ドキッ初めての宿泊学習ー温泉を襲う黒い霧と臆病タヌキッ娘の決意
刑部タヌキは、化けタヌキの中でも名門中の名門。
四国最強の一族というのも、伊達ではない。
柊木藍香が使役するタヌキッ娘。
そのタヌキッ娘こそ、刑部タヌキ本家の血筋にして、末の娘だ。
奪った命の数だけ妖力が増す。刑部タヌキを最強といわしめる特異能力もしっかりと受け継いでいた。
だが……
彼女は、一族最弱の化けタヌキと呼ばわれている。
幼い頃から、虫一匹を殺すことすら躊躇してしまう彼女の妖力は並より低い下の、さらに下だ。
彼女の兄も姉も、末娘ということで、それでも彼女を可愛いがる。だからこそ、認められたいと願ってしまった。
承認欲求。
それを満たすため、不破夕莉に絡んで……
結果、柊木藍香に使役されているタヌキッ娘。
彼女の真名は、刑部茶々。
末娘とはいえ、最強の化けタヌキの一族、その姫君だ。
どうしても彼女は、人に使役されていることを、一族に知られたく無かった。
たがら、今も、目立たない隅で、大人しく温泉に浸かっている
女子生徒たちが温泉につかる。
湯加減は丁度よく、温泉独特の心地よさに、皆の顔は緩んでしまう。
遠くに、落雷の音。規模の小さい、初歩的な雷撃の応酬がされていることが、音と光で女生徒たちに教えてくれる。
「あのバカたち、よく頑張るわね」
柊木藍香は、温泉のふち、そこの岩場に腰をかけた。
目のやり場に困った夕莉は、湯に半分顔をうずめ、泡をぶくぶくとさせる。
「バカね、タオルぐらい巻いてるわよ」
それはそれで、夕莉には複雑でもある。
露天温泉を巡る攻防戦は、激しさを増す。
「いっけぇ、タヌキ共に、邪魔はさせるな!」
先頭に立つのは坂本だ。彼は、護符を絶やすことなく、タヌキたちに向かって投げる。
その度に雷鳴と閃光を轟かせていた。
「刑部タヌキの恐ろしさ、小僧どもに教えてやれぇ!」
刑部タヌキたちも負けてない。
雷撃に怯むことなく突っ込んでいく。
一匹のタヌキが戦場を離れ、温泉へ。
今回の雇い主である日下優歌の元を目指す。
露天の脇の茂みが揺れる。
「きゃあー」
驚き。
そして……
「タヌキだあ! かわいい!」
女子はとても呑気。
「敵は、一歩も引きませぬ。早めに、服を着られるのがよろしいかと……」
タヌキは戦国武将が殿にするかのように、首を垂れ、優歌に報告をした。
「ほんとっ、ばかっ、もうこれ、覗きなんかじゃないわね」
柊木藍香の言うことは、もっともだが、覗きであれば最初から破綻していた。
「まあ、そろそろ、良い頃合いね」
温泉を出て、脱衣所で、女子たちが着替えを始めようとする。
抜き足、差し足、忍び足で脱衣所に向かう女子一人。
「ややや!」
タヌキが驚く!
「どうされましたか!」
もう一匹が茂みから……
「姫さまでは、ござりませんか!」
刑部タヌキたちに、タヌキッ娘、刑部茶々はお子様見つけられた。
爆発音!
かなり大きな術式。
火炎とは違う、爆裂術式、その範囲も広い。
お遊びではすまない威力だ!
