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うれしはずかし能力測定ーこれが、覚悟というものですっ! 抜刀! 不破夕莉が推して参る!

 木陰ひな太。

 木陰流忍術次期継承者だ。


 幼い頃からの可愛らしい顔立ち。よく女の子と間違われていた彼。その実、次期継承者として厳しい修行をこなす毎日を過ごしてきた。


 そんな彼だからこそ、この勝負は、絶対に負けられない。


 不破夕莉、柊木藍香、木陰ひな太、そしてタヌキッ娘。


 誰が能力測定を制するのか、男女問わず生徒たちの意見は割れる。


 そして、誰が柊木藍香とキスをするのか!!


「もうっ、なんなのよっっ!」

 柊木藍香の悲鳴!


 そしてピストルが天に向け発砲された。


「スタート、ザマス!」


 空町そらまち全体を舞台にした障害物競走がはじまる。


 最初に飛び出したのは、木陰ひな太。


「うわっ、あいつ速いな」

 同じく人間離れした身のこなし、妖狐姿の女の子、不破夕莉が後を追う。


 その他、大勢の生徒たちに混じるのは、普通の女の子、柊木藍香。


 圧倒的、最下位になりそうなのが、不破夕莉と同じ、人外の化けタヌキ、タヌキッ娘がユッサユッサと追いかける。


 ザマス教頭も身のこなしが軽い。

 仮にも、退魔士を育成する高校、そこの教師だ。


 木陰ひな太は、相当に速いが、ザマス教頭も息を切らすことなくついていく。


 カラスが鳴いた。

 太陽は高い位置。

 空には、雲一つなく、青空が広がる。


 なのに町は薄暗い。

 影という影が輪郭を失いつつあった。


 先頭を独走する木陰ひな太には聞こえた。

 それは、コースから随分離れた遠くから……


 悲鳴だ……それも、一つではなく、多数……


「どこ行くザマス?」


「僕は、助けにいきます!」

「このまま、ゴールすれば、一位ザマスよ」


「そんな一位いらない!」

「そうザマスか……」


 商店街は、黒い霧に覆われていた。

 町を覆う不穏な空気の中心。


 それが、この商店街。


 人々を襲おうとする黒い影が動く。

「あれは?」


野狐やこザマス!」

 教頭は、眼鏡のレンズを光らせる。その光が現出して、黒い影を目掛けて走りだす!


