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不器用な優しさに触れて

信田【彼】目線のお話です。


主人公が忘れてしまった、あの日の飲み会で何が起こったのか。

彼目線で真相を語っていきます。すれ違う2人の本当の気持ちを聞いてください。

 




2人きりの車内には、くすぶる想いを包み込むように懐かしい歌が流れている。




「逆方向なのに送ってもらっちゃってごめんね〜」

「あれだけ吐いた女を放っておけるかよ。」

「はは、面目ない。情けないな〜ひとりで帰れるのに。」

「いいから、黙って送られとけ。」

「ごめん、ありがとね…この車に乗せてもらうのなんて、いつ振りかな。相変わらずセンス良いね!これどうなってんの?」

「どうも。あんまイジるなよ。」

「分かってるよ〜昔さんざん注意されたの覚えてるし。」


ゆったりとした曲調とは対照的に、頭に浮かんだ言葉を次々と発している彼女の取り留めのない話を聞きながら、彼女のアパートに向けて駅前のネオンを走り抜けていく。


「この曲、懐かしい…!信田が聞いてるなんて意外だな〜」

「まぁ、そういう気分の時もあるだろ。」

「何それ〜あ!あの焼き鳥屋!昔はこの辺りでよく飲んだよね〜」

「あぁ。つくねが最高のとこな。」

「そう!週末の反省会でよく行った店だ〜めっちゃ美味しかったよね!」 

「そうだな。」

「ほんと懐かしいな…」


眩しそうに小さく呟いた横顔を盗み見て、俺はその寂しげな瞳に魅せられていた。それを悟られては困ると、ただ相槌を打ちながら歌に耳を傾ける。

仕事帰りに同期達と行っていたカラオケで彼女がよく歌っていたバラード。失恋ソングばかり歌う彼女を揶揄ったのはもう何年前の話だ。それでも彼女の歌声が忘れられず思い返しては聴いていた。今日も何気なく流していたのだが、思い掛けず送り届ける羽目になり勘付かれるとは思わないが少し照れ臭い。ひとり焦って次の曲に変えようとした時、上機嫌な彼女が顔を覗き込んできた。


「―ねぇ!ちゃんと聞いてる?」

「聞いてるよ…、お前が延々と昔話してるだけだろ。」

「適当な相槌しかしてこないじゃーん。」

「…ったく。さっきまでボロボロだったくせに。調子乗りやがって。」

「なに一人でブツブツ言ってんの〜」

「うるせぇ、酔っ払い。」

「ひど〜い!ちゃんと聞こえてますか〜?」

「聞こえてる!ったく…」

「よ〜ろしい♪」

「騒ぐなよ。それに近い。離れろって。」

「もう!少しくらい良いじゃん、ケチ。」


酔っ払いめと呆れつつも普段の自分達ではあり得ない密着度にドキリと戸惑うが、けらけらと無邪気に笑う彼女につられて頬が緩んで余計な心配をしていた自分を恥じる。今度こそは真剣に聞こうと彼女に問いかけた。


「わかったよ…それで、何の話だ?」

「やった〜!あのね、ずっと言いたかった事があるの。」

「なんだ、改まって。」

「今更凄く言いづらいんだけどさ…」

「あぁ。」

「私ね。信田の事、本当に尊敬してるよ。大好きなの。」

「…お前っ急に何言って」


堪らなく嬉しそうに、少し不貞腐れているような口調で語る彼女からの告白に耳を疑っていると追い打ちをかけるように彼女が捲し立てた。


「だってさ、アンタ私に構いすぎだよ?」

「そんな事ないだろ…」

「そんなことあるの!むしろ私だけ贔屓されてるとか言われてんだからね?」

「何言ってんだよ…同期なんだから、それは違うだろ。」

「普通ならね〜でも、アンタは有望株なんだから今の内に取り入ろうとする人は大勢いるでしょ?それで私は色目を使ってると思われてる。」

「っんなわけないだろ。俺達は同期で助け合う関係なのはずっと変わらん。」

「それでも!周りからはそんな風に見えるの。結果主義のくせに、ぱっとしない成績の私なんか気にかけてくれちゃってさ。」

「…お前は前に出るのが苦手なだけだろ。部長に可愛がられてる奴が何言ってるんだ。」

「別に可愛がられてなんか…確かに面倒をかけてる自覚はあるけどさ…、それより!さっきの宴会だってそうじゃん。あんなの自業自得だし、アンタはもっと怒ればいいのに優し過ぎだよ。」

