初めてのキスキスキス〜争奪戦! 守るのは俺だ!
教室は大騒ぎだ!
男子生徒たちが騒いでいる。
その様子を女生徒たちは「やーね」とヒソヒソ話で見ていた。
「おい、不破! 降りて来い!」
「そうだ! そうだ!」
「俺たちは、お前のことを考えてだな」
「うるせえ! だから、俺は男、男なんだよ!」
教室の隅、用具入れの上で夕莉は髪の毛と尻尾の毛を逆立てて、フゥーッと唸っている。狭い用具入れ、その天井に四つ足でしがみつき、腰を浮かして威嚇する姿は、妖狐というよりネコにちかい。
「せーの」
男子生徒数人が用具入れに体当たり。
用具入れが大きくぐらつく。
もう、倒れそう……
夕莉がバランスを失った!
「よし! 坂本たちの働きを無駄にするな!」
両手を広げ待ち構える男子生徒たち!
間一髪!
夕莉は、そこから、教室の後ろ、天井から吊られている業務用エアコンの上にピョーンと跳び移る。
「なぜだ! 不破ぁー! 俺たちはだな」
「そうだ! 俺たちは、昨日の責任を感じているんだ!」
「下心なんかじゃない! これは、純粋なキスなんだぁー」
「うるせぇー! 純粋の方が、もっとキモいわ!」
「なら、軽い気持ちだ! 遊びと思ってさあ!」
坂本と呼ばれていた男子生徒が目をつむって両手を広げる。そして、口は……タコみたいに……尖っていた。
女子生徒のヒソヒソ
「やーね、夕莉ちゃんたら、遊びならいいって……」
「ちゃうわ!」
夕莉がドンとしたものだがら、エアコンを吊っている金具の一つが天井から外れてしまう。
西園寺蓮が教室に入ってきた。
「夕莉!」
彼は叫ぶ。
「おい、なんだ! この騒ぎは!」
もう一回、叫んだのも、西園寺蓮だ!
柊木藍香が彼のそばで耳打ち。
「……というわけよ」
西園寺蓮は烈火の勢いで男子生徒たちの前で仁王立ち。
「何を考えてるんだ! 夕莉の初めてを奪うなんて! 僕が許さない!!」
「蓮……」
夕莉はバランスを失いかけてる業務用エアコンの上で感動してウルウルしている。
「西園寺ぃ、バカなこと言うなよ! 高校生なんだぜ! 初めての訳があるか!」
「そうだ! そうだ!」
「西園寺グループの横暴はやめろぉー!」
「君たちは、夕莉を知らないんだ! あいつはなぁ、あいつは女の子とちゃんと話をすることも出来ないんだぞ!」
「ばかっ、話ぐらい」
グラグラグラッとエアコンが揺れて夕莉は最後まで話せない。
「本当なのか!」
「そうだ! そうだ! 騙されんぞ!」
「夕莉のことを一番よく知っている僕が言うだ! あいつはなあ、女の子と付き合ったことなんてない! 僕がいつも一緒にいて見張ってたんだから!」
女子のヒソヒソ。
「見張ってたですって」
「あらあらまあまあ」
「見張ってた……?! って、おーい、れーーん」
ここでついに、エアコンは限界。
ガシャーン!
本体は教室の床へ。
夕莉は間一髪、天井から伸びた吊り金具にしがみつく。
「どけ!」
群衆を割って出る男が一人。
「俺の名前は小次郎、空手部の次期エースだ。西園寺、ケガをする前に不破をこちらへ引き渡せ」
身長の高い筋肉の塊。その筋肉は、制服の上からでもわかるぐらいに発達していた。
「次期エース?」
「知ってたか?」
「さあ、知らねえ」
最後の声は、さっきまで先頭に立っていた坂本。
自称空手部次期エースと西園寺が相対する。
「夕莉ちゃんの奪い合いよ!」
女子は盛り上がっていた。
「おーい」
夕莉は吊り金具にぶら下がったまま……
西園寺は手の指をポキポキと鳴らしてニヤリ。
「夕莉は僕のだ。君には譲れない。それに、空手なら僕にも心得ぐらいある」
「僕のですって」
「きゃー」
などと女子は呑気。
先に動いたのは自称空手部次期エースだ!
「とりゃああー」
彼が放った正拳突きを西園寺は半身になって避けると、そのまま腕を掴んで一本背負いで投げ飛ばす。
「ぐわあっ!」
背中から床に叩きつけられた自称空手部次期エース。
「くそっ、こんなはずじゃ!」
「そういえば西園寺って中学の頃、空手大会で優勝してなかったけ?」
坂本はのんびりと成り行きを眺めていた。
ガシャ!
「うわわっ!」
天井の吊り金具が動く!
「夕莉!」
西園寺のよそ見を見逃さない自称空手部!
