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【とある軍人】
名誉が欲しかったわけではない。
報酬を望んだわけでもない。
感謝もされなくて当然だ。
国王を守ることが国を守ることに繋がるのだからそれでいい。
失ったはずの左腕が痛むとき、そう思うと少し痛みが消えるような気がした。
キリアン殿下から暗殺の首謀者とその目的を聞かされるまでは。
本来、王族の護衛は第一軍団の職務であり、頂点に立つ国王の護衛は彼らの中でも花形の職務だ。
第一軍団は王都近郊に大きな領地をもつ高位貴族出身者で成り立っている。
高い身分にふさわしくと豪華な制服と飾り立てた剣を持つ見栄えの良い騎士たちだ。
自分が長を務めていた第二軍団は下級貴族や平民で構成されていて主な職務は治安維持だ。
軍人といっても町の警邏隊のようなもので、夜盗や強盗を捕獲したり、災害時の復興を支援したり、武勲を立てることはなくとも満足していた。
地方に視察中ならともかく、王宮のそれも奥向きの居住区は一番安全な場所であってしかるべきところだ。そこにたった一人で暗殺者が侵入してきたのにはわけがあった。
国王を護衛するはずの第一軍団内で流感が発生し、王族にうつしてはならないからと第二軍団に代理の依頼が来た。
下級貴族や平民出身者に任せるわけもいかず、第二軍団では一番上位の子爵家出身である自分が護衛するほかなかった。
傷口を壊死させる毒が塗られた短剣を忍ばせ、国王へ襲い掛かってきた刺客はとっさに出した自分の左腕を切り裂いた。
その痛みをこらえて横なぎに払った剣はたしかに刺客の体をとらえた。生かして首謀者を聞き出そうと手加減したつもりだったが、向こうの方が一枚上手だったようだ。失敗したとわかると即座に口に含んだ毒をかみ砕く音が聞こえた。
腰を抜かしたのか歩けそうもないがとりあえずは無事な国王と、『陛下っ』と叫びながら寄ってくる足音を耳にしながら意識が失われていった。
目が覚めたとき左腕は上腕部から下がなかった。医師いわく毒によって機能しない上に、そのままにしておくと体にも毒が回るための処置だそうだ。
「グレッゾ団長っ」
副団長のヴァンが長身を折り曲げて泣いてた。視線だけで咎人を震い上がらせるような強面をしているくせにどうにも涙もろい部下である。
「もう団長ではない」
体を起こして笑いかけてやると余計に泣き出す始末だ。
国王陛下を危険にさらした責任を取るべきだということで第二軍団長の任はすでに罷免されていた。
地位に固執していたわけではないし、この腕では満足に責務を果たすことはできないだろうから当然だ。
幸い後任には目の前の泣き虫が決定しているので、その点は安心して任せることができる。
「グレッゾ殿。僕に貴殿を預からせてはくれないか?」
そう告げたのは第二王子のキリアン殿下である。
事件から一月ほどたったころに密かに面会にこられた。
目立って行動されることのない殿下とは公式の場でしかお会いしたことがない。特に印象に残ることのない、いい意味での手のかからない方だと思っていた。
それがいま、息子といってもおかしくない歳の差をまったく感じさせない鋭いまなざしで自分を見ている。
「これから伝える内容は確証はないし証明もできない。だが僕は事実だと思っている」
そんな前置きで殿下が話し出したことはどうしようもない内容だった。
事件を仕組んだのは軍のトップである将軍位をもつデレク王太子と第一軍団長。目的は王位の交代。失敗しても第二軍団長である自分の失墜。要するに身内の中での権力争いだ。
当然第一軍団による通常警備はわざと緩められて配置も刺客に筒抜けだ。襲われたあの瞬間、国王のそばにいたのが自分ただ一人だったのは仕組まれていたことなのだから。
確かに地位が上がるにつれて見たくないものを多く見てきた。
無抵抗な人々を武力で弾圧し、高額な税を徴収する地方駐在部隊。
出世を餌に賄賂を要求する将軍や第一軍団長。
それらに与しない自分が気に入らなかったのだろう。
失った左腕がまた痛みだした。あるはずのない指先が痺れるように痛む。
無意識にその手を握ろうとした右手はむなしく宙を掻くことしかできなかった。
「グレッゾ先生、よろしくお願いします」
キリアン殿下に依頼されて婚約者であるエイファ嬢に剣を教えることになった。
いくら殿下の指示とはいえ侯爵令嬢が剣を持つ必要はないはずだ。そのことを重々承知して真っ先に反対すべき侯爵はまったく止めることはなかった。
『エイファが嫌がらないのであれば』
そう言うだけでむしろ稽古を見にくるほどである。
「あの子には選択できる力を少しでも多く持たせてやりたいのでね」
侯爵令嬢であり第二王子の婚約者である己が娘の将来を、それほど不安視しているのだろうかと疑問にも思った。
真面目で素直なエイファ嬢は教え子としては大変やりやすく、ときに侯爵家を訪れる殿下と二人まとめて稽古を見ていると昔からこうしているように感じる。
エイファ嬢が稽古でケガをすることはあっても、それを自分のせいだと非難されることはなく、稽古を嫌がってしまうこともない。
気がつくと、左腕のあるはずのない痛みも、右手が空を切ることもいつからかなくなっていた。