 太陽光反射術式。それが、教頭の術式。

 大抵の妖魔なら一撃で討滅する術式なのだが……


 黒霧の野狐は、命中した箇所を霧散させるも、すぐに回復してしまう。


「浄化も無理ザマスか……」

 入学の初日、鎮守の森での出来事を教頭は聞いている。


 浄化の効力がある太陽光反射術式。彼女は、黒霧の野狐にも、効力があると予想していたのだ。それを、見事に裏切られてしまった。


 逃げ惑う人々。

 それを放っておける木陰ひな太と教頭では無かった……


 障害物競走のコース。

 そこを駆ける不破夕莉も異変を察知していた。


 研ぎ澄まされた妖狐としての感覚。

 不穏な空気の中心、そこが、どこで、なにがはじまっているか……それが、漠然として感覚で、なのに詳細がこと細かく想像できてしまう。不思議な感覚。


 不破夕莉は、迷うことなくコースを外れた。

 失格になるならない。一位になるとかならないとか……


 そのような雑念はない。

 刺激と反応に近い動き。


 誰かが助けを求めれば、それに迷うことなく、真っ向から助けにいく。


 それが、不破夕莉という男。

 逃げることを知らない不器用な男の生き様だ。


 商店街。

 木陰ひな太と教頭は苦戦を強いられていた。


 野狐の数が多すぎるのだ。

 しかも、彼らは不死身といってもいいほど回復力が早い。


 教頭の術式も、木陰ひな太の小太刀も、ダメージを与えることすら出来ていない……


「木陰くん、頑張るザマス」

 教頭も必死だ。


 数で勝り、実力でも遥かない及ばない黒霧の野狐の群れ。


 彼女の眼鏡の術式。太陽光反射の退魔術も限界に近い。


「木陰くん、あとは、先生に任せるザマス」


 教頭の限界は、木陰ひな太の目にも明らか……


「そんな先生……」


「生徒を守るは教師の務め。そして、女としても、子どもたちは放っておけないザマス」


 限界が近いとはいえ、教頭の術式には黒霧の野狐たちも警戒している。ジワリジワリと包囲網を狭くするようにして、教頭を襲おうとしていた。


「さあ、行くザマス」


 その姿、その背中に、木陰ひな太は、思い出す。


「僕が強くなりたい理由」

 木陰ひな太は小太刀を振りながら思い出した。


「それは、木陰流を継承するためなんかじゃない」


 黒霧くろきりの野狐が、取り残された幼子を襲う。

 木陰ひな太は、己が身を投げ出して、その子をかばう。


「うっ」

 吹き飛ばされる木陰ひな太。幼子は、彼の腕の中で無傷。


 彼は父の背中を追っていた。

 だから、男として認められたいと願い、それに憧れる。


「人を助けるヒーロー」


 黒霧の野狐が迫る。


「そんなヒーローになりたかった……あとは、神さま……」


 彼は自らの命を諦めた。それでも、この腕の中にある小さなぬくもりは守り抜きたいと願う。


 商店街に桜が舞う。

 満開が、過ぎた季節。


 なのに、それは、商店街をみやびにつつむ。


「なんザマス……」

 教頭の手のひらに桜の花弁が一枚、落ちてきた。


 巫女服姿の美しい女性。

 気品のある顔立ちの美人。


 人と違うところといえば、二つのピンと立った耳、豊穣を象徴するかのような黄金こがね色の尻尾があるところ……


 彼女は妖魔に違いない……


 が……


 その姿、その優雅さは、見るものに安堵を与える……


 黒霧の野狐たちは、一斉に距離を取った。


「神さま……」

 木陰ひな太の本心が口からもれる。

 教頭は、言葉を失い、その美しい女性に見惚れる。


 空寺そらでらの鎮守の森。

 そこの鳥居のないほこらに住まうお稲荷さま。

 争いを嫌い、ただ平穏を愛するお稲荷さまだ。


「わしは神などではない……」

 桜花おうかは、大怪我を負った木陰ひな太のそばでかがむ。


 彼が身を投げ出して守った幼子と桜花の目が合う。

 彼女は、その子の頭を優しく撫でてやった。


 幼子の無邪気な笑顔。


「やっぱり神さま……」

「小僧、わしは神さまではない。それに、神さまは嫌いじゃ」


 桜花は、木陰ひな太の労をねぎらうようにして、その身体をさする。


 彼の傷が癒えていく……


「まったく殿方とのがたというものは……」


 桜花と教頭の目があう。


「そちもよう頑張ったな。女としての覚悟を見せてもらったぞ」


 黒霧の野狐が動き出した。


「とはいえ、わしは荒事は苦手じゃ……あとは、ぬしさま」


 空気が一変する!


 野太い声、侍を彷彿とさせる勇ましさ!

「抜刀!」


 みやびな巫女服が一転。

 着物姿の侍が登場した。


「悪いな……ここからは、俺が預かる」


「不破くん?」

 傷が癒えた木陰ひな太は、戸惑いを隠せない。


 不破夕莉は全てを思い出した。

 侍としての名前、魂に刻まれた真名まなも……

 これまでのこと、その全て。昔、昔の大昔、桜花と出会い、そして……


 それよりも、己が侍としての役目を、今は優先させた。


 それが侍。己がことより、やるべき務めが全てにおいて優先される。


 彼に、飛びかかってくる気配が一つ。


 その、うかつな野狐の一匹を一刀両断にする。


 それ切れ味や凄し!


 以前のそれとは違い、黒霧での回復を許さない切れ味。


「この地を汚した罪は、万死に値する! 覚悟せい!」

 侍が勇ましく吠える!


 黒霧の野狐が、それに応じた!

 不愉快な甲高い鳴き声。荒れ狂うようにして、侍の不破夕莉を襲う。


「下等の分際で……だが、その意気やよし!」

 侍の表情が緩む。だというのに凄味が増した。


 一回。

 ただ一回だけ、刀で空を斬る。


「神斬りのつるぎ初桜はつさくら撫で斬り」


 その不条理は全てに優先する。

 ただの一閃……

 空を斬っただけの一閃だ。


 それで、全ての野狐たちは、一刀両断に、そして、跡形もなく絶命をする。


 神を斬るために研ぎ澄まされた刀。

 それが【初桜】という刀の真の姿。


 全てがあっという間に片付いた。


 不穏な空気は一掃され、町は平穏を取り戻しつつある。

 人々が商店街に戻ってきた。


「不破くん……僕は、なにも出来なかった」

「なにを言ってんだ、その子は、おまえが助けたんだろ?」


「違うよ、不破くんが来てくれたから……」

「結果がどうであれ、その子は、おまえが救ったんだ」


「でも……」

「でもじゃねえよ」

 侍の不破夕莉は、木陰ひな太のおかっぱ頭をくしゃくしゃにするようにして撫でてやる。


「勝ち目が無くても、退かないで、あがく姿は、カッコいいって言ってんだ」

「そんな……ありがと……」


 侍が笑う。

 不破夕莉が見せる笑顔は、昼の太陽よりまぶしかった。


 誰にも聞こえない声で、木陰ひなたがつぶやく。

「僕のヒーロー……」


 誰にも言えない秘めた想いを木陰ひな太は、そっと自らの胸に納めたのだった。


「いい……いいザマス……」

 教頭は、その姿を見て我を失う。


 電柱に止まっていたカラスが慌てて羽ばたいた。


 不破夕莉は、刀で空を斬って清める。それから、それを鞘に収めた。


 すぐに可愛らしい悲鳴。

「ああああぁー! なんで、この姿に戻るんだよ!」


 可愛らしい美少女がいる。

 お耳と尻尾が愛くるしい女の子。


 不破夕莉は、妖狐の姿に戻っていた。

 そして、取り戻したはずの記憶も薄れていく……


 障害物競走。

 四人の中で完走したのは柊木藍香、ただ一人。


 勝者が、柊木藍香のため、彼女の本当のファーストキスはこうして守られた。


 今日も騒がしい一日が終わり、陽が沈む。


 夜空にお月様が現れた。

 真っ暗な高校。職員室の窓からは明かりが漏れている。


 夜の職員会議。

「不破夕莉は、女子として扱うザマス」

「教頭先生、よろしいのでしょうか」

 校長が聞く。


「いろいろ見て決めたザマス。女子力とは可憐さだけではないザマス。乙女というものは、心の強さがあってこそ、美しいのでザマス」


 教頭は、もう太陽は沈んでいるというのに、眼鏡のレンズをキラーンたとさせる。


 不破夕莉を女子として扱う。

 満場一致で決定された。


 そして、退魔士国家資格の停止。

 そのことを、まだ誰一人、教師たちは、不破夕莉に伝えていなかった。

次回、狐に嫁入り編に突入。まずは、ドキッ初めての宿泊学習ー温泉は大騒動だ! からです。

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