「アレはお前を巻き込んだ俺も悪い。」

「ほら、またそうやって甘やかす!謝るのは私の方じゃん。アンタにはずっと前から迷惑かけてばっかり。」

「そんな事ない。庇えなくて悪かったな。」

「もうっ!そういうのが誤解させるんだよ?私だってさ…同期って事だけが理由じゃないのかな、とか期待しちゃうじゃんか。」

「それは、」

「顔もいいわ、気遣いもできるわ、みんなから尊敬されてるわ。そんなのカッコ良すぎるって。」

「お前…本当に酔い過ぎだぞ。」

「酔ってるんじゃない!もう、ずっと好きなんだよ!」


ひどく酔っている彼女の言葉を鵜呑みにしてはいけないと動揺を隠すように、『酔い過ぎだ』の一言で軽くあしらおうとするが、それに腹を立てた彼女が俺の顔を覗き込みながら言い立てる。


「いつも思ってるの!新人研修の時にアンタ達と出会えた事が凄くラッキーだったって。もしあの時違う班だったらなんて、考えただけで不安になる。」

「それなら俺も…お前達が居てくれて本当に助かってるよ。」

「私は!その何百倍も想ってる自信がある!アンタの事、すっごく大切でホントに尊敬してるの!大好きなの!」

「もう分かったから。」


それでもまだ満足していない様子の彼女は更に突拍子もない事まで語り始めた。


「だからね?アンタはもっと評価されて、皆に崇められるべきなんだよ!ずっと見てきた私が言うんだから間違い無いんだから!!」

「っ馬鹿な事ばっか言うんじゃねぇよ。」

「馬鹿ってなによ〜本当の事だし。私の大っ好きな信田は優しくてカッコ良くて。一緒に居るのが苦しくなるくらい良い男なんだから。」

「くそっ…頼むから、もう喋るなっ」

「なぁに?そんなに焦るなんて珍しい。よしよし♪可愛い奴め〜」

「っ…おい、いい加減にしろ!」


焦り頭を抱えそうになったのも束の間、突拍子もなく彼女から触られて顔に熱が集まるのを感じた。酔っているとはいえ、普段のさばさばとした彼女から想像もつかない素直で柔らかい態度と甘い告白の猛攻撃に戸惑った俺は、そのギャップにノックアウト寸前だった。


信号で停車してどうにか彼女の手から逃れて、火照る頬を隠しながら夜である事に安堵していた。彼女の変貌ぶりに翻弄される自分を嘲笑するような薄笑いを浮かべながら、彼女を送り届ける事になった経緯を思い返すのだった。




 ――数時間前にもコイツに詰め寄られたな。もっとも、こんなに甘くはなかったが。











すっかり陽が落ちて街明かりが灯る頃、得意先への営業回りをやっとの思いで終わらせた俺は駅前の居酒屋に急いでいた。

遅くなったと息を切らせて店に着くと直ぐに部屋へ案内される。身嗜みを整えながら襖を開けて座敷席を見渡すと、宴もたけなわの様子で笑い声に溢れていた。


今日は、新規事業がひと段落した打ち上げと企画部全体の親睦会を兼ねた集まりだと伝えられている。

ひと段落した解放感も相まって、普段はあまり接点の無い他の班の社員と話す良い機会を逃さないように仲を深めようと躍起になっている奴も居るようだ。そう言う自分も、久しぶりに同僚と話せると浮き足立っていた。