床スレスレから繰り出された前蹴りを、身体を反るようにして西園寺は、胸の前、皮一枚の距離で交わした。
かのように見えた。
「勝負あったな」
空手部は西園寺を見てダメージ有りと判断。
西園寺蓮の制服は、上着のボタンが弾け跳んでいた。その下のシャツも切れて……
彼は両手で上着を引き寄せ、胸の傷を隠すような格好。
そこへ、空手部の容赦ない一撃!
だが……
……その一撃は届かない。決して届くことは無かった。
吊り金具からふわりと夕莉が舞い降りたからだ。
黄金色の髪、立派な尻尾が勇ましい。
ふわりと浮いたスカートは、時と共に静まった。
「蓮は、俺が守る」
妖狐の姿で夕莉は、空手部をにらむ。
小さな右手は、大きな拳をしっかりと掴んでいた。
「うっ」
空手部は一瞬ひるむ。
それだけの凄みを夕莉が放つ。
たとえ、可愛らしい妖狐の姿であっても、彼の気迫を抑えることはかなわない。
それでも空手部は気をとりなおす。再び構えると、攻撃に転じるべく、夕莉の手をふりほどいた瞬間……
夕莉は軽く跳んで繰り出した後ろ回し蹴りが、彼の腹へ入る。
「グフッ!」
派手に教室の端まで吹っ飛んだ。
「おい……」
男子たちの顔が青ざめる……
「もう、手加減しねぇからな! 蓮に手を出す奴は、俺が許さねえ!」
「夕莉……」
蓮は傷が痛むのか、まだ胸を抑えていた。
「おい……」
坂本はガタガタと震えながら夕莉を指差す。
半妖。
妖魔と人の混じり物。
それは、珍しくない存在。ただ、それは、時に凶暴であり、恐怖の対象でもあった……
「おい、不破ぁー」
坂本の瞳には恐怖とは違う色、それは怒りにも似たなにか。
「んだ、文句あるのかよ!」
半妖を差別する人間もいる。当然、夕莉はそんなものに屈する気なんてない。
「おい、不破ぁ、お前なんでパンツ履いてねぇんだよぉー」
「は?」
これは、夕莉。
「はあーー?」
こらは、女子一同。
「だからパンツだよ! パンツ! トランクスなんて」
坂本に、夕莉は飛び蹴りを入れた。憐れな坂本は、反対側の壁に身体を打ち付け、教室の隅、そこの床で気を失った。その際も、彼は「パンツ」と口走っていたとかいないとか……
パチパチパチ……
女子たちのまばらな拍手の中
「夕莉ちゃん、えらい!」
などという声も混じる。
柊木藍香が夕莉の前に出てきた。
夕莉と目が合うと、彼女は栗毛色の長い髪を一回だけかきあげると横を向きながら言う。
「キスだけでしょ」
女子はソワソワ、男子は「許さん」となった。
「そうだよ、でも、相手がいねぇだろ?」
夕莉は柊木藍香に苛立ちを覚えた。
「やめろー」
西園寺蓮の叫び。
それは、もう遅い!
彼女は一呼吸で間を詰めると次の瞬間……
彼女は、彼のひたいに、キスをした。
それは、軽い口づけ。
そして、一瞬の出来事。
女子は「きゃー」となり、男子は殺意で「ウー」という唸り声。
唇の柔らかい感触。その後にくる、そこが濡れているという感覚。それは、気持ちの残り香のよう。
だからこそ、夕莉の頭はボンとなってしまう。
彼の顔は真っ赤。耳まで真っ赤かになっている。
そして……
「別に、ただ……昨日の借りを返しただけだからね……」
柊木藍香は、丸めた指を甘噛みするかのようにして唇を押さえていた。
「なんてことをしたんだ!」
胸の傷を抑えるかのようにしながら西園寺は柊木に迫る。
そして……
黄金色の髪の女の子は、顔を赤くしたまま、男へは戻っていなかった。
不破夕莉は女の子のままだ……
「やはりか……」
ここで、坂本が復活!
「そんな?! なんで?!」
ここで、不破夕莉も、ことの重大さに気づいた。
彼は柊木藍香を見る。
彼女は栗毛色の髪をいじって不破夕莉を見ていない。
「まさか、お前……」
不破夕莉は、彼女に近づくと確認した。
それは、言葉ではなく、動作で確認をした。
あそこと、あそこを手で触ることで……
それはスカートの上から、そして制服の胸の辺り……
もみもみと確認。
「柔らかい……膨らみ、そして、下は……ない……」
固まっていた柊木藍香は、可哀想に涙目になっていた。
彼女は、顔を真っ赤にして怒っていた。
「わ、わたしは、女の子よ!」
パーン!
乾いた音が一発。
そして、不破夕莉の頬には季節外れの赤い紅葉。
これを、人は当然の報いといい、時に天罰ともいう。
「夕莉ちゃん、サイテー」
女子の冷たい視線だけが教室を支配した。
「くそっ、こうなったら……」
夕莉は、西園寺蓮を見た。
彼は、胸を隠すようにしながらプルプルと首を横に振る。
少し涙目、震えながら後ずさり。
「おーい、先に座れ」
担任が教室に入ってきた。
次話 キスキスキスー初めてだから君と……