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うれしはずかし能力測定ー両雄ゆずらずっ!

 退魔士育成高等学校には、不審者の侵入を絶対に拒む聖域がある。


 国宝級の結界が多重に張り巡らされた、そこに、多くの猛者たちが挑み、そして……散っていた。


 女子専用棟。


 更衣室やシャワールームが完備されている建物は、高校生男子たちの妄想を、どうしても膨らませてしまう。


 そのような不届き者を決して逃さず、こらしめるのが、この二体の仁王像。歴史的仏師、雲景うんけいの遺作として名高い仁王像の風格は、見る者を圧倒する。


 女子専用棟、その入り口をまもる、対の仁王像、阿形あぎょう吽形うんぎょうは、鉄壁を誇っていた。


 一年生、不破夕莉(ふわゆうり)のクラスメイトの女生徒たちが次々とやってくる。


 妖狐の女の子、夕莉は、柊木藍香(ひいらぎあいか)に手を引かれながら姿をあらわす。彼? 彼女?は更衣室に行くのを嫌がり、せっかくの黄金こがね色の髪も、乱れてしまっていた。


「ほら、早く着替えないと能力測定に遅れるわよ……ホントッ、往生際が悪いんだからぁ」


 不破夕莉と柊木藍香、そして藍香が使役するタヌキッ娘のタヌが入り口に差し掛かった。


「そんな半端な狐は放っておいて、タヌはいくたぬ」

 タヌキッ娘が真っ先に入ろうと急ぐ。


 仁王像の目が、ギョロリ……


 そして、夕莉たちから見て左がわの仁王像、吽形うんぎょうが動き出した。


「あいや、待たれーぃ!」


 歴史的にも名高い、この仁王像は、綺麗な歌舞伎の見切りを披露する。その完成度の高さに、後に続く、その他大勢の女生徒たちは、立ち止まり拍手をしてしまう。


 タヌキッ娘のタヌは、仁王像の見切りに驚き、隠していた、お耳がボンと飛びだした。


「あいあいあい、妖魔の類いのぉー、侵入は見過ごさぬわぁ」

 今度は、右側の阿形あぎょうが、派手な見切りを披露した。


 ボンッ!


 タヌキッの娘の尻尾がでてきた!

 小さくて丸い茶色の尻尾。


 とうの本人は、

「あわあわあわ」

 となってしまい、慌てるようにして両手で口を抑えてしまう。


 それが、彼女を強調してしまった。


「ムムムムッ?!」

 吽形うんぎょうが、ズズズイッと前に出て、そこを上から覗き見る。


 タヌキッ娘は「あわあわ」と両手を口でふさぐ。肘は胸に当たり、そこを引き寄せて強調を……純情男子なら目のやり場に困る程度に大きな胸が、さらに強調されてしまったのだ!


 それは、吽形うんぎょうにとっては、ど真ん中に放られたボールと同様だった。


 国宝級の仁王像。

 雲景うんけいの遺作にして傑作。


 筋骨(たく)ましい肉体、退妖魔に特化しつつ、同時に、類い稀な、意志と性癖も表現された芸術だ。


 それは、まさに国宝級に相応しい仁王像であった。


「うむぅ……」

 見上げるような高さにある瞳孔が大きく開いた目で、タヌキッ娘をジィーと見る。


 身をよじるタヌキッ娘は、もう泣きそう。

 それは、まるで幼女、そして胸は大人のコラボ。


「通ってよし!」

「なっ! 吽形うんぎょう!」


「何を言うか! これは、我輩の意思である。通してよいぞ、阿形あぎょう

「しかし、このような妖魔など、ここに入れるわけにはいかぬ」

「この者は、ただの妖魔ではない」

「なんと?!」

「もふもふ巨乳ロリじゃ!」

「なるほど……では仕方がない。通るがいい」


「なにこの茶番……」

 次は、柊木藍香(ひいらぎあいか)が夕莉を連れて入る番。


「あいあいあい、ここは女子専用棟。男子禁制。故に、我輩たちは通すわけにはいかぬ」

「いかぬ!」

 阿吽の呼吸。阿形あぎょう吽形うんぎょうが同時に見切った!


 後に続く、その他、大勢の女子がざわつく。

「ま、まさか、柊木さん……」

「女装男子……」


「そう、ザマース!」

 採点に余念がない教頭が登場!


 国宝級にして雲景うんけいの傑作、そして歴史的セクハラの塊、女子棟の入り口を護る仁王像たちは、ただならぬ気配を漂わす。


「そうザマース、それを女の子とは認められないザマス!」


「やっぱり柊木さん……」


「おまえ、まさか……」

 ここで夕莉も合点がいく、柊木藍香が頬にしたキス、彼女が男であれば、姿が戻らなくても道理。


「な、なにを言ってるのよ! わたしは、女の子よ!」


「ムムムム!」

 吽形うんぎょうの判定!


 柊木藍香は胸を隠すようにして腕組み。そして、仁王像がグイグイくるので後ずさり。


「やや良し!」

 阿形あぎょうが、腕を回しながら決める歌舞伎の派手な動きで判定を下す!


「うむ、やや良し!」

 吽形うんぎょうも納得。


「やや良し!」


「なにがぁ? ねぇ? ちょっとぉ、なんなの?」

 柊木藍香、仁王像の関門を突破!


