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【コルム】


 12歳のとき幼馴染のユリアが行方知れずになった。正確には自ら行方をくらませた。

 ユリアが王宮勤めになってから四年、たまにしか会うことはなかったがまさかこんなことになるとは思ってもいなかった。

 どうやら王宮で何かあったらしく兄は何度もユリアの実家に事情を聞きにいっていた。

 しかし家族の口は堅く、かんばしい回答は得られない。


「ユリアの処遇は第二王子殿下が知っているらしい」

 相手が王子ではこれ以上どうしようもないだろうとそれだけ何とか聞きだしたらしい。


 アーバイン伯爵家は平凡な中流貴族だ。式典などで王族に拝謁することはあっても、個人的なことを質問できるような立場も力も到底ない。

 ユリアの家族はそれで諦めるだろうと思ったのだろうが、兄は諦めなかった。


「いつか必ず殿下に問いかけられる立場を手に入れる」



 学園に入学して図らずも殿下と誼を得たころ、兄は言葉通り宰相補佐官まで出世していた。

 兄の努力に、弟として、同じユリアの幼馴染として、少しでも手助けしたかったから殿下に願う。


「キリアン殿下、我が兄の言を一つだけお聞き入れくださいますようお願いいたします」


******


 キリアンのところへシェイマス・アーバインが面会を求めてやってきた。

 新任補佐官の挨拶を流暢に述べたあと、ごくりと息をのんで口を開く。


「殿下は茶を淹れるのが得意な侍女をご存じないでしょうか?」

「それを聞いてどうするのだ」


 コルムとよく似た顔がキリアンを見つめている。


「私は殿下にこの質問をするためだけに今の地位を目指しました。彼女の家族を困らせたくはありませんので、もう手がかりは殿下しかないのです」


 知らないと答えるのは簡単だった。しかしたった一人の女性を探すために力を手に入れようとして足掻くその姿は無視できなかった。


「会えなくてもいいのか?」

「何があったのかおおよそのことは把握しております。ユリアが私たちのことを想って姿を隠したであろうことも理解しています。私はこれ以上彼女を傷つけたくはない。彼女の選択は尊重します。ただ、いま、生きていて、少しでもしあわせだと思える状況なのか、それだけが知りたいのです」


 何年も愚直に想い続け、けれど自らの欲をぶつけるのではなく、ただただ傷ついた相手が健やかであることを願う愛情は、ユリアの癒しにこそなれ害にはならないだろう。


「よくわかった。夏季休暇にマクラウド侯爵の領地に行く予定がある。コルムも友人として連れていきたいのだが許可してやってくれ」

 暗にそこで会わせることを伝えると、シェイマスの顔が輝いた。

「は、はいっ!ありがとうございます、殿下」



「会いたくなければ会わなくてもいいわ。でもこれだけは読んであげて」

 エイファがユリアへ渡した手紙の差出人はシェイマスだった。

 それを読んだあと、ユリアは配達人であるコルムに会うことを決意した。







【オーエン】


「この国を救いたいと思われてのことでしょうか?」


 父が王子に対してこんな口が利けるほど豪胆であるとは意外だった。

 面構えだけはとんでもなく怖いが、息子の自分同様、内実は涙もろいところのある人であったから。


 帝国に居を移して半年が過ぎたころ、キリアン様と第二軍団長である父が対面することになった。国境を越えて密かに王国へ入ることとなり、もちろん自分も同行した。対面の場では父の側ではなく、キリアン様の後ろに立つことによって自分の意志を明確にする。

 キリアン様が自らこれからの計画を説明し、助力を乞うたあと、父の口からでた質問だった。


 確かに自分たち親子はキリアン様に多大なる恩がある。誰よりも尊敬するグレッゾ殿を庇護してくれたのはキリアン様とエイファ様なのだから。

 しかしだからと言って何でも協力しますとはならなかった。

 多くの部下の命を預かる父は簡単には頷くことはなく、罪人を断罪するときよりもずっと強くキリアン様を見据えて問いかけていた。 


「そんな崇高な人間ではない。ただ私が一番嫌いな人間が、私が一番我慢ならないことをしようとしているから、それに抗っているだけだ」

「それが多くの血を伴うことであってもですか?」


 さらなる父の問いにキリアン様はご自分の手をじっと見つめた。

 何を思っておられるか、問わずともわかる。同じように、武骨な自分の手を見やる。生から死へと向かう人の体をつかんでいた手を。


「私はすでに血を流した。直接、人を手にかけた。誰かを殺す人間は誰かに殺される。その覚悟は持っている。まあ、黙って殺されてやるつもりはないが」


 キリアン様の言葉もそのまなざしにもひるみも迷いもない。


「計画を進めることで流されるであろう誰かの血を、次の誰かを生かすための糧としたい。私の望むことに血を伴うのであれば、少しでも多くの人の救いになる道を選びたいのだ」


 生涯お仕えしたいと心から思える人がそこにいた。

 きっと正面にいる父も感じただろう、この方こそが国の上に立つべき人であることを。


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