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34/49

34 決別

 翌日のゲームは、後夜祭から始まった。


「後夜祭って、パーティなんですね」

「そうなんだね。俺は去年出ていないから、わからないけど」


 後夜祭に参加できるのは、賞を取った限られたクラス。慧によると、後夜祭自体は、来賓も呼んで行う格式高いものという噂らしい。

 選択肢になっている服がどれもドレスである辺りからも、それは察することができた。


 私は、ステータスの1番上がるドレスを選ぶ。決定ボタンを押すと、後夜祭が始まった。

 パーティで人に囲まれている海斗は、主人公に気づくと、すぐに近寄ってくる。


「あ、藤乃さんだ」

「よく出てきますね」


 時折出てきては嫌味を言っていた「私」も、またも登場する。


「だんだん、言い方が厳しくなっているよね」

「そうですね」


 慧の言う通り、「私」の口ぶりは、徐々に苛立ちを強めている。そんな風に憤っても、主人公と海斗の仲は、関係なく深まるばかりだというのに。


『本当にあなたたちは、いつもいつも……目障りなのよっ、どういうつもりなの?』


 語気を荒げる「私」に、同情の気持ちが湧いてくる。


 クラスで見ていても、人目を憚らずに親しくする姿は目に余る。ストーリー通りに進めば、それは止まることなく、ますますエスカレートするのだ。


 慧がいなくて、泉には「はっきり言え」と唆され、婚約破棄されたら父からの評価が怖い。だから、早苗に文句を言うしかない「私」は、かわいそうだ。

 ゲームの中で見るたびに、現在の自分と比較し、今の幸せをありがたく思う。


『君こそ、どういうつもりなんだ? いい加減、認めろよ。僕たちは、こういう仲なんだから……』


 海斗は言うなり、傍の早苗を抱き寄せる。

 そのままの勢いで、見せつけるように、唇を落とした。


「うわあ……」


 思わず声が出た。

 顔を顰めると、慧がくすっと笑う。


「そんなに嫌そうな顔を、しなくても」

「だって……人が見ている前で、します? あんなこと」

「主人公は喜んでるよ」


 海斗からの口付けに続く選択肢は、【自分からもする】【「好き」と言う】【何も言わず見つめる】の3択だ。

 いずれにせよ、主人公が好意的な反応を示すことになる。


 私は適当な選択肢を選び、ボタンをどんどん押して話を進めた。それはそれは、甘やかなやりとり。

 最後は見ていられなくて、慧にコントローラーを託した。


「終わったよ。まだ続くみたいだけど、……今日はそろそろ、時間かな」


 慧にコントローラーを返されたとき、画面にはもう、ふたりの姿はなかった。

 私は、受け取ったコントローラーを、机上に置く。


「ありがとうございます」

「こちらこそ」

「話が進むと、どんどん濃厚になりますね……」


 こちらの心臓が保たない。


「そういうゲームだからね」


 慧は楽しそうだが、ゲームの中で起きたことを、私は同じクラスで目にするのだ。

 海斗が云々というよりも、ただ間近で見たくなくて、ちょっと憂鬱な気分になる。


「……まあ、いいんです」


 そう敢えて口に出して、気持ちを切り替えた。

 こんなに集中してゲームを進めたのは、別に、彼らの愛し合う姿を見るためではない。ちゃんとした、目的があるのだ。


「まだ途中ですが……父に見せるとしたら、後夜祭ですね。父は卒業生なので、来賓として参加するのも問題ないでしょうから」

「そうなんだね。なら、まずは文化祭か」


 夏にもなったばかりなのに、夏休み明けなんて、ずいぶん先に感じる。


「まだ先ですね」

「すぐだよ、意外と」


 まだ先でも、意外とすぐでも、目指すところは同じ。


「とにかくそこで、お父様に、さっきの……さっきのを、見せることができたらと思います」

「ああ、ふたりのキスをね」

「は、はい……」


 キス、なんて、涼しい顔してさらりと言う慧が憎い。

 私は、慧の言葉のせいで、また脳裏に海斗の口づけが過ぎる。


 ただ、あれを見せれば、父も納得するのは間違いない。


 そのために、ゲーム通りのストーリー展開をし、海斗と早苗のあのイベントが、発生するようにしないといけない。


「ああいうのが苦手なんて……藤乃さんって、純粋だよね。本でキスシーンくらい、出てこなかった?」


 しかもほっぺだし、と慧は半ば呆れ顔だ。


「本と現実は、違います」


 読んでいる本にはそんなシーンがあったとしても、ゲームに出てくる彼らは、知人同士なのだ。


「まあね……困ったね、藤乃さんはこれから、あのシーンを現実で見ないといけないのに」

「それは……」


 うう。

 何とも言えなくて、私は俯いた。


 見ていられない。

 後夜祭など、生徒だけでなく、見知らぬ来賓まで、本当にいろいろな人が毎年参加しているのだ。

 その中で頬にキスするなんて、どうかしている。


「……恥ずかしく、ないんですかね」

「恥ずかしくないから、するんだろうね」


 想像するだけで、自分が恥ずかしくなる私。対して慧は、何も気にしていないような様子だ。


「藤乃さんも、耐性をつけた方がいいのかもしれないよ」

「……そうでしょうか」


