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灼熱の呪縛  作者: isorashio
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2 レイノルド・マーセル


私が前世の記憶を思い出したのは、物心ついて間もない頃…邸宅内の書庫にて、自国である要塞都市国家・ロンダベルクの歴史を学んでいた時だった。

建国の成り立ちから現国王に至るまでを記した、分厚い歴史書。その内容は子供の私には難解であったが、武器や農具の詳細な解体図、動植物のリアルな写生、歴史的人物の肖像画などに興味をそそられ、遊び半分で眺めていた。

歴史書の頁が中頃に差し掛かると、ある1人の男の肖像画が目に留まった。ロンダベルクでは珍しい、藍色の髪と青い瞳…自分とは正反対だ、などと思った瞬間、動くはずのない肖像画と目が合ったような気がした。

はっとして目を瞬かせ、慌てて肖像画の下に綴られた名へと目を移す。


【 レイノルド・マーセル

      〜 国家反逆罪で処刑 】


「あの、先生。はんぎゃく…とは、どのような意味なのでしょうか」


指先で「反逆」という文字をなぞりながら、ランタンの灯りに照らされた歴史書から顔を上げる。向かい合うようにして座っていた専属教師の、深緑の瞳がこちらを向いた。


「…反逆とは。国家や王族の不利益に繋がる行為と、その企ての全てにございます。レオンハルト様」


教師の答えに、うん…?と曖昧に返事を返すと、教師は私の眺めていた歴史書を手に取り、幼い私にも聞き取り易い速度で、朗々と読み上げ始めた。


「……【16代目ロンダベルク国王陛下直属の近衛騎士であったレイノルド・マーセルは、かのオルキア帝国との対戦時、ゴーレムの大軍勢を退けた功績が称えられ、一度は英雄の称号を得た。しかし、同騎士団所属の騎士らにより帝国の使者であったという証言が多数上がり、裁判にかけられ爵位を剥奪。デムナ島に幽閉された後、国王陛下暗殺を企てた首謀者と発覚し、国家反逆罪に問われる。同帝国の間者であったフランジア公爵家令嬢の、ミゼリー・エル・フランジアの手引きによりデムナ島からの脱獄を試みるも失敗、極刑に処された。】とあります。この話でいうところの反逆とは、つまり………」


記述が理解できなかったのではない。何故か心の奥底に薄靄がかったような妙な違和感を覚え…その疑念は、ミゼリーの名を教師が口にした途端、静かに降り出した雨が突然の雷雨に変わるような激しさに膨れ上がり、泣き出したくなるような、叫び出したくなるような感情が胸の奥底で渦巻くのを感じた。遠くで女性の叫び声が聞こえる。気付けば私は、話を続ける教師の言葉を遮るように、勢いよく立ち上がっていた。


「…おやおや、どうなされたのです?」


耳鳴りがする。困惑したまま口の利くこともできない私を見て、家庭教師は訝しみながらも、そっと歴史書を閉じて微笑んだ。


「このお話はまだレオンハルト様には難しゅうございましたね。…顔色が優れないようです、授業はまたの機会に致しましょう」





その晩、レイノルドの青い瞳と、何処かで聞き覚えのあるミゼリーの名が頭から離れず、心の靄も晴れぬままに眠りにつき……そして初めて、闇の炎に包まれ呪われながら処刑された〈あの夜〉の夢を見た。


黒炎の中、私はハッキリと思い出した。

レイノルドは反逆者などではない。私は、虚偽の証言で爵位を剥奪され、無実の罪で刑に処されたのだ…心優しき婚約者、ミゼリー・エル・フランジアと共に!

