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灼熱の呪縛  作者: isorashio
1/9

1 呪われた記憶

※流血有り



遠くで薪の爆ぜる音がする。静寂の中、不規則にパチ…パチ、と響く乾いた音だ。やがてその音は徐々に大きく、鮮明になりながら耳元へ近付いてくる。


(ああ まただ。またアレを繰り返すのか)


この感覚はいけない。そんな予感が警鐘を鳴らす。しかし時既に遅く、私の意識は奈落の底へ突き落とされるような絶望感に捉われながら、あの呪われた日へと堕ちていった。






ーーー天井の崩れた塔の上、半壊した円柱から伸びた鎖の先には若い男女が2人。手枷で両手の自由が奪われている。男女を取り囲むようにフード姿の魔術師が4人。魔術師達が唸るようにぐわんぐわんと一心不乱に唱えているのは、禁忌の呪術だ。やがて4人の魔術師達の前に、闇色の炎がボウ、と音を立てて灯る。炎は次第に大きさと勢いを増しながら螺旋状に回転し始め、轟々と音を立て火柱が聳え立ち、男女の姿を覆い隠した。


『レイン様っ…血が、こんなに…』


火柱の中、鎖に繋がれた女性の震える声の先には、錆びた鎧を身に纏った青年がいた。右脇腹に、禍々しい呪符の巻かれた短刀が突き刺さっている。青年が鼓動を打つ度、短刀の柄先から赤黒い血が滴り落ちた。彼の顔色は悪く、息も絶え絶えで、鎖に吊られていなければ今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

こうしている間にも、魔術師達が放った火柱は無慈悲にゆっくりと…しかし着実に、2人との距離を縮めていった。2人は必死の抵抗に体を捩るが、鎖は耳障りに鳴るばかりでびくともしない。

黒炎がジリジリと足元まで迫り、女性が恐怖に息を飲んだ、まさにその瞬間。純白のドレスに黒炎が燃え移り、瞬く間にそのか細い身体は闇色の火柱に呑まれ、人型の影が崩れていった。



私の意識が青年に吸い寄せられ、重なる。

熱い。熱い、熱い…

『ーーー…ゼリー、ミゼリィーーーッ!!』


焼けた喉から掠れた悲痛な断末魔。炭と化し崩れた細い腕が鎖からザラリと抜け落ちた。幼少より幾度となく取り合った華奢な手が今、無機質なマネキンのように…

最後にもう一度、彼女の顔が見たいーーー。願い虚しく、黒煙に燻され濁った瞳が再び光を捉えることはなかった。


『よくも…よくもこんな非道な仕打ちを…!覚えておけ!貴様ら皆、地獄に送ってやるぞ…!!!』


憎しみを込め放った言葉と共に、炎に呑まれた私は慟哭を上げた。邪悪な闇色の炎は更に勢いを増し燃え盛り、渦巻く火柱は二人を骨も残らぬまで焼き尽くした。



一刻が過ぎ…闇色の炎は燻りながら、ようやく消失した。誰一人と居なくなった塔の上、たった一つ残された焼け焦げた円柱跡から、長細い黒煙の狼煙が上がり、私達の魂を伴いゆるりと空へ昇っていく。

……しかし、呪われた魂が天に還ることは許されなかった。2つの魂は空中で流れ星の欠片となって弾け飛び、目にも止まらぬ速さで空をグルグル駆け巡りながら地面へ落下していく。ぶつかる……!!ーーー





ハッと目を覚ますと、暖炉の火が消えかけていた。いつの間に眠っていたのか…額に嫌な汗が浮かんでいる。浅い呼吸を繰り返しながら身体を起こすと、硬い椅子の背凭れがギィと軋んだ。

ようやく〈あの夜〉から戻って来られたのだと、ぼやけた意識の片隅で思った。


焼けた喉の感覚、右脇腹の引き裂かれそうな痛み…ただの夢であれば良かったのに。そっと服の中の右脇腹に触れてみる。そこには確かに、ミミズ腫れのような痣が幾重にも浮き出ている。


コンコン、と硬い扉をノックする音が聞こえる。薄く開かれた扉から侍女の姿を確認すると、まだ少し引き攣るような気がする右脇腹から手を離し、入れ、と短く応えた。


「レオンハルト様。フィニアス侯ご令嬢、マリアナ様よりお手紙が届いております」


侍女がそっと差し出した封筒を手に取る。箔押しの白く美しい便箋。それに引けを取らない整った字が並ぶ。夜会に招待したいという旨が綴られていたが、私は躊躇いなくそれを縦に破り裂いた。


「……よろしいのですか?」


侍女は眉一つ動かさず聞いた。ああ、と返事をすると招待状であったものを侍女へ渡した。恭しくソレを受け取った侍女は、一礼すると、音もなく部屋を後にした。



暖炉の灯火が燃え尽き、辺りが暗がりと静寂に包まれる。城壁に備わった松明の明かりが、ガラス張りの大窓からさざ波のように揺らめく。時折、窓枠の外で礫が光る。舞い遊ぶ粉雪が明かりを反射しているからだ。


明かりの揺らめきを見つめながら、幼い頃より繰り返し見続ける〈あの夜〉のことを思い返す。遥かに遠い、魂に焼き付いた忌まわしき記憶。鎧の青年と共に鎖に繋がれ、焼かれ死んでいった純白のドレスの女性…彼女の名は、ミゼリー・エル・フランジア。

私の、否…前世の私の、妻である。


(……ミゼリー。貴女は今どこに?)


ウェディングドレスを纏い微笑んだ彼女はとても美しかった。崩落しかけた牢獄の中で、ヴェールを上げ、蜂蜜色の瞳と見つめ合い…交わし合った誓いの言葉は何であったか。

今はもう、思い出すことができない。

お目通しありがとうございます。

心を込めて書いています。

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