2.5 記憶を辿って
身体に呪いの痣が浮かび上がってからというもの、私はその忌まわしき楔を打ち込んだ敵が誰なのかを知るため、まず情報を得ることに死力を注いだ。幸いにも、今世の家柄は申し分ない。我がグランドール公爵家は王都内に邸宅を持ち、当主である父が高官として政権に関与していることもあり、ロンダベルク領土内において5指に入る権力を有している。勉学のためと父に頼めば、マーセル子爵時代では立ち入ることすら許されなかった王立図書館に通わせてもらう事も容易く叶い、当時の記憶と記録を擦り合わせながら、幾ばくかの情報を得ることができた。
歴史書を紐解き、レイノルド・マーセルを反逆者と罵り刑に処した近衛騎士…彼らと繋がりの深い魔術師の家系をいくつか選り分ける。他者に無実の罪を着せ、葬る事で甘い蜜を啜った下賤な輩が今も王都には蔓延っている。許すわけにはいかない。
呪符や禁呪についても調べた。しかし、いくら王立図書館の蔵書といえど、魂を縛る禁忌の呪術に関する情報は少ない。時を費やして得られた情報は一握りでしかなく、ついに呪縛を開放する手立ては見出せなかった。
前世の記憶を頼りに、書斎に篭って過去の歴史書を手当たり次第に読み漁る日々。身体に浮かび上がった痣を見られまいと、歳の近い子供たちや従者を寄せ付けなくなった。そんな私を母はとても心配していた。ある日、10歳の誕生日の席で欲しい物を問われた時、
「…魔術の本が欲しいです」
と答えた時、涙ながらに公爵家にとって社交性がいかに大切かを訴えられてしまった。
「ああ…レオンハルト。勉学も大切ですが、お友達と遊ぶことも学びの一つです。どんなに優秀な人材になろうと、他者と関わる心を持たぬままで何を活かせましょう…まして嫡男である貴方には、もう婚約者を決めていてもおかしくはないのですよ」
グランドール家には、充分な財力と権力がある。今以上の力を望むのであっても、期待の矛先が私である必要はない。
「お母様。私に婚約者は必要ありません。公爵家の血筋は弟にと申し上げたはず。勿論、社交界へは出席致します。義務を果たした暁には私に、騎士団への入団をお許し下さい」
「レオンハルト……。貴方はどうして、そこまで他人に近付くことを恐れているのです?何が貴方をそうさせてしまったの」
「…お話は以上ですか?やるべき事がありますので、もう自室に戻ります」
…全ては、忌まわしきこの呪いのせいだ!
心のまま叫べばよかったのだろうか。前世の記憶を思い出し、悪夢を繰り返すようになってからというもの、これまで輝きに満ちていた世界の何もかもが色褪せて見えた。息子を心配する母の気持ちを汲む事はできる。しかし私はもう、母親が望む普通の子供ではいられなくなってしまった。誰一人理解者の居ないこの屋敷は、息苦しくて胸が潰れそうだ。私は二度と親しい者を失いたくない、ただそれだけなのに。
昔も今も変わらず、褪せた景色の中で色彩を失わないのは記憶の中で微笑むミゼリーだけだった。必ず彼女を呪縛から解き放つ。そのために残された道は一つ…復讐のみ。
(あの子の心はまるで氷のよう…誰にも溶かすことができない)
重い扉の向こうから母の嘆く声が聞こえた。私はそっと目を閉じて、ミゼリーの名を小さく呼んだ。暗がりの続く廊下で長く息を吐くと、心地良い心音だけが聞こえる。
私は正しい、何も間違ってなどいない。報復が正義になり得ないと言うのなら、私がここに居る意味は、一体何であるというのだ。