 不安になって慧の顔を見ると、どこか悪戯めいた表情をしている。会話の内容にそぐわない、その表情に、なんだか既視感を覚えた。


「してあげようか? ここに」


 慧は、人差し指をこちらに伸ばし、頬を柔く突く。


「……っ!」


 ぼん、と頭が暴発した。


 思い出した。この顔は、あの時の顔。

 慧が私に「間接キス」のジョークを投げてきた、あの時と同じだ。


 案の定、私の反応を見て、慧は屈託なく笑う。


「藤乃さん、ほんと可愛いよね」

「なんですか、それ!」

「ごめん、ごめん。俺、性格悪いのかな。いつもは冷静な藤乃さんの、その照れた顔、見たくなっちゃう」


 笑いの余韻を残した、愉快そうな表情で慧が言う。

 その楽しそうな表情、自戒、謝罪、そして褒め言葉。そんな風に言われたら、私はもう何も言えない。


「……意地悪ですね」


 せめてもの抵抗にそう言うと、慧はまた、「ごめんね」と言って明るく笑った。

 そんなに嬉しそうにされると、不本意ながら、こちらまで嬉しくなってしまう。


 慧のそんな無邪気な笑顔、他では見られない。


「……あ、もう時間」


 閉館時間を告げるアラームが鳴り、どちらともなく呟く。


「最近、放課後の時間が、本当に短く感じます」

「俺もだよ。何してたんだかわからないくらい、あっという間だ」


 いつもの場所にゲームを片付け、部屋を出る。窓の外には、見慣れた色の空。ここに着いた頃には空は真っ青だったのに、太陽が沈むのは本当に早い。


「また明日、藤乃さん」

「はい、また明日」


 もっとゆっくり、沈めばいいのに。


 そんな夢物語みたいなことを思いながら、いつもの挨拶を交わして、図書室を出る。


 図書室で過ごす時間はもちろん、その余韻を感じながら歩くこの廊下も、私は好きだ。

 暗くなっていく空を眺め、自分の静かな足音を聞きながら、今日のやりとりを思い返して歩く。

 そうしていると、心が温かくなるのだ。


「あっ」

「あら」


 廊下の角から出てきたのは、早苗だった。ぶつかりそうになって、互いに立ち止まる。


 早苗は、海斗と共に生徒会の手伝いをしている。今、彼女はひとりだが、今日も手伝いをしていたのだろう。

 早苗は私の顔を見て、「ちょうど良かった」と愛らしい笑顔を浮かべる。


 この顔だ。

 海斗を骨抜きにした、ヒロインの笑顔。


 早苗の可愛らしさを目の当たりにするたび、私はそう考えて、少し胸がざわっとする。


「門まで、一緒に行かない?」

「構わないけど……」


 そう誘われ、並んで歩き始める。甘く蕩ける香りが、辺りを包む。


 変な気分だ。

 早苗とふたり、並んで校舎を歩く日が、来るとは思わなかった。


「今日は、生徒会室で、樹とふたりになったんだ」

「……そう」


 嬉しそうに報告してくるのは、私が彼女に、協力すると思っているからだ。海斗ルートを抜け、樹ルートに入りたい彼女の願い。

 私はそれを、やっぱり断ることに決めている。


「そのことなんだけど……」

「海斗でもいいんだけどね。イケメンだし、玉の輿だし。でもやっぱり、喋ってると、樹の方が良いなあ」


 性格がいいかはともあれ、早苗は別に、海斗のことを嫌いな訳ではないのだ。

 彼女の勝手な言い分からそれがわかって、私の罪悪感はさらに薄れる。


 私は再度、口を開いた。


「あの、ごめんなさい」

「えっ?」

「私、やっぱり協力できないわ」


 早苗は、きょとんとした顔で私を見つめる。丸い目が、うるうるしている。潤んだ瞳は、吸い込まれそうだ。


「……どうして?」

「どうしても」


 海斗との婚約事情を、彼女は知らない。ゲームでは、そのことは描かれないからだ。

 詳しく説明する必要もないので、私はそうぼかして答える。


「……なにそれ」


 早苗が発した声は、いつもより、何段階も低かった。


「意味わかんないんだけど。協力するって言ってたじゃない」

「あなたと海斗さんのことを、応援したいの」

「いや、だからあなたが、海斗ルートに入りたいんじゃないの?」


 不服そうな顔つきだ。

 早苗は、教室では見たこともない、きつい目つきで私を睨む。


 その鋭さに、私はちょっと怯んだ。

 怯んだけれど、言わないといけない。


「いいえ。私は海斗さんと親しくなりたくはないし、あなたに協力するつもりもないの」

「邪魔するってことね」


 はあ、とあからさまにため息をつかれる。


「あたしを敵に回すなんて、勇気あるよね。あたし、ヒロインなんだけど」

「……そうね」


 早苗は、ヒロイン。それは揺るがない事実。本来は、彼女の選択で、ストーリーは決まる。


「あなたがそう言うなら、わかったわ。もう頼まない。あたし、自分で何とかするから」


 早苗はそう言い捨て、歩く速度を上げた。私はそれを追うことはせず、その背を見送る。


 ああ、これで、本当に敵対関係になってしまったわ。


 私は、その背中を見ながら思う。

 早苗は、海斗と離れたい。私は、それを邪魔したい。私たちの願いは、正反対のところにある。


 これでいい。

 悪役になると、決めたんだから。


 早苗の背中が見えなくなってから、私はまた、廊下を歩き始めた。

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