ドキッ初めての宿泊学習ー闇に紛れてうごめく者ども! 温泉の攻防戦!
日が完全に沈むと、それらは動きだす。
退魔士育成高等学校の生徒たちが泊る廃校の校舎。
手入れの行き届いていないグラウンドの隅、そこに、校舎から漏れた光がわずかにとどく。
伸びた雑草が不自然に揺れていた。
校舎の中では……
男女の部屋割が確定し、各々が思い思いにくつろぐ。
夕食前の時間帯なっていた。
その沈黙を破る男が一人。
坂本がついに動く!
「野朗共! 覗きに行くぞぉー!」
と、拳を突き上げた。
「うおおおおおおお!」
それに同調するように雄たけびを上げる。
男子生徒のほとんどが、立ち上がり声をあげた。
彼らは、これから行われる大イベントに胸を躍らせていた。女子風呂を覗くという大イベントだ!!
さて、女子部屋。
矢口弥生の自己紹介もひと段落。
空寺の巫女も務める、スーツ姿のご麗人は、不機嫌を隠せない。
「それしても、あの、ぐうたら、いなり〜……よくも、若さまをこんな姿にぃー」
夕莉の細い肩を両手で掴む。
「ま、まあ、矢口姉ぇ、落ち着いてくれ」
夕莉は、矢口弥生に頭が上がらないらしい。
「はい、落ち着きますよ! 若さまをこんな可愛いお姿にぃ……」
うっとりと頬を赤らめる。
「あのあの、ぐうたらの、お稲荷さまって?」
日下優歌には分からないだらけだ。
それを説明してあげるのは柊木藍香、彼女は面倒見がいい。
「……というわけよ」
「そ、そうですか……」
日下優歌は、そう〜っと手を伸ばし、夕莉の頭を撫でて見る。
いきなりのことに、夕莉は「ひゃい」と声を出してしまう。
「わあ、ふわふわだあ」
日下優歌が、夕莉の黄金色の髪に頬を寄せる。
「あのあの、つまり、つまり、不破さんは、御神体なんですね」
「なっ!」
絶句したのは、空寺の巫女、矢口弥生だ。
「本殿には寄りつきもせず、若さまの身体には入ると……」
などと言いつつ矢口弥生は「ひゃい!」という夕莉の悲鳴を無視して、そのふっわふわの尻尾を胸の前に持ってくるとギュッと両手で抱いて堪能する。
「本殿に……? 空寺ってつまり……」
「本殿が空でも、御神体は、鎮守の森、そこの祠におられる訳ですから、どうこう言われる筋合いは、ありません!」
矢口弥生が、夕莉を独り占めしようと抱き寄せた。
畳を敷いて、宿部屋に改装された元教室の壁が震えた!
凄い振動だ!!
「覗くぞ!」
「オオオーーー!」
隣の男子部屋からの怒号!
「ああ、おとなしいと思ったら……」
柊木藍香は、護符を準備する。
「やーね」
などと他の女子も同調。
「あら、あなた、やけにおとなしいじゃない?」
「た、たぬ……」
タヌキッ娘のタヌも、今日は、やけに静かだった。そんな彼女が肩をすぼめると胸が強調されてしまう。
「へぇー、あなたも女の子なのね。なら、安心なさい、この柊木藍香さまが、のぞきなんて下衆な真似は、させないわ」
「でも……」
「やっぱり、そうよね……」
「仁王像たちも、いないのよね」
女子たちは不安な様子。
「もうっ! あなたたち、少しは、あたしを信用なさいっ!」
ここは、普通の廃校。
女子の生活空間は、国宝級の結界には守られていない。
さらに、最強の一角とされる、あの仁王像も……
戦闘力は頼りになる夕莉ですら、モフラレ過ぎてヘロヘロだ。
「あのあの、大丈夫です!」
日下優歌が立ち上がる!
「私だって、巫女の血をひく者。四国最強の一族に、露天温泉の警備は依頼済みです!」
「オオオーーー!」
今度の振動はもっも凄い。
女子部屋の天井の角から、ほこりがパラパラと落ちた。
「露天温泉ばんざーい!」
男子は勝利しか確信をしていない。
そして、名高い陰陽師を先祖に持つ坂本も護符を出して不敵に笑って見せた。
その騒ぎは宿直室で、役場の職員と話しをしている担任たちの耳にも入る。
「止めたほうが……」
心配そうな役場の人。
「まあ、放っておいて大丈夫ですよ。これも、退魔術の向上につながります」
現場に出れば、命がけの仕事。
互いに本気が出せる騒ぎは、学校としても歓迎していた。
「まあ、一線を超えるようなら、容赦なく叱りつけますよ」
担任は、頂いた菓子をつまむ。
「あ、これ甘みが好みですよ。美味いですね」
こうして、諸事情でお泊りを固く禁じられている西園寺蓮は不在の中、露天温泉の覗きを巡る、女子と男子の退魔合戦が幕を開けた。
露天温泉の茂み、そこから声がする。
「おい、配置は万全か?」
「万全か?」
「万全か?」
「バンザイか?」
茂みから丸い尻尾……それは、まるで……
「こら、だれが伝言をせいと言ったか! この、たわけ!」
「たわけ!」
「たわけ?」
一匹のタヌキが、怒りのまま立ち上がる!
「よいか! 我ら、四国最強、刑部タヌキの一族なるぞ!」
「オオオーーー!」
「女子たちの柔肌は、我らが守り抜け!」
「えいえい、おおおーーー!」
仔タヌキも混ざる、それは、ちょっと可愛らしい。
そして、この勝鬨は、全ての者に丸見えであった。
「あらあら、刑部タヌキって……」
柊木藍香は、そばにいるタヌキッ娘の耳へ口をよせる。
そこで、小さな声で、次のように話した。
「あなたの真名の姓と同じね。もしかして血族?」
タヌキッ娘は、同族に見つかりたくないようで、柊木藍香の身体を盾にして、上手に身を隠す。
「で? あんたも、早く、観念なさい!」
「やだやだやだ! 女と風呂に入るなんて、いやだ!」
不破夕莉は、着替えの時以上に嫌がる。なんか、一緒に入ると誇り? か何か判明しないが、とにかく何かを失う。そんな、恐怖が彼を襲っていた。
「他の奴らは、いいのかよ!」
不破夕莉は、他の女子に救いを求める。
「もう、今更よねぇー!」
「ねぇー!」
と夕莉を言葉遣いが乱暴な女子程度としての認識。
一緒についてきた矢口弥生は、もっとひどい。
「若とは、私が中学生まで一緒に入った……」
などと口走り、女子を「きゃーーっ」と興奮させる始末。
「あの時の俺は、まだ六歳だ!」
不破夕莉は、柊木藍香を振りほどき、先に脱衣所へ入って行くのであった。
次こそ、温泉……