胸を躍らせて入口から同僚を探していると、思いも寄らぬ一角から呼び掛けられた。


「おお、信田!重役出勤かぁ〜?」

「遅かったな〜こっち空いてるから来いよ!」


こっちだ、と大声で呼びかけられて、普段は冷ややかな先輩達からの陽気な誘いに不信感を抱きながら、当たり障りの無い微笑でぽっかり空いた席に向かった。

方々に挨拶をしながら腰を下ろすと、案に違わずフランクなフリをした高圧的な態度で彼らに絡まれて、非常に面倒な状況に追いやられていく。


ただ、早くアイツの笑顔に会いたかった。




「失礼します…、自分だけ遅れてしまい申し訳ありません。」

「いやいや、こちらこそ先に頂いちゃって悪いね〜」

「営業回りが終わらなかったのか?そんなの下の奴に任せて、楽しろよ。信田主任。」

「いえ、そういうわけには…今回の事業の中間報告が少し長引いてしまったんですよ。」

「働き者だね〜信田君は我が部署の鑑だよ。」

「…先輩方には常日頃支えていただいて、大変感謝しております。」

「またまた〜謙遜しちゃって。嫌味か〜?」

「若手ホープの信田主任は古参社員にも優しいってか?そりゃ人気が出る訳だ。」

「はは!違いない!さすが優等生の信田君だな。」


(また始まったな…)


背中をバシバシと強く叩かれながら、いつもの皮肉を込めた賞賛を煩わしく思い、酔って管を巻く奴には何も言わずに聞き流すのが効果的だ、と何食わぬ顔で受け流していた。

すると、それが気に食わなかったのか小さな舌打ちの後、謂れのない非難を口実に扱き下ろされた。


「ちっ。いつでも余裕だね、信田主任。」

「ほんと意味分かんねぇよな〜お前が喋ってるだけで女から寄って来るんだから。何?顔以外で秘訣があるなら教えろよ。」

「はは、そんな秘策なんて有りませんよ。誠心誠意で対応してるだけです。」

「ふーん。今日の案件は服部重工とのプロジェクトだよな。俺らをすっ飛ばして、お前が主任に決まった時は正直驚いたよ。」

「…その件でしたら、企画初期の段階から携わってきましたから、それを評価されただけですよ。」

「それなら俺らも同条件だったがな…それに、アレだろ?服部重工のご令嬢に気に入られたらしいな。」

「少し、話をしただけです。」

「またまた〜その顔で上手いこと、契約まとめたんじゃないの〜ウチの女社員は既に網羅してるもんな。」

「は?全く、身に覚えがありませんよ。」

「正直どうなの?全員食ったのか?」

「…誰の話ですか?見当もつきませんが。」



社員が揃う場での暴言に、いい加減にしろ、とキレる寸前。


斜め前の反対側の壁にずっと探していたアンバーの瞳を見つけて、色素の薄い彼女の淡い色彩が不安げに揺れている事に気が付いた。情けない場面を見られた、早く話を切り上げようと試みるが事態は思わぬ方向へ進んでいく。


「なんだ、嘘つくなよ〜正直に答えろって。」

「そんな事実は全くありません。何度聞かれても同じです。」

「ふっ、どうだか。それとも媚びて点数稼ぎしてるだけか?女上司は特にお前に甘いもんなぁ。」

「根拠のない言いがかりは止めて下さい…」

「またまた〜誤魔化すなよ。そうでもしなけりゃお前がそんな早さで昇進する訳ないだろ?」

「大体な〜なんでお前なんかの下で働かないといけないんだ?能力も経験も俺らの方が断然上だぞ?お前も分かってんだろ?」

「お前のお陰でこっちの評価はだだ下がりだよ。どうしてくれんだ。」

「あ―…はは。先輩方、結構酔ってますね。」

「おいおい。俺たちは騙されねぇからな。この際ハッキリさせてやるよ。」

「これまでの仕事もそうやって笑って誤魔化して、不正して取ってきたとしか思えねぇわ。本当のとこ、どうなんだよ。」

「…ですから、変な言いがかりは、」



バン、と音がしたのはその時だ。



「――いい加減にして下さい!」



激しく、拳をテーブルを叩きつける重い響きが聞こえたのも束の間、焦がれていた彼女の声がその場を斬り裂いた。響き渡るその騒ぎに宴会場中の全員が一斉に振り向いていた。


「もう…我慢出来ません…!」

「お、おい、お前が口出すなって〜」

「ちょっと。吉田さん、酔い過ぎよ。やめときなって。」

「止めないで下さい!いい加減、限界なんですよ…!」


周囲の人間に宥められるも更に煽られたようで、彼女は叩きつけた拳を握りしめて燃え上がるような真っ赤な顔で怒りに震えていた。

あまりの展開に呆然としていると、席から立ち上がった彼女がこちらを指差し睨みつけて大きく言い放ったその言葉に、俺は再び驚かされるのだった。



「信田を責めるのは間違っています!誰よりも努力して、うちの課を支えてくれているのは誰だと思ってるんですか!」



静まり返った部屋に響く彼女の声。その言動に誰もが愕然としているが、会いたかった彼女から紡がれた自分を庇うその言葉に射抜かれて動けない。そして、彼女は捲し立てるように叫び続ける。


