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【とある工作員】
『サーシャ・セルド男爵令嬢として学園に入学し、エイファ・マクラウド侯爵令嬢の動向を監視せよ』
それが最初にわたしに与えられた任務だった。
第二王子の婚約者である令嬢が、婚姻前に不審な行動をしないか見極めるためのものだろうと思っていた。
簡単な任務だと思っていたら予想外の事態が起きた。
第二王子がわたしにつきまといだしたのである。
「一目見たときから気になって忘れられないんだ」
「その栗色の髪も茶色の瞳もすごくかわいい」
「きみとずっといっしょにいたいな」
婚約者がいらっしゃる。恐れ多い。身分違いも甚だしい。
会うたびにそう告げても向こうはますます離れない。本来目立ってはいけないはずのわたしに周囲の注目が集まる。どうしたものかと思っていたら次の指令がきた。
『キリアン殿下がマクラウド令嬢との婚約解消を願い出るように仕向けろ』
その意図をはかる必要はわたしにはない。ただ下された任務をこなすだけだ。
すでに相手の気持ちはこちらに向いているのだからこの任務も楽なものだ。ささやかれる言葉に少しずつ喜びを感じ、こちらも好意を持っていくようなふりをすればいい。
そうふるまっているうちに王子の取り巻きたちもわたしに好意を持ち始めたようだ。四人の誰かがいつも私のそばにいる。もちろんわたしは王子だけを想っているふりをする。
監視対象だったマクラウド令嬢は特に何もしてこなかった。入学して一年、学園で知らない者はいないわたしたちの様子に対して文句を言うでも嫌がらせするでもなくただ黙殺していた。
『速やかなる死を。そして早急にマクラウド令嬢を見つけ出せ』
またしても予想外の騒動を起こされて、また任務が変わった。与えられた遅効性の毒薬を隠しポケットに忍ばせ、王子と二人馬車で国境付近へ向かう。
王子はずっとうつむいたままで何も言わない。どうしてこんなことになったと悶々としているのだろう。
馬車を降りたのち、宿屋かどこかで食事に毒を仕込み、先に休ませたら姿を消してしまおう。
令嬢の行方を探すとして、国を越えるには川が邪魔だ。女一人で無事にいるとは思えないが何らかの消息はつかまないと。
そんなふうに冷静に計画をたてているつもりだった。
しかしすべてが嘘だとわかったいま、その計画は何の意味もない。
だましているつもりがだまされていた。
殺すつもりが殺される。
ただそれだけのことだ。