宿直室から担任が飛び出す。
女子たちも着替えを急ぐ。
「姫さま、話は、後ほど!」
刑部タヌキは、現場へと急ぐ。
「あっ! あんた、のぼせてるの?!」
柊木藍香が、のぼせた夕莉を温泉から救出をはじめる。
露天温泉を巡る攻防戦、その最前線で異変がおきた。
夜闇に紛れて黒霧が迫る。
それは夜霧のようでもあった。
だが、それは、異界の者たちと一緒に迫ってくる。
森から妖魔の群れが襲ってきたのた。
その数、数百以上、数が多すぎて、この場にいる誰も規模を把握できないでいる。
「タヌキ共、はなれろ! 特大の爆裂護符をぶちかますぞ!」
坂本が護符を光らせる。
刑部タヌキたちも察して、その場から離れた。
轟音をと共に、辺り一体が吹き飛んだ。
「すげー」
男子生徒は、これで終わりだと思った。
それほどの威力だ。
「あの一枚しか爆裂はねえのに……」
大小様々な妖魔たちは、その数が異常過ぎて、さっきの爆裂が効果があったのか、わからない程だ。
「坂本、どうする?」
彼は舌打ちをして戦いをはじめた。
刑部タヌキたちも奮戦をしていた。
タヌキと男子生徒たちは、互いをかばい合うようにして戦う。
その最中、刑部タヌキの上役が戦況の報告を、つどつど、日下優歌に持ってきていた。
柊木藍香が陣頭をとる。
「男子だけに任せるのも酷ね」
着替え終わった女子からも、加勢に出ることが決まった。
もちろん、そのメンバーに、柊木藍香と空寺の巫女、矢口弥生もいた。
前線は、苛烈さを極めていた。
妖魔の強さは、黒霧の野狐とまでいかない。
ウサギやリス、カラスや野鳥、森の動物が妖魔に変化したかのような姿。
個体としては強くない。
だが、数が、とにかく異常なのだ。
森に棲まう生き物の総量を超えているかのよう。
だから、苛烈さを極めてしまう。
「お前ら、大丈夫か!」
担任が駆けつけてきた。
怪我を負った生徒たちを集め、担任は結界で守りはじめた。
タヌキッ娘の刑部茶々は、前線に向かう最中。
怪我したタヌキたち、そして、露天温泉の方へ、運ばれる、血を流す男子生徒を見た。
「ちょっと、力を借りるわよ」
柊木藍香の護符には、刑部茶々の真名が、柊木家に伝わる崩し字で隠されている。
結界とは一戦を引いて空間を分けること。
そこに、物量法則はない。
なにを媒介とするか、また何の力を借りるか、種々様々な違いはあれど、結局は、壁があると全てを欺く術式のこと。
化けタヌキを媒介となせば、広大な結界が完成する。
温泉の周辺一体を結界が覆う。
黒霧の流入が減少。
結界内の戦局は有利になっていく。
それでも数が多く、結界の外にもそれはいる。
「頑張りなさい!」
柊木藍香は、己が身の霊力が吸われ続けるのを耐えながら、茶々を励ます。
タヌキッ娘、刑部茶々も既に全力だ。
柊木藍香が、命じるまでもない。
彼女は全力を超えて、全てを出す覚悟だ。
刑部本家の血筋。
命を奪っただけ妖力は増す。
ここでも、ほら、弱そうなウサギか何か小動物が変化した弱そうな妖魔がいる。
その命を、茶々が頂戴したのなら……
彼女は決してしない。いや、出来ない。命を奪えない臆病者。承認欲求だけは、人一倍強い、愚か者。
だから彼女は願う。
妖力が枯れて、己が身が張り裂けるまで、ここを守り通す。
「だって、殺すのも殺されるのも、かわいそうじゃない」
情けない覚悟だ。
何もできない臆病者の覚悟。
「だから、神さま……」
卑怯な願い。彼女自身も、そう思う
だから、彼女は死を覚悟した。
それを、どうしようなく愛おしいと桜花は思う。
刑部茶々の身は限界を迎え、血が噴き出そうとする寸前。
桜が舞う。
最初は一枚、次に、二枚、ヒラヒラと……そして、数は倍々に……
桜が覆う。露天温泉の湯にも桜が、満開になった。
「よう耐えたな……」
桜花は、茶々の小さな身体を抱きしめた。
桜の花びらが、傷ついた者たちに触れる度、その傷を癒していく。
