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「やはり持っていました」


 身元が分かるような物を身に着けていないか確認していたコルムが、サーシャの服の隠しポケットから小瓶を取り出す。


「毒、だろうな。俺がいつか持ち主に返そう」


 コルムから瓶を受け取るキリアンの顔は自信に満ち溢れていた。



「オーエン、エイファは?」

「あちらにてお待ちです」


 その言葉通り、川を渡り国境を越えて馬で半刻ほど行った先の街でキリアンとエイファは再会した。


「エイファ!!」

「キリアン!」


 駆け寄って抱き合う二人のあとから側近たちが追い付く。


「キリアン様、早すぎです……」

 思わず愚痴をこぼすニールにキリアンは当然という顔で応えた。


「一秒でも早くエイファに会いたかったからな。馬にも伝わったんだろう」

 キリアンが騎乗したのは一番足の速い馬であるのは間違いないが、その応えも嘘ではないのだろう。寄り添うエイファの頬に軽く手を添えると、晴れやかに笑っていた。




 隣国のリドゥア帝国は国力も充実した大国であり、地方都市もルフェヴ王国よりはるかににぎわっている。五人は人であふれる食堂で食事をとりながら自分たちが起こした騒動について振り返った。

街の食堂に溶け込めるよう、目立つキリアンはフードをかぶったままだし、エイファも豊かな黒髪が目立たぬようきつく編み込んでいる。何より五人ともこういったことには慣れていた。


 口火を切ったのはエイファである。


「あの嫌がらせは少々弱くありませんか?」

 エイファは自分を糾弾した三人に苦笑いを向ける。


「あの場だけでのでっち上げですけど、わたくしのしたこととしてみなさまの記憶に残るのですからもう少し……」

「申し訳ありません。我々には令嬢の嫌がらせというものがいまひとつ理解できず、つい子供のいたずらのようなことを言ってしまいました」


 コルムが応え、同感だと生真面目にうなだれる他の二人の姿にキリアンが助け舟を出した。


「そんなことより、エイファが予定外のことを言い出したから俺は焦ったぞ」

「あら、あれはわたくしの本心ですわ」

「本心ですか?」


 オーエンが不思議そうに問いかけると、エイファはあの場にいた面々を思い出し、憐れむように続けた。


「ええ、きっと今生の別れになる方々ばかりでしたから、少しでも早く目が覚めて正しい方へ進めることを祈って差し上げましたのよ」

「ふっ、そうだな。今まで何も考えずに好きに生きてきた貴族の子女ばかりだったからな」


 キリアンのその言葉に側近たちも力強く頷いた。




 宿の一室で二人きりになったあと、エイファがキリアンに問いかけた。


「それで彼女は?」

「置いてきた」

「そうですか」


 どこへどうと言わないキリアンにエイファも簡潔に応えを返した。そんなエイファをじっと見てキリアンがつぶやくように問いかける。


「俺が怖いか?」


 ごくわずかにある不安な想いを敏感に感じ取ったエイファは、それを打ち消そうとキリアンの手を握りしめた。人を殺めてきたであろうその手を強く。


「いいえ。キリアンの望みがわたくしの望みです。そのためなら何ひとつ怖くありません」


 きっぱりと言い切るエイファをキリアンはきつく抱きしめた。

 華奢な体に回した手が小刻みに震えていることはエイファにも本人にもわかりきっていた。


「俺は怖かった」

 小さな肩にすがるように顔を埋めるキリアンからかすれた小さな声がエイファの耳に届く。

「ええ」

「今も怖い」

 ぽつりと落とされる声を聞き逃さぬようにエイファはキリアンの背をそっとさする。

「はい」

「けれど決めたことだ。助けてくれるか?」

 顔を上げ、正面から見つめてくるキリアンの目をそらさずにエイファは応えた。


「もちろんです。何をなされようとわたくしはキリアンとともにあります」



 ニールが祖父を通じて帝国に用意してくれた邸に到着したキリアンは、婚約破棄を告げた時よりもずっと穏やかにしかし力強く宣言した。


「さあ、始めようか」




******




 最初の発火地点は旧マクラウド領だった。

 マクラウド侯爵家が爵位を返上したのちは王領となり管理官が派遣されていた。

 それまで侯爵家が治めていたころの領内は王国一税率が低い土地だった。

 大きな産業もなく、決して肥沃な土地柄でもなかったマクラウド領では高い税金など課してしまえばすぐに立ち行かなくなる。

 それを十分知っていた侯爵家同様に、領民も贅沢をせず暮らしていけることに満足していた。


 しかし管理官はそんな事情を理解するわけもなく、王家の威を借り好き放題にやりだした。

 一年目、以前の1.5倍の税金を課せられたがそれまでの蓄えでなんとか永らえた。

 しかしニ年目にさらに課税されることが発表されたとき、領民の不満は頂点に達した。


 豪奢に作り替えられたかつての侯爵邸に、武器を持った領民が押し寄せ、管理官は重傷を負って逃走した。

 鎮圧に向かった地方の駐在部隊が、あろうことかあっけなく敗走し、戻ってきた指揮官が泣き叫ぶように報告した。


「農民の暴動ではありません。武装もしっかりとした正規の軍人たちの集団でした!」


 その報告は軍が箝口令を敷く前に、旧マクラウド領から地方へ伝わり、不満の多い領地のあちこちで同じような事態が発生していった。

 宰相補佐官からの指示で第二軍団が各地へ派遣されることになり、暴動は沈静化するかと思われた。

 しかし鎮圧に向かったはずの第二軍団は刃を交えることなく、そのまま敵へ合流した。

 王家を中心とした中央の高位貴族たちはようやくこれが『反乱』であることに気がついた。

 もはや軍隊といっていい勢力の先頭に立っていたのは、二年前に行方不明になったキリアン第二王子であったのだから。


 第二軍団だけでなく、隣国リドゥア帝国の正規軍を連れたキリアンは堂々と宣戦布告した。


「王家などなくなっても困りはしないが、そこで生きる民がいなくては国など成り立つわけがない。そんな簡単なことを忘れて、私利私欲に走る貴族や王家を一掃する。誇りで腹が膨れるのなら、誇りとやらだけで生きていくがいい」


『婚約破棄』それは反乱計画実行開始の合言葉だった。


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