巫女の神楽〜日下優歌のごめんなさいっっ
翌日の朝食……
廃校舎の食堂に生徒たちが集まっている。
食事の匂い、雑談の声。
昨日の騒ぎは、退魔士を目指す者たちにとっては、貴重な体験だった。興奮した様子で、男女問わず、それが話題となった会話が多い。
高校生といっても、普通とは違う。危険が、隣り合わせの仕事に就こうとする者たち。それが、退魔士育成高等学校の生徒なのだ。
配膳がひと段落し、さあ「いただきます」という時に、日下優歌が皆の前に出てきた。
自信なさげなのは、いつもと変わらない。
人前にでるのは、苦手なタイプ。
そう誰もが思っている人物だ。
そんな彼女だから、生徒たちは、ざわつきはじめた。
話は早朝に巻き戻る。
森に囲まれた廃校舎。都会とは違い、人の匂いがする音とは無縁の世界に囲まれている。
その静寂に異音が耳障りな異音が混じる。
生徒たちもまだ、朝の惰眠をむさぼっているであろう、起床まえの時間帯に、ガソリン車のエンジン音が近づいてくる。
それは、廃校舎のグランドに入ると静かになった。
バタン……
自動車のドアが閉まる音。
担任と宿直室に泊まっていた役場の人が、その来訪者を出迎えた。
「村長、わざわざ、朝早くに、ご足労いただいて申し訳ありません」
「ああ、君も、昨晩は大変だったな」
「いやいや、私は、何もしておりませんので……」
役場の人は、正直に事実を述べた。生徒たちに怪我人もなく、妖魔が討滅されたのは、彼にとっては、喜ばしいことだったのだが……
「怪我人がないとの報告は、本当かね?」
「はい、さすがは、退魔士の卵たちといったところ……」
役場の人は、村長の顔を見て、その先を言うことを、ためらってしまう。
「それは、残念だ。大祭が近いというのに……、それで、引率の教師は?」
「担任の先生なら、宿直室におられますが……何か、問題でも?」
「大年寄り会の連中がうるさいんだよ」
閉鎖的な村社会。
役場の人間も地元出身の者が多い。
うるさ方の大年寄り会が、大祭に、ご執心ということは、村で有名な話だが、大祭の詳しい詳細を知る者は、少ない。
村長と村役場の人の会話は、歩きながらずっと続いている。廃校舎の玄関を入ると、静かな校内に足音が響く。
「はあ、大祭には、ご迷惑にならないと思いますが?」
頻発している妖魔たちを退治することは、村役場としても歓迎したくなる。「早朝というのは、迷惑だが、村を代表して謝意を伝えにきて下さった」と、彼は、さっきまで思っていたのだ。
「よそ者がいることが迷惑なんだ、そうだろうが?」
「最近は、妖魔に振り回されてましたから……、それに、日下の者たちが呼んだ刑部タヌキの連中も、頼りないというか……」
「四国なら、刑部に頼ることは、よくあること、奴らは、それで共存をしているんだ。手に負えなければ、手練れをよこしてくる」
話し声が廊下にこだまする。
「それに、日下の娘には、大祭での大役があるんだ。よそ者の世話などしてる場合か!」
「なら、別の者に任せれば……、中学生に世話役なんて」
「日下神社の宮司が言うだ。仕方なかろう! なんでも、村に同じ年頃がいないから、最後ぐらいとか、あーだ、こーだ、言いおって、どいつも、こいつも」
「あの……」
役場の人が、申し訳なさそうな顔をしている。
宿直室の扉は開いていた。
寝癖が付いたままの担任が、扉の前に立っていた。
朝の食堂。
日下優歌に一同は注目している。
「何してんだ? あいつ……」
夕莉が席を立とうとする。
「もう、静かにしてあげなさい」
隣に座っていた、柊木藍香が、そんな夕莉を引き止めた。そして、小声で「がんばれ」と彼女を見る。
その瞳と目が合い、彼女は、決心がついた。
なのに、いざ、かたろうとすると、頭が真っ白になってしまう。昨晩の騒ぎの後、ずっと言い出せずにいたこと……
何度も、何度も、伝えたいと思った気持ち。
心の中では、繰り返されていた言葉が、全て消し飛ぶ。
だから、立ったまま、腰を折って、全身で目一杯に頭を下げた。
勢いよく、潔くにだ。
大きな言葉。
頭は下げたまま。
だから、床に向かって大声で、
「ごめんなさい」
その後、しばらく頭を下げたままだ。
彼女は、逃げたいとか、非難とか、嫌われるとか、そんな事情を恐れているわけではない。
言葉が出ないのだ。
頭の中は、真っ白。
妖魔の件。
日下が手配した刑部たちでは、手に負えなかった。
それを、彼女は自身の不手際と思い。怖い思いをさせたのでは? という申し訳ない気持ちで、胸が張り裂けてしまっていた。
彼女は、下を向いたまま、ハッと思う。
気持ちを伝えるのは、床ではない。
真っ直ぐと正面を見て。
みんなの顔をちゃんと見て。
「ごめんなさい」
と言った。
生徒たちは、彼女が、何を謝ったのか理解できない。
でも……。
日下優歌が深々と頭を垂れたのを見て、何かを感じ取ったのだ。その真剣さが伝わったのだろう。誰も何も言えずにいた。
「ご、め、ん、な、さ、い」
彼女は、ゆっくりと繰り返して言った。
不破夕莉が席をたつ。
「何を謝ってんだよ」
「えっ……、あのあの、だって、だって……」
「まあ、もし、昨日の妖魔のことなら、気にすんなって」
「でもでも……」
「俺は退魔士だ。ここにいる奴らは、みんな、それを、目指してるんだぜ。妖魔なら歓迎た。なあ、そうだろ!」
夕莉が皆に向かって問うた!
すると、
「そうよ、優歌ちゃんは、全然悪くないじゃない!」
「男子が弱すぎなのよ」
「おいおい、厳しいが、その通りだな」
「そうだ! そうだ! 日下ちゃんは、悪くないぞ!」
と誰一人として彼女を責めるものはいない。
「タヌもみんなに、あやまるたぬ」
とタヌキッ娘の茶々も謝りだし、皆が「それも、違う、違う」という始末。
「なっ! 俺たちは、退魔士なんだぜ! 気にすんなって!」
夕莉が、日下優歌に微笑む。
「ありがと、みんな」
彼女は、涙ぐみ、顔を両手で隠してしまう。
担任が食堂に入って来ていた。
彼は、手を叩いて、皆の注目を集める。
「夕莉の言うとおりだ。日下さんには、責任はない。退魔士育成の宿泊学習。妖魔が多いことは、歓迎だ」
「そうだぜ、バンバン、倒していこうぜ」
夕莉のエイエイオーに皆が合わせて盛り上がる。
「おい、早く、食わねえと、飯が冷めちまうぞ!」
担任のどうかつ。「ほら、君も早く」と彼は、日下優歌も席に戻るようにうながす。
担任は、夕莉の背中に向かって話しかけた。
「おい、不破、言い忘れてたが、おまえの退魔士の資格、停止されてんぞ」
「え⁉︎」
夕莉が振り返る。
「いや、さっき、おまえ、言ってただろ? 俺は、退魔士だって。違うから、おまえも、今は、退魔士見習いだ」
「えーーーー! なんでぇー!」
ふわふわの妖狐の女の子が、可愛らしくびっくりしていた。




