ラストチャンスのスタートだ
【糸咲俊也】
地方都市に住む僕は、普通のサラリーマンとして生きていた
そこそこの大学を卒業し、そこそこの印刷会社に入社していた
学生時代は、スポーツ等もやってたが…どちらかと言えばインドア派だったかな
社会人になってからは、仕事に追われていた気もするけどね
何回かの転勤や多少の昇進はあったが目立つ程では無い
年齢も40に近くなっていたが、浮いた話も余り無く
周りからは仕事が生き甲斐か?男性が好きなのか?と思われていたらしい
そうじゃ無かったんだけどなぁ(笑)
個人的に興味ある事には凝り性なので、趣味に時間を割いていたんだよなぁ
コツコツやるタイプなので派手な実績は無かったが…
信用はされていたみたいだし、ある程度は頼りにもされていたみたいだ
ただ、普通のいい人…だっただけらしいね
まぁ個人的には、会社で友達を作るのは苦手だったしなぁ
中には号泣してくれてる女性もいたのには驚いた
こんな僕でも好きでいてくれたみたいなのかな?
女性同士で集まり、泣いている彼女を慰めながら話し込んでいた
全く気付いてなかったなぁ、、、無粋だから会話は聞かないよ
僕は空中に漂いながら、自分の葬式を眺めていた
(んー…突然死かぁ)
僕は出勤途中に急に息苦しくなって倒れた
その後、救急車で運ばれたが、、、そのままだったみたいだ
定期の健康診断とかは全く問題無かったんだけどなぁ
自分の葬式を俯瞰で見つめるてるけど、意外と落ち着いていた
それよりも、その場にいた人達の感情の様なものが入ってきて
そっちに酷い違和感を覚える
(思ってる事と、口に出す言葉は違うもんなんだな)
自分では仲が良いと思ってた人は、実はそうでも無かったり
余り接点の無かった人からの評価が良かったりもした
ただ中には恨みや妬み?悪意さえある人もいて…
自分は人に対してどうだったかなぁ、なんて深く考えさせられた
暫くそうして眺めていたが、やがて意識は眠る様に薄くなっていった
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屋敷の中はシスターの声を聞いて、騒然としていたが
エッカート辺境伯は先程聞いた才能を、必死に理解しようと努めていた
(男なのに女?! 才能が女??)
(見た目は男性だけど、、心は女性なのか?!)
(イヤ…まてまて、この子は生まれたばかりだ)
(もしそうだとしても、これから男らしく育てれば良いのだ)
(待望の男の子なんだ、出来うる限りの事はしてやりたい)
(もし、心が女性であったとしても、注ぐ愛情に変わりは無い…か?)
頭の中を色々な考えがグルグルと回る…
ひとしきり考えた後で、今は結論は出ない事に気づいた
『この後で、屋敷の皆にも伝えるが この子の才能は極秘にして貰いたい』
アルス=エッカートは強い眼差しで部屋の皆を一人、また一人と見つめていた
目を合わせる度、皆は頷いていた
その日の夜半、アルス=エッカートは屋敷の者を全て大広間に集めた
男児が生まれた事を聞きつけて、急遽来てくれた貴族仲間達もいる
早速、我が子のお披露目を行うためだ
この国のしきたりでは、近しい者以外の正式なお披露目は七歳と決まっていた
その年に七歳になる貴族の子供達を、王宮に集めて一斉にお披露目を行う
なので、今日はあくまで仲間内だけの紹介程度のものだった
仲間内での会話もそこそこに、手短に各々の挨拶は済ませていた
一通り挨拶が済んで、壇上へと上がる
遠方からも来てくれた事、日頃の感謝などを述べていく
もちろん、妻サーシャはここにはいない、ゆっくり休んで貰っているのだが…
『サーシャ、ありがとう 待望の男の子を産んでくれて
この子の運命が今後どうなるかは、まだ分からないが…
今後、私達家族がこの子に注ぐ愛情は変わらない
名前はもう決めてある 偉大な過去の英雄から頂いた
この子の名前は ニーノ、、、、ニーノ=エッカートだ!!』
辺境伯は豪華な産衣に包まれた、小さな赤ん坊を
まるで神に捧げるかの様に高く差し出していた
一際大きな歓声が会場から上がる、皆がニーノを祝福していた
持ち上げられた赤ん坊の頭上で、突然淡い七色の光が生まれた
それは光を帯びながら、酷くゆっくりと降りてきて
やがて、赤ん坊…ニーノの額へと吸い込まれて消えた
この状況を見つめていた全ての者に、この子が特別な子である事を
圧倒的に強く認識させられる、まさにそんな光景だった