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【ニール】


 皇曾孫誕生祝いの使節団がルフェヴ王国からやってきた。帝都の邸からは遠い宮殿に今ごろ祖父は着いただろう。


 祖父は長く帝国との外交の実務的な窓口であった。それゆえ帝国ではいろいろと融通が利く。この邸を用意できたのも、帝国内に個人的な財産を隠して保管できたのも祖父のおかげだ。

 その祖父の力を頼っても、さすがにキリアン様の要求は簡単には通らない。大国の皇帝に面談したいという要求は。


 王国を出て一年が過ぎたころ、皇家に待望の男子が生まれた。その祝いとして祖父が公式に帝国へやってくることになり、ついに皇帝とキリアン様は会いまみえることになった。


「ニール、皇帝陛下はキリアン様とエイファ様のお二人にお会いするとのことだ」

「エイファ様にもですか?」

「そうだ。お二人であることが必須条件だ」


 祖父からの伝言をキリアン様にお伝えすると、少し逡巡された。なぜエイファ様が同席されなければならないのか、祖父もそしてキリアン様にも心当たりがあるようだ。それでもエイファ様に確認したのち、当然だが了承した旨を先方に伝えた。



 皇帝の私的な面会という形なので、謁見の間ではなく貴賓室に案内された。

 伝統と格式を重んじる王国では王宮で国王陛下と直接話すことなど到底許されなかったが、帝国はそのあたりが柔軟らしく、キリアン様たちと差し向かいで座った皇帝は表面上は笑顔を浮かべていた。


「皇帝陛下、お会いできましたこと感謝いたします」

「ルフェヴ王国第二王子のキリアン殿、でよろしいかな」

「『元』王子ですが」


 自分の祖父よりも年上と思しき皇帝だが、その威厳は老人のものとは思えない。

 しかしキリアン様も決して負けてはいなかった。堂々と胸を張って相対しておられる。

 そのキリアン様を認められたのか皇帝の表情が少し緩んだ。

 

「時間は有限なので単刀直入に言おう。貴殿が何を求めているか、わかっているつもりだ。火種を抱えた国が隣にいるのは迷惑なので、生まれたばかりの曾孫のために火消しをしてもらう」

「その対価に何を求められますか?」

「我が帝国に要らぬ火の粉が来ぬよう貴国の安寧でよい」

「本当にそれだけでしょうか?」


 こちらから依頼する前に出された条件は破格のものだった。最悪は帝国に吸収されても止む無しと思っていたのに。

 キリアン様も何かしらの腹案があるのか探ろうとしておられるようだ。


「そうだな……。当面の対価はこれから年寄りの感傷につきあってもらうことで手を打とう」

 そう言うと皇帝はキリアン様の隣のエイファ様に顔を向ける。その目はキリアン様に向けていたときと異なり、ずいぶん穏やかだ。


「エイファ・マクラウド侯爵令嬢、だったな」

「はい、皇帝陛下。ご尊顔を拝し奉り光栄にございます」

「キリアン殿はこれからいろいろと忙しくなりそうだ。その間安全な我が国に滞在されてはどうだ?」

「わたくしごときにご配慮くださり誠にありがとう存じます。ですが、わたくしはキリアンとともにあるためにいまここにおりまするゆえ、どうかご考慮くださいませ」


 自分も予想していた内容の回答に皇帝は苦笑を浮かべる。


「……愚問だったようだな」

 

 どこか悲しそうであるのは自分の気のせいだろうか。


「死んだ末娘が持っていた資産が国庫に保管されておる。使い道ががないゆえ、換金してすべて使ってしまうがよい」

「ありがとうございます」


 その謝礼がキリアン様ではなくエイファ様から返されたことが不思議だった。







【エイファ】


「侯爵、いえ、父上、とお呼びさせてください」

「殿下…」

「あなたは私のたったひとりの父です」


 キリアンが『家族』に恵まれていないこと、そしてそのことを心の底でとても悲しんでいることは幼いときからわかっていた。

『王子』ではなくなって、ようやくわたくしの父にそう伝えられたキリアンのために父には一日でも長く一緒にいて欲しかった。



 婚約破棄騒動以前から父は病に侵されていた。

 王国での死を偽装して、帝国のわたくしたちのところにきたころには、すでに病状は治りようがないほど悪化していた。

 王国より医療技術が進んだ帝国でも治せるものではなく、せいぜい苦痛を和らげることしかできない。

 一年が過ぎ、二年目に入ったころ、キリアンと二人で父が寝付いている部屋に呼ばれた。

 きっともう長くはないだろうと誰もが思っていた。

 認めたくはなかったけれどわたくしも、そしてキリアンも。


「キリアン、エイファと幸せになりなさい」

 そう言ってやせ細った手で隣のキリアンの頭をゆっくりと撫でている。

 娘を頼むでも守ってくれでもないその言葉に、必死に保っていたキリアンの表情が歪む。


「お父様…」

「エイファ、私は死ぬのは怖くないよ。母様が我が領地にやってきた時や、お前が生まれる時に比べたらちっとも怖くない」


 わたくしが握りしめた指にはもうほとんど力が入らない。けれどその手から感じる温もりと伝わる愛情は少しも変わらない。


「親の欲目かもしれないが、お前たちにはお互いがいるから大丈夫だ」


 愛情に満ち溢れたその顔をわたくしは生涯忘れない。



「簡素な見送りになってしまってすまない」

 火葬する煙が空へ立ち上るのをぼんやりと眺めていたら声をかけられた。

 振りむくことなくゆるゆると頭を振って、青い空のさらに高いところへ上った煙を眺める。


「葬儀は死者のためではなく生者のためのものですから、お父様は気にされていませんわ」


 オオルリの澄んだ声が空に響いた。

 領地でよく見かけたその姿を王宮の中庭に見かけて嬉しくなり、父と二人耳をすませて鳴き声を聞いたことがあった。あれはそう、キリアンのためのお茶会の日だった。


「懐かしいあの鳴き声がお父様を送ってくれます」


 零れ落ちる涙が頬をつたう。その涙を受け止めるかのように後ろから回された愛する人の腕がわたくしを優しく温かく包み込んでくれた。


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