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灼熱の呪縛  作者: isorashio
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6 第七天国の扉亭


ツェルクト渓谷の麓に位置する鉱山街。ここは王都から遠く離れた辺境の地でありながら、魔石商人や研究者が多く訪れるそれなりに活気のある街だ。特に街のレストランバー【第七天国の扉亭】…セブンス・ヘヴンズドアは、料理長の腕の良さと7人の美しい給仕の娘たちが有名な料亭で、季節を問わず賑わっていた。今日もそちらのテーブルでは血気盛んな職人らが競い合うように飲み食いし、こちらのテーブルでは神経質そうな魔術研究員らが呂律の回らぬ言葉で議論を繰り広げている。紺色の団服を身に纏った騎士団員…ウォルターとベネディクトの2名が店へ立ち入ると、扉のベルがカランコロンと鳴った。騒がしかった店内の空気に微かな変化が訪れたが、すぐ元のざわめきを取り戻した。ツェルクト河付近で大規模な魔術痕が発生したともあれば、騎士団員らがこの街を訪れるであろうことは、この街の住人なら誰しも察しがつくからだ。


「いらっしゃいませ、騎士様方」

「お待ちしておりましたぁ」

「ようこそ、セブンス・ヘヴンズドアへ!」


様々な声が行き交う店内でも軽やかに響く、フリルの付いたエプロン姿の娘たちの甘い声。この時を待っていましたとばかりに浮かれたベネディクトがずいっと前に進み出た。


「ロッタちゃあん、アリアちゃーん、マルカちゃん!久しぶり!!」


鼻の下を伸ばしながら両手を差し伸べたベネディクト。それを完全に無視してすり抜けていったのは、ブロンドにゆるいウェーブのかかった二つ縛りを揺らした低身長のわりに発育の良い娘だ。娘は、ウォルターの姿を確認するときょろきょろと辺りを見回して小首を傾げる。


「あらぁ?今日はレオンハルト様はいらっしゃらないの?…もぉ。今日こそはお会いできるかと思って楽しみにしていましたのに」


給仕の娘は、お目当ての人物が居ないと気付くなり膨れっ面になるが、リスのような丸い瞳で唇を小さく尖らせる仕草は万人受けする可愛らしさがある。そんな娘の様子に、ウォルターは困ったように顎髭を掻いた。


「あー…マルカ嬢。来たのが俺たちで悪かったよ。分団長殿はその…疲れて休んでいるから、何か外で食べられる料理を用意してくれないか?明日には顔を出すよう言っておくから」


「はぁ〜い、承知しました!そんな事もあろうかと、お昼頃から料理長が準備していますの。今すぐお持ちしますね」


幼児をあやすようなウォルターの言葉遣いにもぱっと愛想良く返答する辺り流石はプロの給仕と言ったところか。くるりと振り向いて白いエプロンのバックリボンを揺らしながら、人並みを縫うように厨房へ向かうマルカの後ろ姿を、ベネディクトが恨めしそうに見つめていた。


「俺も公爵家に生まれてたらなぁ…」


ボソリと呟いた声は、店内の賑わいにかき消され誰の耳にも届くことはなかった。するとまたもや、ベネディクトの隣を給仕の娘がすっと素通りした。淡い栗色の三つ編みを片側へ垂らした、長身に手足のすらりと伸びたロッタという娘だ。ウォルターの鍛え抜かれた太い腕にそっと指をかける。


「ウォルター様、ちょっといいかしら…お待ちの間、あちらでお話ししませんこと?」


緑に濡れた伏し目がちな瞳が魅惑的な大人の色気を醸し出すロッタは、ウォルターの耳元に唇を寄せると一言、二言何かを耳打ちした。ウォルターが目を見開いたことに気付いたベネディクトが何事かと聞く間も無く、ウォルターはロッタに腕を引かれ、奥の部屋へ共に消えていく。気が付けば一人寂しく取り残されてしまったベネディクトは、深い深い溜息をついた。


「はぁ……。なんだよウォルターばっかり。俺にも嫁さんがいたらなぁ…」


他の給仕の娘らは皆、忙しなく働いている。どうせ自分の言葉に耳を傾けてくれる人などここにはいないだろう。ベネディクトはそう確信しきっていたが、不意に服の裾を引っ張られビクリと背筋を跳ねさせる。後ろを振り向くが誰もいない。


「きしのおにいちゃん、およめさんいないの?」


凛とした愛らしい声が下の方からした。ベネディクトが困惑しながら目線を下げると、満開の笑顔の少女と目が合った。


「じゃあ…マーガレットがおよめさんになってあげる!」


賑やかなこの場に似つかわしくない、桃色のふわふわした髪の毛が特徴的な、花柄のワンピース姿の少女がベネディクトの真後ろに立っている。どこぞの商家の娘だろうか。ベネディクトは、目を泳がせて保護者らしき人物を探すが見当たらない。マーガレットと名乗った少女は、にこにこと笑顔のままベネディクトの返事を待っていた。


「あー…えっと、あはは…ありがとね。もう10年したらね…」


子供にしか相手にされない俺とは。曖昧な笑みを浮かべ、下り眉を更に八の字にしたベネディクトは、あれほど楽しみにしていた夜のバーから早く立ち去りたくて仕方がなくなっていた。