茶々が「神さま」と口にする前に、桜花は優しく、指でそこをふさぐ。
「神さまは嫌いじゃ……それに、そなた同様、わしも荒事は好かぬ」
茶々をその身から、そっと離す。大切な割れ物を壊さないよう慎重に、されど素早く、そっとだ。
「荒事は主さまの領分。あとは、主さま……」
声が変わる。桜花の身体が変化した。
空気が一変する。勇ましさが満ち溢れていく。
「抜刀」
着物を着た侍が、抜き身の刀を持って現れた。
不破夕莉は、また全てを思い出す。
だからこそ、茶々を放ってはおけない。
侍は己がことの解決より、他者を救うことを優先する。
それが、彼の大義。
刀を振るう覚悟であった。
「すまんが、ここからは、俺が預かる」
茶々は見ている。
刑部茶々にない全てを、この男は、持っていた。
「憐れだな……」
この場に集う妖魔は、森の動物たちの成れの果て……
あまりにも数が多い。
黒霧の正体は掴めぬが、その意図は、やはり明らか。
物量で押し切るという単純で、そして、憐れから命を奪うことを良しとしない桜花には、効果がある戦術……
相手が誰か知らぬが、桜花を良く知っている。
その者に心当たり、だが、それは、彼が滅したはずであった。
無秩序に荒れ狂う妖魔たち。
刑部茶々の結界は、既にない。
桜花のも、不破夕莉に、その身を譲ったのだから、いずれ、消える。
「憐れとて、容赦せぬ」
初桜という刀、不条理なり。
神を斬って捨てるために研ぎ澄まされた刃。
この世に存在しないはずの何かに、罰を与えようと、鍛えられた刀だ。
「造作もない。ただ華やかに散れ初桜」
たった一振り。
それで全てが滅されて、浄化するのだから不条理。
森に棲まう妖魔たち、その全てを討滅せしめる。
女子たちの着替えも、とうの昔に済んでいる。だから、すぐに、男女が混じって、騒がしく動きはじめる。
刑部タヌキたちと男子生徒たちも、お互いの奮戦を讃えあう。担任も怪我人がいないか? と走り回っていた。
柊木藍香は、茶々をいたわる。
「なにも出来なかったたぬ……」
刑部タヌキの上役たちが、ゾロゾロと茶々の方を目指す。
「もう、タヌを連れて帰る気ね」
柊木藍香の影に茶々は隠れようとする。
そんな茶々を見て、侍の不破夕莉は言う。
「よく頑張ったと思うぜ。おまえが、いなかったら、何人かは危なかった、だから、堂々と胸を張れ」
「そんな……タヌに命を奪う覚悟があれば……もっと、早く……」
「バカ言え。そんな難しいことは、どうでも良いんだよ。おまえは、頑張った、だからえらいんだ」
そうやって笑う不破夕莉の笑顔に、茶々は、温泉の湯のような癒しを感じた。
「だから、堂々と胸を張れってんだ」
不破夕莉は刀を納めた。
そして、彼は彼女となって悲鳴を上げた。
「ああああーーー!」
可愛いらしい妖狐の姿で、不破夕莉は、ガッテムと天を仰ぐ。
刑部タヌキの上役たちがやってきた。
「ささっ姫さまは、お屋敷に」
「お屋敷には、絶対に戻らないたぬ」
茶々は上役たちの手を叩いて逃げ出す。
そして、茶々は、不破夕莉に跳びつくようにして抱きついた。
「姫さまぁー、戻ってください!」
茶々は、不破夕莉の顔を、その大きな胸の中に埋めた。
服越しに、その感触が、不破夕莉の顔いっぱいを包み込む。
「この人から学ぶたぬ」
それは、退かないという勇気と立ち向かう気迫のこと。
不破夕莉は、彼女の胸の中でモゴモゴと何かをいう。
「もう、彼女は、それを持っている」
と彼は言いたかった。
刑部タヌキの上役が慌てる。
茶々に夕莉の声は届いてない。
「姫さま何故ですか?」
「なぜって?」
彼女はより一層、不破夕莉をギュッとする。
「だって、だぁーいすきっっ」
その姿を見て、刑部タヌキの上役は、諦めてしまう。
「ほんとっ、タヌたらっ、しあわせそうね」
柊木藍香の言葉が、この場の全てを締めくくった。
次回より「巫女の神楽」本編へ突入




