再会と追憶
仕事を定時で切り上げて、イルミネーションで華やぐ街を足早に通り過ぎる。早る気持ちを抑えつつ待ち合わせの居酒屋へ急ぐ。大通りから一本入ったところで辺りを見渡すと、店先で一際目立っている美人さんを見つけて大声で呼びかけた。
今日は、数週間前から楽しみにしていた同僚とのサシ呑みの日なのだ。再会の挨拶もそこそこに、忘年会シーズンで賑わう馴染みの居酒屋のカウンターに座る。あの頃より少し変わった店内に時の流れを感じつつ、次々と注文していく。数年前までは仕事帰りによく呑みに来ていた、思い出のハイボールは絶対に外せない。
「よし!ハイボールが届いたし、乾杯といきましょうか!」
「そうね。私達とハイボールとの再会を祝して♪」
「「カンパーイ!」」
「くぅ〜〜やっぱコレだわ〜沁み渡る〜〜!」
「ええ。最高ね。」
「2人とも相変わらず美味そうに飲むね。いつもの、サービス。」
「うわっだし巻きだ!大将ありがとう!」
どん、とだし巻き卵を置いてカウンターの向こうから『ニカッ』と人好きのする笑顔を返される。燻銀の大将にあの頃と同じ調子のサービスをしてもらった。覚えてもらえていた事が嬉しくて、少しだけ目頭が熱くなる。『アラサー独身女に優しくしてくれるのは仕事終わりのハイボールと大将だけ!』と心で叫んで、近年緩くなってきた涙腺を誤魔化すために大袈裟に喜んで、さらに酒を呷る。
「美味しい…!優しさが沁み渡るよ〜」
「ほんと変わってなくて嬉しいわね。あなたの腑抜けた顔も相変わらずで安心したわ。」
「ふぬっ?!辛辣すぎですよっ舞さん!」
「ごめんごめん。久しぶりに会えて嬉しくてついね。」
「も〜!私も同じですよ!舞さんは今日も美人で最高ですぅ」
「ありがとう♪当然よ。大将!ハイボールおかわりお願い!」
「謙遜無しなとこも惚れるわ〜私もハイボール!」
次々と料理が運ばれてくる中、お互いの近況を思い思いに気の置けない会話をしているとあの頃に戻るようだった。2歳年上の彼女とは入社式で出会ってから7年来の仲で、信頼出来る友人だ。
「清花、仕事はあれから順調なの?最近はなかなか会えないかったわね。」
「舞さんの結婚式以来だから半年ぶりだね〜順調とは言えないかもだけど、休暇までにはなんとかするつもり!」
「そっか。あの話。部会で報告があった時は驚いたわ。」
「ごめん…事後報告になっちゃったね。最近はその事でバタついてたけど、大体片付いたから後は引き継ぎのみって感じかな。」
「順調ならいいんだけど…何にも言ってこないから心配したのよ?企画部の新事業の事や異動の話。相談してほしかったわ。」
「舞さん―心配かけてごめんね。異動願を出してからずっとやる気に溢れてるから、私は大丈夫!そっちこそ、上杉君との新婚生活との両立は大変じゃない?」
「うちは同棲が長かったし、お互いの仕事把握してるから。私達より清香の近況の方が問題でしょ!はぐらかさないでよ…あなたったら、もっと昇格を狙えたのに和泉に手柄を譲って自分は開発部に行くなんて驚いたわ。」
「アレは譲ったんじゃなくて!正当な評価を受けるべき人を進言しただけ。私は、開発部への異動も入社当初からの目標を実現するために決心したの。」
「そうね…ごめんなさい。あなたの目標はずっと忘れてないのよ。新人時代は私達ずっと4人でいて、お互いに何でも相談し合って…清花が信田君と張り合ってた頃が少し 懐かしいわ。」
「…信田 か… そんな時期もあったかな…もうアイツとは差が開いちゃってて、張り合ってなんかいられないよ。私は私で頑張って結果残してきたけどさ…最近は会話も無いし…」
