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灼熱の呪縛  作者: isorashio
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5.5 フェニクス・フィニアスの苦難

※フェニクス視点


久しぶりの長期休暇だ。あの陰気な石造りの要塞で、汗臭い男連中に囲まれ、訓練だなんだと勤しむ日々…遠征は気が滅入るので苦手だ。早々に休暇申請を出しておいて良かった。国土柄、華やかさより貞淑さを重んじるロンダベルク国民ではあるが、生き生きとした表情の民衆が行き交う王都は賑やかで、見ているだけで心が浮き立つ。慣れ親しんだ自室、美味しい紅茶と香ばしいビターキャラメルクッキー、豊かで煌びやかな音楽、自分専用の広い浴室…遠征先とは天地の差がある。


「フェニクスさまー、騎士団から書簡のお届けでーす」


従者の間の抜けた声に勢いよく紅茶をむせた。魔術研究においての一任者であり、国王陛下からの信頼も厚い我が父君、フェリクス・レウス・フィニアス侯…代々に渡り智力を誉として栄えてきたフィニアス家お抱えの魔術研究員であり、俺の従者でもある白衣姿のマルクトが、許可も待たずに無遠慮に入室してきた。


「おいおい…帰ったばかりだぜ?そんなもん燃やしとけよ。大した用事でもないだろう」


折角、貴重な休暇を満喫しているのに。あからさまに不貞腐れた顔をしてやると、マルクトは面白くて仕方がないといった様子で吹き出しながら、無機質で所々に擦れた傷のある銀色の筒を差し出した。


「ぷっ…くく、お仕事でしょうが。ほら、どうぞ〜」


マルクトが笑うと、左耳から下がる細いアメジストの棒ピアスが揺れ、陽光をキラキラ反射させる。誰でも美しい物は好きだろう。美しい物を、美しいと感じる前に思わず目を奪われている、この瞬間は悪くない。だから俺は本質的に美しいものが好きだ。美しく刹那的で、絶対的な力を世界に示せる魔術が、心から好きだ。

白いグローブをしたままのマルクトの指先にかかる銀筒の封蝋は確かに、騎士団の紋章…片翼の白馬を象ったもの。はぁあ、と深く溜息を吐いて、受取人に確実に届くよう魔術の施された銀筒を受け取る。俺が筒に手をかけると、受取人を認識した封蝋がパラパラと砂のように崩れ落ちていく。筒の中から手紙を取り出し、走り書きの文字…(とても簡潔な言い回しだ。これを書いたのはおそらくリヒターだろう)を目で追う。要約すると、ツェルクト河口にて、只ならぬ事態が起きてしまったこと…そして、分隊の指揮権を俺に任せるということが書かれていた。詳細は省かれていたが、レオンハルトが身動きを取れなくなるほど消耗したとあれば、休暇を満喫するよりも何があったのか知りたいという好奇心が勝るのを感じる。所詮、俺にもフィニアス家の血が流れているということだ。


「ったく仕方ねえなぁ…後を頼むってなんだよ。あぁもう、全くアイツは…」


「珍しいですねぇ?レオンハルトさまがフェニクスさまを頼られるなんて。それから…ふんふん、風の魔術痕かぁ。楽しそうでいいじゃないですか〜」


気が付けば背後でマルクトが手紙を覗き込んでいる。全く礼儀を知らない奴め。悪態の一つでもつきたくなるが、手紙をさっと丸めると、あ〜とマルクトがつまらなそうに間の抜けた声を出した。


幾つ歳を重ねても社交界の華であり続ける麗しの母君、ヴァネッサ・フィニアス。その弟であるオルランド・グランドール公爵の嫡男子である"氷の騎士"こと、レオンハルト・グランドール。アイツは母君に負けるとも劣らぬとんでもない美貌の持ち主で、そして…前世の記憶を持っている。もしその秘密を偶然にも知ってしまわなければ…好奇心に抗えない悪癖がいつかの俺を殺さなければ、レオンハルトを追って騎士団に入団することはなかっただろう。また、かつて"落ちこぼれの次男坊"として爪弾きにされていた俺が、こうしてフィニアス家に身を置き続けることはなかっただろう。


「ツェルクト河か…距離にして、最短8分で行けそうだな。な、マルクト。着替え持ってきて?」


「はいはーい。あっちは寒そうだから、あったかい格好にしましょうか。"お土産"、期待してますよ」


部屋を出がてらウィンクを投げつけてきた無礼な従者に若干の鬱陶しさを感じるが、こんなにも馴れ馴れしく接してくるのは一族を差し引いたとしてもマルクトだけではないか、とも思う。落ちこぼれと影で囁かれる日々から一変し、天才術師と持て囃されるようになった今に至るまで、マルクトの態度は一切変わらない。今思えばそういったところがあの頃、フィニアス家の中で居場所を見失っていた俺の多少の救いになっていたのかもしれない。多少のだ。いかに主人に対して馴れ馴れしかろうが無作法であろうが、マルクトを従者として傍に置き続けているのは、そんな理由あってこそだ。


ラフな部屋着から窮屈な団服に着替え、厚みはあるが見た目ほど重くない白の外套を羽織る。式典も間近な今、国内でのイザコザとはなんと間の悪いことだろうか。事の次第によっては、暫く邸宅に帰ることはできないかもしれない。またな、マルクト。またな、俺のビターキャラメルクッキー…こいつはとても名残惜しいが、あの頑固で不器用な生き方しかできない従兄弟の頼みとあっては仕方がない。腹を括るとしよう。

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