「今日遅くなったのだって、自分も過労で辛い筈なのに直前で倒れた後輩の代わりに全てひとりで対応したからですよ?それを先方に微塵も感じさせず完璧にやり遂げて、会社の集まりにもきちんと参加するような奴なんです。背負い過ぎなくらい真摯に仕事に向き合っている人間によくそんな、根拠の無い暴言を吐けますね!」

「…フン。責めるも何も、俺達は先輩として少し質問しただけだ。」

「愛ある指導だよ、吉田さん。」

「まだ、そんな事を…、今までの嫌がらせも全て、その一言で終わらせるつもりですか?!」

「随分な言われようだな。嫌がらせじゃなくて指導だよ、シ・ド・ウ。」

「…ふざけないで下さいよ。そもそも先輩方の評価が低いのは、同僚に対する高圧的で傲慢な日頃の勤務態度の結果だと思いますが?」

「お前!誰に向かってそんな口聞いてるのか分かってんだろうな…!」

「目の前に居るんだから、分かってるに決まってんでしょ!それに、セクハラも不正も先輩方の専売特許ですよね?」

「何を根拠にそんな」

「証拠は上がってるんですよ。今から上司に掛け合いましょうか?!後輩を虐めて高笑いしてる輩に彼を侮辱する権利はありません!」

「…てめぇ。」

「責任転嫁は見苦しいですよ。彼に謝罪して下さい!!」


男達は彼女の一際大きな主張に苦虫を噛み潰したような顔で押し騙っていた。

部屋には重く張り詰めた空気が流れていて、これは不味いと当事者である自分が止めに入ろうとした時、堪らず立ち上がった男達の怒りの矛先が彼女に向いてしまった。


「…お前に言われる筋合いは無い。大した結果も出せて無い奴は黙ってろ!」

「はは!確かにそうだ。」

「今の話に、私の評価は関係ないじゃないですか…」

「お前みたいな足手まといが一番腹立つんだよな〜」

「大方コイツに惚れて庇ってんだろ。気を引くためでも、この言動は愚策だぞ。」 

「そういうんじゃありません!私は同期として、」

「『同期として正しい事をしました』てか?それは傲慢な考えじゃないかな。」

「お前のせいで、俺達とコイツの関係性や今日のこの親睦会も台無しだよ。どうしてくれるんだ!」

「それはっ…」


彼らの言葉を受けて視線を巡らせた彼女は、同僚や上司達の心配や煩わしさを含む様々な視線に状況を理解して、少し冷静になり悔しげに言葉を詰まらせた。


もうこれ以上彼女に庇われてはいけないと、俺はその様子を正面から見るばかりで押し黙っていた自分を恥じて、その場を収めるために彼女を背中で隠すように渦中の間に立った。


「先輩方、もうそのくらいで勘弁して下さいよ。コイツには後で俺からきつく言っておきますので。」

「ちょっと信田…?」

「ふっ、やっぱ信田は物分かりが良いな。」

「だってさ。残念でした〜迷惑だったんじゃねぇの。」

「っなんで…?そんな奴らの肩を持つの?!」

「馬鹿。先輩にそんな言葉を向けたらダメだろ。ましてや宴会の場でする話じゃない。」

「でも!あんなの許せないよ…」

「それでも、状況を見て考えて行動しろ。」

「ほら言った通りだろ?吉田さん、上下関係をもっと理解しないと会社で生き残れないよ。」

「コイツみたいに媚びて強者に取り入る事も覚えないとね〜今度教えてやるよ。」

「…余計なお世話です。誰が何と言おうと私は、努力してる人が不当な扱いを受けているのを見過ごせないし、教えを乞うなら尊敬出来る人にしますから。」

「お前〜本当に可愛くないな。女なら愛想良くしろよな〜」

「そんなこと言ってるから、誰からも評価されないんだろ。反省するのはお前だよ。もっと勉強しろよな〜話にならん。」

「うるさいっ…!話を逸らさないで真剣に謝って下さいよ!どいつもコイツも信田がどんだけ頑張ってるか、全然分かってないじゃない!」

「吉田…もう本当にいいから。お前は黙ってろって―」


酒の席の揉め事とはいえ、このままでは彼女の内申に響くと焦り、どうにか落ち着かせようと振り返って彼女の席へ踏み出して、こんな奴等の所為で汚名を着せられるのは自分だけでいい。お前には真っ直ぐそのままでいてほしい。この場から連れ出してそう説得しようと思った。