封じられていた記憶の蓋がこじ開けられ、割れた砂時計から砂粒が飛散していくように、膨大な量の情報や記憶の断片が鮮烈に瞼の裏に映し出された。それは6歳の幼い身で受け止めるにはあまりに負担が大きく、意識が遠退いていくのを感じながら、レイノルド・マーセルとして生きていた頃の記憶が流れ込むことに身を委ねた。




ーーー1週間後。前世の記憶を全て取り戻し、心身ともに衰弱しきった状態で意識を取り戻した私は、自分がはたして誰であるのかが曖昧になっていた。レオンハルト・グランドール…今世での名前は思い出せたが、私はレイノルド・マーセルでもあった。

呪いを受け転生したこと。前世の記憶を思い出したこと。一人で受け止めるのには幼すぎたが、冤罪者として生きていた頃の記憶があるなど、誰に話しても信じてもらえる筈がない…おそらく肉親でさえ、病中の悪夢だの世迷言だので片付けるのであろう。自分ですら、まだ半信半疑であるというのに。


誰にも打ち明けることが出来ず、自分が何者であるのか分からぬまま数日が経ち、熱が引いた頃…それは唐突に起こった。

前世の私…レイノルド・マーセルが処刑された日、あの禍々しい短刀で突き刺された右脇腹が燃えるように熱く疼き出したのだ。鼓動が早鐘のようにドクドク脈打ち、目が眩み始め、痺れるような鋭い痛みが脇腹から心臓に向かって駆け昇っていく。


「ッ…ぐ、ああ!」


あまりの激痛に声を上げ叫びそうになったが、それは電流のように一瞬だった。右脇腹はまだ熱をもっている。急いで服をたくし上げると…脇腹から心臓にかけ、内側から侵蝕するようにジワジワと皮膚が赤黒く腫れ上がってくるではないか。


「なんだ、これ……」


炎のような模様を描き浮き出てくるこれは、まさか。


「……呪われた、証…!?」


そうだ。これは…まさにこれこそが、レイノルド・マーセルとして生きた前世の記憶が、幼さ故の馬鹿げた妄想や夢幻の類ではないこと…そして、魂が輪廻の輪へ還れなかった何よりの証拠ではないか。


(ーーこの呪縛を解かぬ限り、永遠に、私は…レイノルドは、転生を繰り返す…)


確信めいた予感が脳裏をよぎる。

途端、全身を焼き尽くされる感覚がフラッシュバックし、恐怖と絶望の旋律が背筋を走った。


「うわぁあああああああッ!!!!」


力の限り叫んだ。

許せない、許せない、、許さない…!痛い、何故、悲しい、悔しい。全てが憎い…私を、私達を焼き殺した全てが憎い!!!



涙が溢れて止まらなかった。


(ーーー…ほら、レイン様…どうか泣かないで。顔を上げて……貴方に、神の御加護がありますよう)


震えながら泣き崩れる私に、どこからか耳に心地よい、慈愛に満ちた柔らかい声が聞こえた。私はこの声の主をよく知っている…。

記憶の端々で、レイノルドの傍に寄り添う女性、婚約者のミゼリー。彼女が私に向けた暖かな笑顔を思い出すと、自然と涙が止まり…心が落ち着きを取り戻していくのを感じた。




やがて彼女の存在は、決して逃れることのできない悪夢の中、何度も…何度も、恐ろしい闇色の炎に身体を焼かれる恐怖と、それを上回る強い憎しみの感情で張り裂けそうになる私の心を繋ぎ止める、ただ一つの救いであり、同時に現在を生きる希望になっていった。


(ミゼリー…待っていて。呪いを断ち切り、必ず貴女を救い出してみせる)


こうして私は、かつて自分と優しいミゼリーを呪い葬った忌まわしい者達への復讐を決意した。彼らを一人残らず見つけ出し、呪いを解く手段を見つけ出すことが出来れば、繰り返す悪夢からも解放されるだろう。また私と同様に、呪いに縛られ天に還ることの許されなかったミゼリーの魂を解き放つこともできるかもしれない。


「…今度こそ、幸せに」


ただ一人、貴女だけを想い続ける。

そうしていれば必ず、またどこかで巡り会える…それだけを信じて。

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