ドキッ初めての宿泊学習ー到着から大騒動?
道すらない山奥。
人の手が入っていない森の中。
木々は無秩序に生い茂り、太陽を遮断し暗闇を演出していた。
一匹の妖魔が樹木の隙間をぬうようにして駆け抜けていく。その動きは、何者から逃げるようであり、獲物を狙う勇ましさは微塵もない。
矢が空気を切り裂く音。
一本の矢が進む。
それが、妖魔に命中すると、鋭く鳴き叫び、霧散して討滅された。
そこから、ほんの小さな隙間。立ち並ぶ木々の間。豆粒より小さな隙間だ。
その先に矢を放った彼女はいる。
彼女は、空寺の巫女。退魔士の仕事を請け負い、寺をずっと不在にし、この地を訪れていた。
今はスーツ姿の矢口弥生は、桜の弓を無造作に仕舞う。
四国の山奥、伊予村。
都会から遠く離れた山村では、大年寄り会が開かれていた。
公民館に集う姿は、山村ならではの、のどかさを醸し出す。
そこで、百年に一度の大祭は決定された。
「しかし……この時期は……」
村長がハンカチで額の汗をぬぐう。
「あの小娘のほかに問題があるのか!」
「はあ、それがあ……」
小娘とは、空寺の巫女、矢口弥生。そして彼女は、退魔士の仕事を国から受託して、この村に来ている。
「空寺の名の由来ぐらい知っておろう。国の依頼など……」
「そう仰られても、ふもとからは、ここが元凶と……」
妖魔の被害が頻発している。それは、他愛のない小さな事件。死傷者は、まだ皆無とは、その数が多すぎる。
「そうならんように、大祭を取り計らう。お稲荷さまも、それをお望みだ」
大年寄り会は、幕を閉じた。
村長は車に乗り込むと携帯で話しはじめる。
「君、そうえば、退魔士育成高等の連中の件……」
四月も終わりに近づくと木々の若葉、道端に生い茂る雑草の緑が、まぶしくなってくる。
九十九折りになった、急カーブが続く山道を一台のバスが駆け上がっていく。いくつもの尾根を越え、谷を下り、行き着く先、開けた空き地でバスは停車した。
四国の山奥、伊予村に、退魔士育成高等学校一年生、不破夕莉のクラスが乗ったバスは到着した。
日も沈む頃、刻一刻と、空が赤く染まりはじめている。
明日からは、この地で、育成訓練が目的の宿泊学習が、本格的にはじまるのだ。
不破夕莉の目の前に広がる風景。
山に囲まれた、自然豊かな農村地帯、そこに学校はある。
木造平屋の建物、そこがバスから降りたクラスメイトたちが見上げた校舎だった。
その玄関口に、一人の少女がいた。背丈の低い少女。
彼女は、緊張が最高潮に達していると言わんばかりの表情で、お辞儀をする。
「は……初めまして、今日から、こちらで皆さんのお世話係りを務めさせていただきます、日下優歌です!」
彼女は深々と頭を下げた。
彼女の肩には鞄がかけられており、その中には筆記用具や着替えが入っているのだろう。その鞄を持つ手がプルプル震えている。
「日下優歌さん?」
柊木藍香が、彼女に近寄る。
そして、「こんにちは」と声をかける。
「あのあの、こ、こんにちは」
「そんなに緊張しないで、ね」
と、言いながら、手をつかんで握手を求めた。
日下優歌はおどおどと手を差し出し、彼女の手をしっかりとつかむ。
柊木藍香は、そんな彼女に微笑んだ。
そして、視線を不破夕莉へと……
その瞳は「少しは気を使いなさいよ」と語っているかのよう。
「ん?」
夕莉は首をかしげた。
「あのあの、こ、この可愛いすぎるのは、な、なんですか」
日下優歌は、表情をパァーと明るくさせ、今にも、夕莉をモフリはじめる勢い。
「あれよ、あれ、得意の抜刀とかいう曲芸を見せて上げなさい」
抜刀……
木陰ひな太を黒霧の野狐の群れから救った際、見せた技。
それは、ただ剣を現出させるだけでなく、夕莉の姿を変化させ、侍の姿をした男に戻した技でもあった。
今までと違う抜刀。
当然、夕莉は、あれから何度も抜刀を試したのだが……
その結果をクラスメイトたちも知っている。
「夕莉ちゃんが抜刀するわよ!」
キャッキャッと女子たちが集まってきた。
「な、何だよ! 見せ物じゃねぇぞ!」
夕莉がガルルルと吠える。
「あのあの、え! え! 抜刀って何ですか!」
日下優歌も興奮の絶頂に巻き込まれた!
皆の期待の眼差しが、不破夕莉、その小さくて可愛らしいモフモフの女の子に集まってしまう……
「これが、最後だからなあ!」
夕莉は目をつむる。
そして、可愛らしい声で叫ぶ!
「ばっとう!」
ぴょんと跳ねて、エイッと刀が現出する。
それは、刀というよりは、小太刀? よりも小さいナイフ? それとも玩具の刀というべきか……
ここに、おもちゃの刀をエイッと振るう、モッフモフの可愛らしい女の子が誕生した。
しかも、刀を振るうたび、桜の花びらが、ヒラヒラと数枚、舞う。
そんな役に立つのか、立たないのかという術式のおまけ付き。
「おお〜」
パチパチと拍手が起こる。
「く、くそう、バッカにしやがって!」
不破夕莉が刀を大きく振った。
桜の花びらが天を覆う。
空は夕焼け。
夜も藍色を濃くしながら迫っている時間帯。
そこに桜が色を添える。
「綺麗……わたしは、好きよ……」
柊木藍香は、そう言うと、顔を夕焼け色に染めて「違う! 違う!」と全力を出し切ろうとしていた。
「あ……あの……」
日下優歌の言葉は、途中で消えてしまう。
不破夕莉は、刀を鞘に収めた。
矢口弥生は、少し前から、その光景を見ていた。空寺の巫女であり、退魔士の仕事で、この村に訪れている彼女……
その視線の先、妖狐の姿をした美少女がいる。
腰まで伸びた黄金色の美しい髪、そこから飛び出す耳には気品があった。立派な尻尾は、豊かさを象徴しているかのよう。
不破夕莉の祖父、一心から事情を聞いていた矢口弥生は、確信した。
そして、もう一つの事情を彼女は試す。
「若さまぁー」
スーツ姿の美女が、不破夕莉たちの方へ飛び出してきた。
凄まじい勢いで、その距離を、一気につめる。
そして……
妖狐の姿をした不破夕莉を抱えてしまう。
美女が美少女を抱えキスをする。
矢口弥生は「若さま」と慕う不破夕莉とキスをした。
「な!」
クラスメイトの驚き、そして、女子は、その中の一人をのぞいて嬉しいそうでもあった。男子たちは、憎しみを込め、その中に混じる二人は、少し違う感情も散りばめらている。
とにかく、
「な!!」
という悲鳴をクラスメイトはあげ。
日下優歌は
「と、都会の人ってだいだんだな」
となまってしまう。
「矢口姉ぇ、なにを、すんだよ!」
不破夕莉の声は勇ましいが、後ずさりをして、たじろいだ。
次回こそ、温泉!