【第七天国の扉亭】には、名の通り7つの部屋が設けられている。大部屋、2階席、厨房、休憩室…残る三部屋は商談用の個室だ。鉱山街に集まるのは魔石や魔道具の買付けを目当てにした商人が多く、王都や西方のリューネリンデン港に店を設ける者が大半を占める。しかし、いつしか王都の許可を得ず、違法取引で魔道具を買い集める組織が鉱山街へ現れるようになった。それが【レジスタンス】と呼ばれる、魔術師で構成された集団組織だ。レジスタンスは、『世界への干渉を許された選ばれし崇高なる魔術の使い手こそが、この世界を支配するべきだ』という思想を掲げ、その危険とも言うべき思想に賛同した魔術師たちが、ロンダベルク王国各地で帝国との戦争締結への反対運動を起こしたことをきっかけに存在が知れ渡った集団だ。

これまでは、レジスタンスの表立った活動といえば少人数の抗議デモ程度の規模で済まされていた。だが、終戦が近付くにつれ、その活動は徐々に大規模かつ目に余るものになっていった。とある集落で行われた反対デモにて、戦争終結賛成派との対立が激化…非魔術師である一般市民を巻き込んでの、魔術を使用した暴動行為にまで発展したのだ。厄介な話ではあるが、レジスタンスに勢力の上乗せをしたのは、さる大貴族が融資をしているからだとの噂が市民の間で広まり始めた。彼らの模範であるべき貴族がその存在を容認し、活動を後押ししているとなれば、国家に対する不信に繋がる。レジスタンスという存在は、決して無視することのできない王国全土の悩みの種となっていた。



「して…"レジスタンスの情報"とは?話を聞かせてもらおう」


奥の個室に連れ込まれたウォルターは、扉を背にして腕を組み、深妙な面持ちで給仕の娘、ロッタと向き合っていた。耳打ちされた言葉が真意であれば、彼女はツェルクト河で発生した魔術痕に関して何か知っているかもしれない。


「ええ。このお話しはどうか、信頼できる方のみに留めていただきますようお約束下さいませ。まずは、これをご覧になって」


ロッタはエプロンの裏に手を入れると、隠しポケットから小さな紙切れを取り出し、ウォルターに差し出した。ウォルターがそれを手に取る。紙切れは書類の切れ端であることが見て取れた。上半分の切れた印が押されている…貴族の家紋だろうか。紙質は厚手で滑らかだ。こんな上質な用紙を使用し、家紋入りの印を押す必要のある書類といえば…何らかの契約書である可能性が高い。ロッタは、ウォルターが書類の切れ端を一通り眺め終わるのを待って、口を開いた。


「3日前、個室のお客様同士でちょっとした言い争いがありました。怒鳴り声が聞こえて何か割れた音がして…中には2人の男性が…一人はこの街の職人で、もう一人は大柄の黒いローブ姿のお客様がいらっしゃいました。床に破れた紙とビンの破片が散らかっていましたが、ローブのお客様が触るなとおっしゃって…2人がお帰りになった後、テーブルと床の隙間に、用紙の切れ端が挟まっていることに気が付きましたの」


ロッタは、小さくふう、と息を吐くとウォルターへ視線を向けた。その表情は真剣そのもので、彼女の言葉が嘘やでまかせではないことは明らかだった。


「問題なのはこれからですわ…その日から、誰もあの職人を見かけていませんの。この街は小さいけれど人の出入りも多くて、普段なら誰が居なくなっても気に止めないけれど…揉め事の後、急に街を出て行くのは不自然だわ。それに…」


「…それに?」


ウォルターが続けると、ロッタはウォルターに近付き、声を低くしてこう告げた。


「彼は腕利きの職人として有名だった。それも…風の魔道具を作る職人として」


「風の魔道具…というと、まさか」


はっとしたウォルターにロッタが頷く。


「ええ、ウォルター様…ツェルクト河で発生した魔術痕と同じ"風"の魔道具の職人が、揉め事を起こして消息を絶った。ですから、騎士団で誰がこの職人と契約を結んでいたのか、家紋を調べていただきたいの。もしその家紋が、風の魔術師を輩出する家系のものであれば…ツェルクト河で魔術痕を残した術師と同じ…少なくとも、レジスタンスに関わりがある家系の可能性が考えられますわ」


「なんということだ…。貴女は一体、」


「お話しは以上ですわ。…どうか、ロンダベルク国をお守りになって下さいませ」


ロッタはエプロンスカートの裾を摘み一礼した。その作法は寸分の狂いもなく、ウォルターはどこか高貴な令嬢を前にしているのではないかと錯覚するほどだった。困惑したままのウォルターがそれを追求しようとする間もなく、個室の扉が勢い良くバンっと音を立てて開かれた。


「準備が整いましたわ。さぁさ、レオンハルト様のところへご案内下さいまし!」


「…うう、重い…」


意気揚々と言い放つのは大きなバスケットを片腕にかけ、エプロンの上に厚手の外套を羽織ったマルカだった。見るからにレオンハルトの滞在する騎士団のテントへ着いて行く気満々である。マルカの後方には大鍋を両手に持ったベネディクトが呻いている。

マルカは、思いがけないマルカの登場に面食らったウォルターと、ウォルターの大柄な体にさっと隠れたロッタを見るやいなや、口元をニヤニヤと緩ませた。


「まぁ!ロッタってばだめよぉ、ウォルター様はご結婚なさっているんだから」


そして何故か得意そうに、2人を冷やかした。

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