彼女に視線を向けると、絶えず燃え光るアンバーの瞳と視線が交わったその瞬間、ぐらりと揺れて透明な輝きが真っ直ぐに頬を伝って落ちていった。


すっ、と落ちるその雫を見つめて、その光景に面食らった俺は情けないほど固まっていた。内心慌てていると、先に持ち直した彼女が身を乗り出して掴みかかってきた。


「大、丈夫か…?」

「…なによ!大体、アンタが何も言い返さないからっ…、らしくない態度ばかりとるからでしょ?!」

「おいっ、落ち着けって。」

「私だって馬鹿な事したって分かってる!でもこんなの許せない!この事業が問題無く進んでるのだって、うちの課の為に休み返上で働き詰めなのだって、企画部の誰もが知ってるのにっ!」

「…もういいから。俺も問題にならないように気をつけるから、抑えてくれよ。な?」

「そうじゃなくて…!」


机越しに前のめりになりながらも俺の胸倉を掴んで離さない彼女に周囲は狼狽えるばかりだ。それでも数人が止めに入ろうと中腰になり声をかけてきているが、そんな事などお構い無しで、宥めようとする俺に対して彼女はさらに大きく瞳を見開いて強く叫んだのだった。


「どうして言い返さないのよ!」

「…これくらいの事、受け流せないでどうする。」

「モノには限度ってもんが有るでしょ?!いつもの自信満々の憎たらしいアンタはどこに行ったのよ!」

「もう部下がいるんだ。新人の時のような反発ばかりしていられないだろ。」

「…何よっ、物分かりが良いフリして。アンタが傷付けられても放っておけって言うの?」

「そうだ。俺を評価してくれる人が居ればそれでいい。」

「嫌がらせと指導は違うし、社内で流れる悪い噂も全部嘘。そんなの分かってるけどっ…、でも悔しいじゃない。」

「あぁ。そうだな。でも、しょうがないんだ。」

「私の知ってる信田は…!合理的で分かりづらいけど、誰よりも仲間想いの良い奴でっ…私は誰よりもアンタを信じてる!」

「お前っ…なんでそんな事」

「だから、そんな情けない顔すんな!馬鹿!」

「なんだよ、それ…」

「それにね!ーーっ、ゔっ―」

「おいっ!待てよ、吉田。ここではっ、あ――」




 この後は、ただただ大惨事で。



彼女の御乱心は、周囲を巻き込むだけ巻き込んであっさりと幕を閉じた。


事後処理の間、よくよく周囲の話を聞いて見れば、俺が罵られ始めた段階から彼女は苛立ちを紛らわすように散々酒を煽っていたらしい。挙げ句の果てに盛大に騒いで啖呵を切って、最終的に盛大に吐いてダウンしたというわけだ。

大酒飲みなのは知っていたが『楽しい酒しか飲まない』が信条の彼女にここまで悪酔いをする程のストレスを感じさせてしまったのか、と反省しつつ後処理を率先してやっている内に、先程の騒動は上司達の手によって収められていた。

そうして、彼女が他の女性社員と共に篭る手洗いの前で痛切に自分の不甲斐なさを感じていると、いつの間にか背後に立っていた部長に『後は任せて彼女を家まで送り届けろ』と言われ、有り難く彼女のアパートに向かったのだった。




 ――コイツにあんな形で庇われる日が来るとは思わなかったな。




俺は、入社して初めて彼女を見た時から『なんて不器用な女なんだ』と半ば馬鹿にしながら、不器用ながらに真摯に仕事に向き合う姿勢を信頼していて、自分でもどうかと思うくらいに気にかけて支えてきたつもりだった。だからこそ、彼女にだけは情けない所は見られたくなかった。

