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蜘蛛の糸

作者: 青竹シゲル

芥川龍之介の作品とは一切関係ありません。(地獄に糸は垂れてきません)


 足に糸が絡みついていた。通勤途中の電車の中で、気がついた。それは綿あめのように薄く細く、蜘蛛の糸のようなものだった。どこかで蜘蛛の巣でも足でひっかけてきたのだろうと思った。吊革にぶら下がりながら、かまわず本を読んでいたが、ちょっと気になった。そして、いつもの駅に電車は辿り着いた。素晴らしくかわいらしいあの娘が乗ってくる駅だ。小柄で素朴な恰好をしているが、隠れ巨乳で、大きなカチューシャを付けている。

「あんな娘が、彼女だったらな」

 毎日の楽しみだった。今日こそは何か声でもかけよう。そう思っていた。しかし、その日は乗車してこなかった。がっかりした。

 俺は、ふと足元に眼をやった。すると、足首の綿あめが大きくなっている。それはすでに、包帯を巻いたように、くっきりと白く足首に絡みついている。

「なんじゃこりゃ」

 目の前の座席に、ボウズ頭の男が座っていた。ガタイのいい、車内でも知り合いがいれば大声で話す奴だ。こいつは毎日、電車の中で見かける。そのボウズ頭が楽しそうに俺の足元に息を吹きかけている。口から、明らかに蜘蛛の糸のような物が出ている。面白がって、ニタニタ笑いながら、俺の足元に息を吐いているのだ。

「おい、何してる」

 俺は、睨んでやった。しかし、ボウズ頭は、俺の顔を見上げ、またニヤっと笑い、なおも面白がって糸を吐いた。頭にきた俺は、そいつの腕を掴んだ。

「やめろ!」

他の乗客が、こちらを一斉に見た。奴は、悪びれる素振りすら見せない。そして、俺の顔めがけて息を吐いた。痒くなって、手で振り払ったが、白い細い糸は、まだ、耳の辺りに纏わりついているらしく、気持ち悪かった。

「お前、この野郎!」

 俺が、ボウズ頭の胸倉を掴んだとき、不意に肩を叩かれた。今度は見知らぬオヤジが、息を吹きかけてくる。頬に、痒い感覚が走った。

「うわぁ、何だ。これは?」

 そして、隣の女が、真っ赤な唇から、俺めがけて糸を吐いてくる。そして、次から次へと、顔に腕に、蜘蛛の糸が絡みつき、纏わりつき、気が付けば、何人に息を吐きつけられているかわからなくなった。皆一様に、面白がり、ニヤついた表情をしている。

 腕が糸にこんがらがり、動かなくなった。眼の前が真っ白になった。次第に、身動きができなくなってきた。

 一体、何人に面白がられて、息を吹きかけられたのであろう。電車はどこを走っているのか、今何時かさえわからない。

 結果、俺は蜘蛛の糸に完全に絡め取られてしまった。眼もろくすっぽ開けられなかった。全身が、蚕の繭のようなものに覆われ、手も足も出ない。

「おい。こんなことが許されていいのか!」

 しかし、乗客は、誰一人として言葉を聞き入れなかった。それどころか、笑いをかみ殺している声まで聞こえてきた。

 ・・・暫くの間、繭に絡まった男の怒声が車内に響き渡った。しかし、電車は決まったレールの上を時間通りに進み、乗客は普段と変わらぬ平日の朝を物憂げに過ごしていた。


非現実的なことと捉えるのか、リアリティーのあること捉えるのかは読み手の判断にお任せします。

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