俺が思うに人格とは、幼少期の周りの環境に大きく左右される物なのだと思う。
悪い環境にいたから悪い人になる。なんて単純なものではなく、様々な因子がその人の小さな、もしくは大きな性格や人格の特徴を形作っているのだと思う。
俺は、人の考えていることが分かるという大多数の人にはない環境で育った。
こういう言葉の選び方をすると思春期特有の諸々だと片付けられそうなのであまり使いたい言葉ではないが、いうなれば俺は一般的な人間とは違った考えた方を持っているのだと思う。
言葉の表面で見れば一般的な考え方なのかもしれないが、俺は人から信じられたいのである。
しかし、論理的に事実に基づいて説明したうえで納得して信じられるのではなく、俺が「これはこういうことだなんだ、信じて」と言えば100%混じりけなく信じることができる。そんな人間がたった一人でもいい、この世界にいてほしいのだ。
しかし、人は本当の意味で人を信頼することはできないのだろう。
信じてほしい内容が突拍子もなく、その人の持っている前提や常識を壊すような物であればどれだけ表面上は信頼していようと聞き返したり、詳細を聞こうとして理論的な裏付けを求める。
それではダメなんだ。
それはいけないんだ。
トシもルイも、俺がテレパシーを使えるという事を理論的に、そうでなくては考えられないような事象をもってようやく信じてくれた。
俺は3年間なるべく嘘をつかないように心掛けてきた。もちろん冗談を言い合ったりもしたし、からかったりもした。しかし常識の範囲内で、冗談で済ませられる範疇で。
俺の説明の仕方が悪かったのだろうか?言葉が足りなかったのか?
「信じてくれ、詳細は言わないけれど」そういえば信じてくれたのか?
いいや、そんなわけがないだろう。そんな簡単なことではない。
俺は様々な雑学や豆知識を収集するのが好きで、成績では俺の方が圧倒的に上なので、軽い冗談で嘘をついても簡単に信じる。しかし、それは俺ならそんなことを知っていてもおかしくないという前提があるからだ。
しかし、常識的なことを覆すような嘘を冗談で行った際は、スマホで調べようとする。
自分の信じていることを覆すというのはそう簡単なことではないのだ。
トシとルイにテレパシーのことを伝えた日、とある夢を見た。
俺は夢の中で、テレビの前に座っていた。
そのテレビは恐らく母親が見ていたもので、小学校に入って間もないころの俺は、テレビで何が起きているのか全く理解していなかった。
ただ様々な光の情報が飛び交う画面をじっと見つめていた。
視覚から得た情報の多さで目がくらみ、目を閉じて俺は体をだらりとさせた。
その直後に、テレビから「信じてくれ!」と、連呼する男の声が聞こえてきた。
その「信じてくれ」という言葉は俺の中に木霊しつづけ、様々な角度に反響し、増幅し続け、頭が割れそうになった時に俺は今が朝であることに気が付いた。
夢の内容は半分本当にあったことだと、思い出した。
唐突に聞こえてきた信じてくれという言葉が印象的で、その後も俺の中に残り続けていた。
その印象がどれほど俺の人格形成に影響を与えたのかは分からないが、俺が人から信じられたい原因の一つなのだろう。
「だからどうしたって言うんだ」
そう俺は呟いた。
昨日俺が考えた事、トシとルイにしたこと、俺のテレパシーの事、今日の夢の事、俺が呟いた事。
全てをありのまま伝えて、拗らせすぎた幼稚な妄想と一蹴しない人物と、俺は出会えるのだろうか。
いや、出会う出会わないなんて単純な事じゃないんだろう。では、そんな信頼関係を気付くために俺は何をすればいいのだろうか。
俺は何をすべきなのか。
誰かが知っているのなら殺してでも知り得たい。
肋骨を貫通して胸に穴が開いているようだ。
手足は強くぶつかれば粉上になりそうなほど心細い。
使うことがはばかられるが、とても孤独だ。
学校に行けば俺のことをテレパシーが使える人間だと知っている親友二人と、クラスメイトたちが挨拶をしてくれるだろう。
親友二人はとてもまっすぐで、心の中を覗いて耳を覆いたくなるようなことが聞こえてきたことなんて一度もない。
クラスメイトもそんな傾向が強い。
だが、俺を信じてくれる人間はそこにはいない。
俺が渇望していることは、それでは叶わない。
俺は何をするべきなのか。何をすれば、俺は望みがかなうのか。