巫女の神楽〜キスしたのは、いっかい、なんだからねっ
食事もひと段落の頃合い。
席を立ち移動する生徒たちも多くなって来た。
「そんなに気にすること、ないんじゃない」
柊木藍香は、落ち込んでいる不破夕莉に話しかけた。
「でもよぉ、俺の退魔士資格が停止されるなんて、ぜってえ納得できねえ」
「そうかしら?」
「納得できねえたら、できねえんだ!」
夕莉は怒って頬を膨らす。
本人は真剣に怒っているのだが、その姿は、誰が見ても、正直かわいい。
なので、藍香も「あらあらまあまあ」といった具合に、もふもふ夕莉の頭をポンポンと叩いてしまう。
「んだよぉ!」
不機嫌な夕莉。
藍香は、その表情に、また少し口元を緩ませてしまうが、急に真顔になる。すると、彼女は、テーブルに肘を立てて、夕莉を見つめた。
「それで、これからどうするの?」
「どうするって、そりゃ、男に戻れば解決だろ?」
「じゃあ、おとことキスするんだあ」
「うっ」
夕莉は、天を仰いで絶句した。なんなら、そのまま、食べたばかりの食事を戻す勢いもある。そんな、表情の絶句だ。
「あのあの、なんの話ですかぁ?」
テーブルの空いた席に加わってきたのは日下優歌と、タヌキッ娘だ。茶々は、行部茶々という真名を藍香以外には隠したままでいる。
「あ、おまえら、昨日のことなら、もう、気にすんなって」
「そうよ! そうよ! でも……、そうね……、みんなと話をすることは、いいことだと思うわ」
夕莉も、藍香も、日下優歌と茶々の二人が、テーブル行脚をしていたのを見ていた。
「はい……ありがとございます」
彼女は、下を向いてしまった。それでも、ひざの上においた手のひらをギュッとすると、沈黙を自らで破る。
「……あのあの、なんの、お話をされてたんですかぁ?」
「ああ、それね……」
藍香の言葉に食らいつくように、日下優歌がテーブルに身を乗り出してきた。
「実は……」
藍香の瞳が動く方向へ、日下優歌もつられて動く。
彼女は、含みを持った横目で夕莉を見た。日下優歌も、不破夕莉を注目している。
「こいつ、入学した初日は、男だったのよ」
「え……」
日下優歌が固まった。
そして、顔を真っ赤にして叫びだす。
「えーーーーーっ!」
「だから、声が大きいってば」
耳を押さえる藍香。彼女の言う通り大声であった。食堂に響き渡るくらいの大声だ。
「でも、しょうがないわよね。知らないで、もと男と温泉に入ったんだから」
柊木藍香は、すごく意地の悪い表情をしてみせた。
「もとじゃない、いまもだ」
夕莉は、腕組みをしてそっぽを向く。
その仕草を見て、日下優歌の表情がパァーッと明るくなると、テーブルをバァーンと叩いた。
「こ、こんな、かかか、かわいい生き物の中身が、男の子なんですかぁーー!」
「あんたたち、そこじゃないでしょっ!」
藍香がツッコミを入れる。
「そこが、一番大事だろ!」
「そうですよ!」
話が噛み合わない二人に、藍香もギブアップして、テーブルに顔を埋めるようにして、伏せてしまう。
「とりあえず、あんたは、そのまま、いいんじゃない?」
息継ぎをするような格好で、藍香は、夕莉に言った。
「いいかぁ、俺は、二度、抜刀して男に戻ってるんだぞ!」
「はいはい」
藍香は、テーブルにぐったりしながら、バイバイと手を振った。
「あのあの、男に戻る方法があるんですか?」
「男とキスしたら、戻るそうよ」
柊木藍香のやる気メーターは、かなり低い。投げやりな口調だ。何かを思い出したのか「あー馬鹿みたい……」と言うと、耳を赤くして、足をバタバタさせている。
日下優歌の反応は違う。
「あのあの、じゃあ、に、にに、二回も男の子と、キキキキキ、キスをしたんですかあ!」
「いっかいよっっ!」
これは、藍香。
「だれが、するかよ!」
これは、夕莉。
そして、二人とも、同時に席を立ち、目が合うと、気まずそうな沈黙。そして、座った。
「あのあの、じゃあ、柊木さん、いっかいは、キスをしたんですね?」
日下優歌の悪気のない追い討ち。
「そ、そうね」
藍香は返事をした。
そして、「あぁあぁぁ」と唸り声を出しながら、そばにいた茶々の髪をくしゃくしゃにしちゃっている。その時、藍香は「あんたのせいよ」と言っていた。
「こんな、かわいい生き物が、男の子といっかいやっちゃってるなんて……」
日下優歌は、恐ろしいものを見るような目で、夕莉を見た。
「おい、こら、言いかたぁ! 男とキスなんてするか!」
「でもでも、男の姿に戻ったんですよね?」
「抜刀すると戻るんだよ。昨晩だって……」
「桜がパァーッと舞う、あの曲芸なら、一度、見せてもらいましたけど……」
日下優歌は、口を尖らせている。
「うわぁぁぁ」
不破夕莉は、テーブルに伏せて沈んだ。
彼にも、同じ「抜刀」なのに、男に戻る時と、そうでない時の違いがわからない。
担任がテーブルにやってきた。
「おまえら、元気そうだな」
「先生ぇー、退魔士資格の停止は、撤回してください」
不破夕莉は、テーブルに伏せながら、涙目の上目遣い。
「不破ぁ、そんな顔しても、無駄なんだからな。停止は、もっと上が決めたことで……」
担任は、こらえていたが、夕莉がじぃーっと見つめるものだから「うっ」となってしまった。
「先生、しゃんとしてください」
藍香が、担任に喝を入れる。
朝食の時間も随分と経ち、冷んやりしていた空気も温まってきた。窓の外に見える風景も、影が短くなり、ひなたが広くなっている。色鮮やかな新緑の緑が映える、都会とは違う景色が広がっていた。
担任は、手をたたく。
生徒たちが注目をする。
「これから、周辺の探索をするぞ! 準備をしてグランドに集合!」
生徒たちが、食堂を出ていく。
夕莉たちが、テーブルを離れようとする時、担任が声をかける。
「そういえば、ここらに、審神者という珍しい霊能者がいるらしいぞ」
「は?」
夕莉たちは、担任の意図が理解出来なかった。
「おまえに憑いてるのは、お稲荷さまなんだろ?」
夕莉は、コクリとうなずいた。
「審神者なら、お稲荷さまの声を聞けますよね?」
担任は、日下優歌の方を見て言った。
「はい、私の家は神社ですから……」
「そうそう、週末は、おまえらを連れて、日下さんの実家へ行くぞ」
「でもでも……」
「日下さんは心配しなくても、事情は、村長さんからうかがってます。大祭だったかな?」
「はい」
「まあ、そういうわけだ。週末は、日下大社にうかがうから、そのつもりでいろ!」
担任は、そう告げると、食堂から出ていった。




