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王宮の奥向きはかなり複雑な構造をしている。それは侵入者を惑わせ、王家の者を逃がす時間稼ぎとするためである。
しかしそこで育った者には何の意味もないことで、キリアンはすぐに父である国王と相対することができた。
ガクガクと震える父親を熱のない目で見る。国王を守ろうとする者はもはやどこにもいない。
「さて、国王、あなた次第だ」
「余次第とは」
「潔く自裁するか、民衆の前で処刑されるか、どちらがいい? ちょうどここにあなたが俺に使おうとした毒もあるが」
予想通り、サーシャが持っていた小瓶を見せつけると疑問ではなくさらなる怯えの表情を見せた。
「よ、余は」
「ああ、王太子は一足先に行ってるはずだ」
「なに?」
「そうだな? エイファ」
キリアンの後ろには戻ってきたエイファが立っている。ドレスとは程遠い服装で細身の剣を帯刀したその姿がキリアンには何よりも美しく見えた。
「はい、こっそり抜け道を使って逃亡されようとなさっていましたが、出口で待ちかまえておりました」
「エイファの読み通りだったわけだ。で?」
「民衆の前に置いてきました」
「さすが。よくわかってる」
ほめられたエイファの頬は喜びで赤く染まった。キリアンから全幅の信頼を寄せられることはエイファにとって一番嬉しい。
「お前はこうまでして王という至高の座に座りたかったのか?」
贅を尽くすことも権力を振るうことにも興味がなかった己の息子の変貌が信じられないが、結局その程度の理由しか思いつかないらしい。
自分と同じ価値観の中でしか人をはかれない父親にキリアンは呆れたように応えた。
「この国が嫌いだった俺が王になりたいわけあるか。最初に言った通り国王なんかいらないんだよ。今後は帝国の属国になるかもしれないし、一領土になるかもしれない」
「ルフェヴ王国を滅亡させるというのか!」
「言ってもわからないだろうが、手始めに議会とか設立していければいい。王家や貴族という血統で支配することをやめるために」
血統による支配が根幹をなしている身分制度しか知らないのだから、国王にはわからないだろう。なまじ『民主主義』など知っていたからキリアンはこんな手段に出た。望みを叶えるために。
「これからのことはあなたが気にすることじゃない。ただ事態の原因を作ったのはあなただ」
「どういう意味だ」
「俺からエイファを奪うつもりだっただろう。あなたがエイファを見る目がどんなに薄汚かったか、気づかれていないと思っていたか?」
「余がなぜお前の婚約者を奪うだなど」
「女帝の配偶者としてリドゥア帝国の共同統治者となるため」
「っ! やはり知っておったのか…」
公になっていないがエイファはリドゥア帝国皇家の直系なのである。
幼少期に亡くなった母親は末の皇女で、使節団として訪れたマクラウド侯爵に一目惚れしたらしい。
小国の侯爵では帝国皇女の降嫁先として許されるはずがなかったのだが、妙な行動力があった皇女は侯爵の元へ身一つで転がり込むという暴挙にでた。
当然皇帝は激怒したが、皇女が連れ戻されたら自害しかねないほどだったため、皇女は死んだものとして帝国と今後一切の係わりを持たないことを条件に黙認した。
皇女の暴挙から十五年、エイファが生まれた頃にはその存在はすっかり忘れ去られていた。
陰謀か、はたまた偶然かはわからないが、皇家は近年不幸続きで老年の皇帝の他は、まだ赤ん坊の男子一人だけになっていた。
そこへ直系の孫が現れたら、次代への繋ぎとしてでもエイファが帝位につくことを認めるかもしれない。そんな打算が国王の胸中で膨らんだのである。
実際にキリアンとエイファが皇帝と対面した際、皇帝はエイファに娘の面影を見ていた。しかし為政者として下した判断はエイファを皇家と認めず、むしろキリアンの存在を認めて帝国として支援することだった。
国王が王子妃教育中のエイファに会いに来たと聞いたとき、キリアンはすぐに気がついた。
時を同じくしてそれまで健康だった王妃が急に体調を崩しがちになったことで確信に変わった。
嫉妬深く容色も衰えた王妃よりも、若く美しく皇家の血を引くエイファを手に入れようとしていることに。キリアンが一番許せないことをしようとしていることに。
だからキリアンはエイファを帝国へ逃がした。婚約破棄からの国外追放などという騒動で、目論見を崩された国王が怒り狂うことはわかりきっていた。
「俺とエイファの婚姻が済んだあと口出ししようとするくらいならここまではしなかったよ。せいぜい強引な隠居くらいでおさめてやった。だが、あなたはエイファを自分のものにしようとしていた」
「キ、キリアン……」
たちこめるようなキリアンの怒気にあてられて、息子を呼ぶ声としてはあまりに弱く細い声しか出ていない。
「誰が渡すものか。エイファは俺のものだ」
「ええ、わたくしはキリアンだけのもので、キリアンはわたくしだけのものですわ」
――お互いがともにあること。それが二人の望みなのだから叶えられねばならない。