今まで平気なフリをして業務に一心不乱に取り組んできたが、評価はされても人間関係は改善出来ず、ましてや社内では悪い噂を流される日々に飽き飽きとしていた。


そして今日の騒動になったわけだが、出すものを全て出し切って酔いだけが残る彼女を乗せて、俺は多幸感に包まれながら車を走らせていた。


 『私は誰よりアンタを信じてる』


そう言われた事が思いの外、心に響いているようで、彼女の横顔をちらりと流し見ながら自然と笑顔が溢れてくる。


(最近は愛想笑いばかりで、こんな自然に笑えるのは随分久しぶりだな…)


今まで俺の方が支えていると思っていたのに、本当は俺こそが彼女の存在に勇気付けられ支えられていたのだと先程の投げかけられた言葉で気付かさせられたのだった。

初めから彼女の笑顔に会いたかった理由なんて、ひとつしかなく。はっきりと自覚した今、どうすれば想いを伝えられるのかと彼女の隣で悶々と考えていたため、次々と繰り出される甘い攻撃が嬉しくない筈はない。


このまま酔っていたという理由で逃すわけにはいかないと考えを巡らしていると、その隙に再び意表を突かれて彼女の言動に翻弄させられるのだった。




都会の喧騒から抜け出すと、車内には懐かしいバラードが再び流れ始めていた。




少しの沈黙の後に彼女が柔らかく笑って、宴会の場での大立ち回りなど忘れたかのように穏やかな顔で問いかけてくる。


「ねぇ信田。ほんとに分かってる?」

「なんだよ。もう告白は十分だぞ…」

「私ねぇ。良い男過ぎて心配になっちゃうくらい好きよ?」

「もう分かったから。」

「いいえ、アンタはちっとも分かってない。側に居られるだけでホントに幸せなんだよ。」

「もう十分伝わってる。それに俺にも答えさせろよ。」

「答えは要らないの。でも、今しか言えないから…だから…」


一変して不安そうに言い淀む彼女に、ここにきて言い難い事などないだろうと思ったが、その態度さえ可愛いと感じる俺はかなり彼女にやられているようだ。

要らないと言われた答えを抱えて焦れた俺は、彼女の言葉を急かした。


「だから、何だ?」

「だから!着くまでで良いから―ハグ、してもいい…?」

「っお前な―」


(くそっ。運転中にそんなデレてくるなんて反則だろ。)


「だめ、かな?」

「駄目、ではないが…急にどうしたんだよ。」

「だって!今しか素直に言えないから。明日になったらまた信田が離れて行くでしょ?」

「っーーーーもう、好きにしろ!」

「いいの?」

「あぁ。但し、運転に支障のないようにしろよ。…それと、お前の家着いたら覚悟しとけ。」

「うんっ!何でもする!有難う、」


弾けるように嬉しそうな声を上げた彼女は、俺の左腕に恐る恐ると言った様子で手をかける。そして数拍置いて、『ずっと、こうしたかった』と今にも泣き出しそうに呟いて絡み付いた。

珍しくしおらしい彼女に驚かされたと同時に、不安になる暇など無いようにドロドロに甘やかしてやりたい、と今まで必死に隠していた欲望が溢れ出しそうになっていた。


(何でもするなんて、人の気持ちも知らないで好き勝手言ってくれるよな。)


『せめて家に着くまでは』と運転に集中していると、小さな規則正しい息遣いが聞こえてきて眠ってしまったのだと気がついた。


「おい、吉田?寝たのか?…まったく、勝手な奴。」



安心して幸せそうに眠る彼女の寝顔を流し見る。間近にある熱を感じながら、帰り道はあとどの位かかるのか計算をして、まだ帰したくないなと考えていた。


振り回されるのが嫌では無く、寧ろ自分の前でだけは常に素直でいれば良いと思う自分がいて、俺は気付かぬ内にこの不器用な女に心底惚れていたのだろう。


家に着けばもう、ただの同僚では居られないと直感していた。




次話は信田【彼】目線から主人公【彼女】目線に移る構成となります。

すれ違った2人の恋の結末を見守っていただけると嬉しいです。


『そんなの覚えてないっ』と言って逃してくれるほど、信田は優しくない。

清花の涙にはとっても弱いけど、笑顔を独り占めする為なら何だってする男だ。

清花がそれを自覚する日は来るのか来ないのか。“どっち?”

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