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 キリアンとエイファが婚約してから五年、15歳になったキリアンは学園へ入学した。

 夏季休暇でマクラウド領を訪れたキリアンは、領地にいたエイファに学友を紹介してきた。コルムとオーエンとニールの三人である。


「お初にお目にかかります、マクラウド侯爵令嬢」

「殿下から貴女様のことは聞き及んでおります」

「我々三人、貴女様へ最大級の感謝を捧げます」


 エイファに侍女として仕えてくれている火傷を負った女性ユリアは、コルムとその兄の幼馴染であり、兄とはお互いに憎からず思い合う仲だった。

 あんな事件があり、自分から身を隠してしまったユリアをコルムもその兄もずっと探していたそうだ。


 エイファの剣の師匠となった隻腕の元護衛騎士グレッゾは、オーエンの父が就任する前の第二軍団長であり、オーエン親子はたいそう世話になっていたらしい。グレッゾに会って誰よりも大きな体のくせに号泣するオーエンにエイファは感激して涙ぐみ、キリアンは少々呆れていた。


 ニールは父である現マクラウド領官に会って、元気そうな姿に安堵していた。母方の祖父である外交事務官は母子は守ってくれたが父のことまでは庇いきれなかった。僻地で冷遇され、いいように使い捨てられる前にマクラウド領に移れたことをとても感謝していた。


「キリアンはわたくしを使うのが上手ですわ」

「不満か?」

「こんな手をした婚約者でもご不満でなければ」


 差し出したエイファの手はキリアンの薦めで剣を習っているせいで、美しい手とはいいがたい状態になっている。いまは公式の場では手袋を外すこともできない。

 けれどキリアンがそれを瑕疵とするはずがないことをエイファは十分に知っていた。


「世界一美しく優しく愛おしい手だよ」


 指先ではなくいびつになった手のひらに優しく口づけを落とされ、エイファも蕩けるような笑みを浮かべていた。




******




 王子の婚約者となれば、どうしても専門の教育を受けなくてはならない。

 エイファももちろん定期的に行われる王宮での教育を粛々と受けていた。王家が係わる儀式の作法や細かな歴史と学ぶことは多岐に及ぶ。

 その日も指定された講義を終えて、邸に戻ろうとしたとき、前触れもなく扉が開いた。


「国王陛下っ」


 扉に背を向けていたエイファより先に講師の方が気がついて慌てた声を上げる。

 その声にエイファも顔を上げずに国王の方へ向き直った。ずかずかと部屋に入った国王はエイファへ声をかける。


「マクラウド令嬢はいくつになった?」


 直答できるはずがないので黙ったまま国王の侍従に目配せをしたが、それよりも先に苛立ったように国王が口を開く。


「直答を許すゆえ顔を上げて答えよ」

「……先日15になりましてございます」

「そうか、学園に入学する歳になったか」


 顔を上げると愛するキリアンの父であるはずの男が立っている。

 その目に宿るものはエイファが知っている父親の目のそれではない。

 思わずぞっとしたその感情を読みとられないように努めて冷静に応えた。


「勉学には励んでいるか?」

「はい陛下。マクラウド令嬢はとてもよく学んでおられます」


 その視線は講師に向けられていたのでエイファは口をつぐみ、ただこの場が早く終わることを祈っていた。



「お疲れのご様子ですが、大丈夫でしょうか?」


 先ほど王妃から王族としての教育を施されていたエイファは、終わったあとこっそり王妃付きの侍女にたずねた。

 常に化粧が濃く素肌の顔色など見えないが、目の充血や細かな息切れの多さなどには気がついていた。

 本人にたずねても、弱みを見せることを心底嫌がる王妃が素直に答えるわけがない。

 むしろ、相手に対して何を企んでいるのかと猜疑心を抱くであろう。そういう人なのだともう諦めていた。

 

「私たちには何もおっしゃりませんが…」

「そうですか、わかりました」


 侍女に当たり散らしていないのであれば、まだ本人もそれほどつらいわけではないのだろう。エイファが騒ぎ立てるわけにもいかないのでそれ以上の口出しはやめた。



「王妃様のお加減はいかがでしょうか?」


 侯爵家を訪れたキリアンに王妃の容体を聞いてみた。先日感じた違和感は当たっていたようでその後医師の診断を受けたそうだ。


「軽いめまいとか食欲不振みたいだが、今まで健康だった分ずいぶん気にしているようだ。医務局の人間から報告をこまめにもらうことにしている」


 実の母なのに直接は聞かないところが物悲しい。そう思ってしまったことを気づいたキリアンがエイファを抱き寄せる。


「それより父上に会ったって?」

「はい」


 そのときの言い知れぬ恐れを思い出したエイファは、キリアンの腕の中で思わずふるりと震えた。

 キリアンの腕の力が強くなり、安心させる優しい声がエイファの耳を打つ。


「大丈夫だ。エイファが怯えることは何一つない」


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