西園寺
高くて立派なビル。
空寺から歩いて行ける距離に、西園寺グループの本社はあった。
そのそばに、立派な日本建築のお屋敷。
出入り口は、日本瓦の屋根がついた両開きの門で閉ざされていた。
不破夕莉の親友でクラスメイト、西園寺蓮の屋敷前に、夕莉とその妹の姫乃がいる。
「お兄ちゃん、ほら、ぐずぐずしないで」
「なんで、お前は、そんなに、嬉しそうなんだ?」
耳と尻尾が愛らしいもふもふ妖狐の女の子になってしまった夕莉は、セーラ服姿で肩をすくめる。
「だって、久々だもん! 西園寺さんに会うの!」
「……お前なぁ。俺はまだ納得してないぞ? こんな姿になったままでいいのかよ?」
「んー、まあ、しょうがないよね」
夕莉は困ったように笑う。
「でも、西園寺さんならわかってくれると思うんだ」
「そうかねぇ……」
「そうだってば。それにさ、ほら、お兄ちゃん、可愛いしぃ」
「えっ!?」
思わず反応してしまった夕莉に、妹のニヤニヤが止まらない。
重そうな扉……そこが開くと、学生服姿の西園寺蓮が出てくる。
「もしかして夕莉……」
「ほら、お兄ちゃん!」
逃げる夕莉のえり首を妹の姫乃が掴んだ。
「おい、やっぱり無理だって!」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん! 自信持って!」
「いや、そういう問題じゃなくてだな……。そもそも、俺は男なんだぜ、それが……」
「夕莉、君は、ずっとそのままなのかい」
「う……」
「夕莉くん、君はそれでいいのかい?」
「そ、それは……男に戻る方法ならあるんだか……」
夕莉は妹をチラッと見た。
「お兄ちゃんとなんて、わたしはイヤよ」
「俺だって、ごめんだな」
「じゃあ、ずっと、そのままね」
セーラ服姿でピンと立った二つのお耳ともふもふ尻尾が可愛いらしい女の子、セーラ服姿の兄、夕莉の腕に、妹は、嬉しそうに両手でしがみつく。
西園寺蓮は、そんな夕莉の妹と目が合うと、彼はなぜか「離れなさい」といった具合いに、兄妹を引き離す。
「そのままぁ……? ダメダメ……、ダメに決まってる! 夕莉が男に戻る方法があるなら教えてくれ!」
夕莉は、妹を「ほらみろ」と見てから言う。
「いやいや、蓮でもこればっかりは無理だ」
「言ってみろよ、なんだって、僕は力になるよ」
「き……」
夕莉は、指で自分の頬をぽりぽりとして口ごもってしまう。
「き?」
西園寺蓮は真面目に、
「きーー?」
妹の姫乃は少し意地悪。
「きーーーー?」
「あー、もー、キスだよ、キス。異性とのキスらしいんだよ!」
「異性って」
西園寺蓮は、自分で自分を指差した。
「ちゃうわ、俺は男なんだら、女に決まってるだろ!」
「……男?」
西園寺蓮と妹の蓮の声がそろう。
セーラ服姿の妖狐の女の子。
中学生ぐらいの女子だ。
黄金色でふわふわした髪は腰の高さまで伸びている。もふもふの尻尾には白い毛のワンポイントがあり可愛らしい。そのうえ、頭に乗っかってピンとしている二つのお耳は愛おしさ主張してくる。
誰がどう見ても、夕莉の外見は可愛い女の子だった。
今だって、夕莉はガルルルとしているのに、その姿がじゃれてる仔犬のよう。
だから、西園寺蓮と妹の姫乃は、笑ってしまう。
「ごめんごめん」
「夕莉が可愛いからついつい」
「まあ、夕莉が男の子に戻りたいっていうなら、僕が協力するけど……」
夕莉の顔は真っ赤に染まった。
「お前なぁ! もういいよ! 勝手にしろ!」
「待ってよ、お兄ちゃん。どこに行くつもりなの」
夕莉の身軽さは人の常識を超えていた。妖狐にふさわしい身軽さ。勢いで家屋の屋根まで跳ぶと、そのまま忍者が屋根を走り抜けるように駆けて、隙間が有ればピョンと跳ね、進んでいく。
遠くで夕莉の声が聞こえる。
「バカバカバカ、西園寺のバァーカ、俺は男だ!」
「西園寺さんのせいよ」
なぜか顔が赤くなっていた西園寺は、姫乃と目が合ってハッとする。
「ハハハ……ごめん、なさい」
「で? なんで顔が赤いのよ」
「トランクスが見えちゃって……」
不破姫乃は大きなため息を吐き出した。
「もう……跡取りで大変なのは知ってるけど……お兄ちゃんにも早く言ってあげたら……」
「そんな……」
「そしたら、キスが出来るかもよ……でも、言わなくてもいいのよ……」
姫乃はにたぁーと笑う。
こうして、二人は、それぞれ登校をはじめ、姫乃の中学校へ、西園寺蓮は高校へと向かう。
そして彼が教室に入ると、そこは、大変な騒ぎになっていた。