「差なんて…清花がキャパ越えるまで努力する事は重々承知してるから、今の状況が自分を抑え込んでて寂しそうで心配なの。最近は私達夫婦に遠慮して相談してこなくなったし。」
「抑え込んでなんかないよ!私の夢は新商品を開発して多くの人に喜んでもらう事で、それはブレてない。だからそんなに心配しないで。」
「そっか。でも信田君には反対されたんじゃない?今の企画部は新人時代から努力して、2人で作り上げたようなものだと思っているけど?」
「そんなこと烏滸がましいよ…私なんかが…」
―彼女に信田の名前を出されて動揺している自分がいた。もう気持ちは動かないと思っていたのに―
入社してから7年、信田の事を考えない日は無かったように思う。
私達は同期で、入社式の後から1週間かけて行われる新入社員研修で出逢った。女性2人、男性2人に分かれてランダムで組まれたグループだったが、同性の舞さんさんとは初日から会話が弾んで、男性陣の信田と上杉君はとにかく優秀で、どんな課題も難無く乗り越えられた。それぞれの性格が全く違うことが良かったようで、衝突しても考え方を理解し合いながら感心させられる仲を築くことができた。
その後は、研修の成果や大学の専攻などで配属先が決められていった。私は、経営学や市場マーケティングの専攻が考慮されて企画部に配属され、奇しくも信田とは部署内の同じチームで働く事になった。ちなみに舞さんは人事部、上杉君は営業部だったので、階も違うし接点が無くなると当初は寂しさを感じていた。けれど、信田が面倒見の良さを発揮してくれて、週末には飲みに行って愚痴を言い合い助け合いながら絆を深めていくことが出来た。常に上から目線で小賢しい奴だけど、意外とそういう細やかな気遣いも出来る良い奴なのだ。
それからは、会社員としての生活に慣れる事に必死で、目まぐるしく日々は過ぎていった。そんな中、入社して1年が経ち、新事業課のチームに新人では異例の配属で信田と私が選ばれた。配属当初は不安で押しつぶされそうになったが、周囲の助けのおかげで新事業の立ち上げに携わることが出来た。特に、同期のくせに私の何十倍も頼りになるアイツは、早々に先輩方の信頼を得た上で私の世話を焼いてくれた。挫けそうな時に手を差し伸べてくれたアイツがいたから、奮い立たせられ諦めずに乗り越えられた。けれど、そうなると人間というのは不思議なもので、感謝だけでなく嫉妬や焦燥感が生まれ、沢山の失敗を重ねてしまった私は、アイツに会わせる顔なんてもう持ち合わせていない。…けどまだ…
「それで新事業開発に配属された時も―て、聞いてる?」
「あ。ごめん。いろいろ思い出して…あの時も信田には沢山助けてもらったな…同期のくせに誰よりも頼りになるんだもん。悔しいよ。」
「清花…そうかな?私には信田君もあなたを頼りにしてると思うけどな。お互い様じゃない?」
「全然そんなことない!信田が企画部を支えて大きくしてくれたんだから。企画部に信田ありってね。今じゃ逆玉の輿目前じゃん!すごいよホント。」
「あれは、まだ決まった話じゃないわよ?信田君にも事情があるのよ。」
「そんなのっ想像もつかないよ…今も昔もアイツのことは全く分からない。」
あの新事業開発で私の環境は大きく変わってしまった。粉骨砕身、粒々辛苦の末に成功させたプロジェクトだったが、周囲の人からの賞賛と叱責、移ろいの辛さを知った私は徐々に自信を無くしていった。変わらず残るのはアイツへの羨望だけだったから、それが好意に変わるのに時間はかからなかった。報われないし届かない恋だった。
処女作です。誤字脱字あるやもしれません。
優しい気持ちでご覧いただけますと幸いです。