会いたくなんてなかった
「―今も昔もアイツのことは全く分からない。」
「そんなこと言って。突き放したら寂しいじゃない。」
「結婚だよ?!もう私のそばには、居ないんだよ…」
グラスの氷がカランと音を立てて解ける。どれだけ努力しても報われない夢があるように、夢見がちで不器用な私の恋は実らなかったのだ。
「そういえば。会わせたい人がいるの。」
楽しそうな周りの喧騒と彼女の少し自慢気な顔に嫌な予感がした。すると突然、背後から声をかけられた。
「よっ!吉田さん久しぶり♪嫁がいつもお世話になってます♪」
「上杉君!!久しぶり!こちらこそいつもお世話になってます。なんだ、上杉君の事だったの?」
「ん?舞、まだ言ってないの?」
「今から説明するところだったのよ。彼、連れてきてくれた?」
「彼って何のこと?まさか…」
「そこまで一緒に来たのに尻込みしてるみたいだな。…おい、早く来いよ〜」
「―あんまり騒ぐなっ」
「!信田…なんで…」
「私が旦那を使って呼び出したの。私の親友を泣かせるとはどういうつもりかってね♪」
「…急にすまん。久しぶり、だな。」
「なんで?そんな必要なかったのに!!3人で勝手に話を進めてたってこと?」
(よりにもよってこの店で会いたくなかった…!)
突然の再会に動揺した私が隣に座る親友を問い詰めようとすると、会わす顔なんてないと思っていた彼がそれを阻んだ。
「上杉達には俺が頼んだんだ。もう一度2人で話すチャンスが欲しかったからな。」
「私は、話す事なんて無い!何?結婚の祝いでもすればいいの?!」
冷静でいようと思うのに、つい喧嘩腰で応えてしまう。彼らの前では安心して自然体で居られたから、揃ってしまえば取り繕う事は出来なかった。滲む涙を悟られたくなくて、彼らから顔を逸らした。
「あら〜〜信田君、2人っきりにするつもりはないわよ?私、前科者には厳しいの。」
「舞、前科者はちょっと言い過ぎじゃ…」
「何?清花は何も言ってくれないけどね!私ずっと怒ってるんだから!清花を傷つけてまでやる婚約なんて必要あったの?ちゃんと説明してもらいますからね!」
「っ龍崎、それはだな…」
「もとはと言えば、あなたが清花をしっかり支えないからっ」
「舞、そこまでにしておこう?信田も清算して会いにきたんだから、気概は汲んでやろうよ。吉田さんも、少しでいいから話聞いてやってくんない?俺からも頼むよ♪」
「上杉君―私の方こそ取り乱してごめんなさい。」
「謝る必要なんてないんだよ。ぜーんぶ信田が悪いんだからね♪」
「…吉田。もう一度だけ話をさせてくれ。」
「っ無理だよ。信田の事で振り回されるのは、もう嫌なの!」
「う―ん。すっかり拗れちゃってるから、これは荒療治しかないな。俺たちはもう帰るよ〜信田、ここの支払い頼むな。」
「…しょうがないわね。清花また改めて会いましょう?」
この状況で2人にされて何を話せと言うのか。席を立とうとする彼女を引き留めるために必死で縋りついた手を大きな手に阻まれる。そのまま捕まった右手を離してほしくて抵抗したが振り解けなくて、何とか堪えていた涙が流れてしまった。
「っなんで!放っておいてくれないのっ!忘れようと努力してるのに。酷いっ離してっ」
「すまん…俺が全部悪かった…だけど離してはやれない。」
「これ以上何を聞けって言うの?もう傷つきたくないのにっ…」
信田に手を握られたまま俯いて涙を流すばかりで動けないでいると、親友夫婦が優しく声をかけてくれた。
「…どうしてもダメなら近くの店に居るから連絡して?助けに来るから。」
「そんな事にはならないと思うけど。2人とも、納得するまできちんと話し合ってね♪」
そう言ってさっと店を出ていく2人の背中を見送ると少し頭が冷えてきた。カウンターに視線が集まっている事に気が付き、先程子供のように泣き縋った自分が恥ずかしくて居た堪れなくなった。今度は別の意味で顔を上げられなくなったのだが、力強く握られた右手が目に入り、彼に問いかける。
「…手、そろそろ離して?ちゃんと話を聞くから。」
「あぁ―でも離したくない。捕まえてないとお前、逃げていきそうだから。」
「っ何言ってんの…?こっちは痛いんだからね―」
根拠の無い言いがかりに不満を覚えていると、痛いほどに握られていた右手を改めて優しく握り返されて胸が騒つく。そのまま隣の空席に着こうとした彼に大将が呼びかけた。
「いらっしゃい。久しぶりだな。なんだか穏やかじゃないね。」
「ご無沙汰してます。急に来て、騒ぎ立ててすみません…どうしてもコイツに伝えたい事があるんです。」
「…そうかい。奥の和室が空いているから、2人で使ったらどうだ?納得するまで話すと良いよ。」
「っありがとうございます。迷惑かけして申し訳ない。」
「良いってことよ。清花ちゃんの事、これ以上泣かすんじゃねぇよ?」
「!大将!私達そういう関係じゃ」
軽く手を上げて奥に引っ込もうとする大将に訂正を入れようとしたら、繋いでいる手を再度強く握られ引き止められた。驚いていると、そのまま彼にエスコートされるように和室へ連れて行かれる。どうしてこうなったんだ。私は現状を飲み込めないまま、ピッタリと横に並んだ彼と話をすることになるのだった。