 残すは、不破夕莉。

 好戦的な仁王像の振る舞いに、妖狐の血が騒いだ様子。

 ふっわふわの立派な尻尾がゆっくりと揺れている。


「ムムムム、我の目は誤魔化せぬぞ!」

「誤魔化せぬ!」

「その愛くるしい姿……」


 売られた喧嘩は全て買う。

 それが、不破夕莉という男。


 仁王像を下から睨みつける。

 それは、不良同士が喧嘩前に、互いの実力を測るための威嚇行為……本人は、そのつもりだった。


 だが……


 その姿……それは、まるでおねだりであった。

 もふもふのキツネッ娘、しかも整った容姿のふっわふわの美少女だ。


「ムムムム」


 戸惑う仁王像。


「そうザマス、雲景うんけいの傑作、国宝級の仁王像は、破廉恥を見逃さないザマス。不破の野郎は、早くボロを出すザマース、ザマース」


 教頭が眼鏡の位置をなおす。するとレンズがキラーンと輝いた。


「ムムムム」

 阿吽の呼吸。阿形あぎょう吽形うんぎょう、対の仁王像が夕莉へ同時に迫る。


 圧巻の光景。


 もふもふ妖狐。

 可愛らしい美少女に迫る、巨大で筋骨逞しい、二体の仁王像。


 それは、まさに強敵の風格。


 ザマース教頭は「ゴクリ」と生唾を飲み込む。


 夕莉は武者震い。

 既に、臨戦態勢は完璧。


 そして、夕莉は完成させてしまう。


 それを無意識に為す才能をザマース教頭は、恐ろしいと思ってしまった。


 同性のその他大勢の女生徒ですら生唾を飲み込んでしまう光景。


 そんな美少女が、ここにいる。


 腰まで伸びた金色こんじきの髪が風に揺れ、ふわふわの尻尾、白毛がワンポイントで混じった可愛らしいそれは、ゆっくりと揺れていた。


 巨大な仁王像。


 美少女の顔の直ぐそばまで、それらが迫る。

 息の吹きかかりそうな距離だ……


 それは、嗅覚のない仁王像ですら、感じてしまう距離。

 至福とすら感じてしまう距離……


 甘い香り、女の子特有のお菓子の匂いを仁王像は感じてしまう。


 さらに、少女の肩が震えた。それは、武者震い。だが、仁王像たちには、それが、無敵の凶器になってしまう。


 もふもふ美少女のおねだりは、ここに完成。


 上目遣いでジトーと睨み、あまつさえ、肩を震わすその姿。


 これは、最強に可愛いい!


 そして、のちに、最強の必殺技と呼ばれるかもしれない姿。


 不破夕莉は『もふもふ美少女のおねだり』を発動させたのだ!


 これを喰らえば、どんな巨漢でもイチコロ! ましてや、相手は、かたよった性癖を持つ、セクハラの塊でもある仁王像だ!


「ムムム、中身が男でも侮れぬ!」

「侮れぬ! その姿は、半端な中身では、なしえぬ!」


「なしえぬぞお!」


「通ってよし!」

 阿吽の呼吸で仁王像がそろう。


「おぬしの中身は、女の子じゃあ!」


「ちっげーよ! バカ!」

 夕莉は怒鳴った!


 ああ、怒る美少女は、さらに、さらに、眼福に値する。


「なーむ」

 仁王像は、その姿を忘れまいと心に焼き付けて、定位置に戻った。


 ここに、仁王像を屈服させるという偉業を、不破夕莉は達成した。


「ねぇ? なんなの?」

 柊木藍香はつぶやいた。


 ザマース教頭は、持っていたペンを落とす。

「まさか、あの国宝級にして、雲景うんけいの最高傑作、破廉恥を決して見逃さない仁王像が屈するなんて、不破夕莉。彼の女子力は侮れないザマス」


「ねぇ? なんだったの?」

 柊木藍香は、夕莉を引きずりながら女子棟の中へ消えていく。動かなくなった仁王像に納得がいかない夕莉の叫び声がしばらく聞こえていた。


 不破夕莉が、難攻不落の仁王像を屈服させた。


 その一報は、すぐに彼の教室へ、もたらされる。


 木陰流忍術次期継承者、木陰ひな太(こかげひなた)は、体操服に着替える途中、それを、耳にした。


「やるな、不破くん。僕も負けないんだから」


 木陰ひな太も、男の娘の地位を確立しつつある最中だ。


 色白で細い身体、可愛らしい顔つき……おかっぱ頭の女の子にしか見えない彼……


 そんな彼の着替え方がいけない……

 筋肉の少ない細い身体は、おとこを目指す彼にとってのコンプレックス。他人には見せたくない肉体……


 そして、素肌を見せぬよう体操服に着替えようとしてしまう。


 純情な男子生徒たちは、頬を赤らめ、思わず目そらしてしまう。


 木陰ひな太、彼の素肌の露出を隠すようにして着替える姿は、まさに、女の子着替え。


 男子生徒ばかりの教室に、一人の女の子が恥ずかしそうに着替えている光景。


 そんな、光景がここにはあった。


 教室の廊下側の窓。

 そこから、キラーンという光。


「両雄、侮れないザマス……」


 ザマス教頭のその姿は……男子生徒の着替えを、のぞいているかのようであった……


 こうして、波乱の能力測定は、幕を開けようとしている。

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