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18 いざ、ゲームをプレイ

「藤乃さん、早いね。待った?」

「1年の教室の方が、昇降口には近いので。いつもと逆ですね」


 授業が終わり、部活動に向かう生徒、帰宅する生徒で賑わう昇降口。玄関のところに立っていると、慧が声をかけてくれる。

 私たちは今日、いつもの図書室ではなく、ここで待ち合わせをしていた。


「じゃあ、行こうか」

「はい」


 私たちは、並んで外に出る。

 噴水の脇を抜け、校外へ。


 賑やかな声の飛び交うこの広場を、いつもはひとりで静かに歩いているというのに。


「陽射しが夏らしくなってきたね」

「そうですね」

「そろそろ、上着が暑くなってきたよ」


 今日は2人。

 会話しながら歩くと、他の人たちが楽しそうに過ごしていても、あまり気にはならない。


 外へ出て、そのまま道を行く。

 私たちが向かうのは、最寄りのコンビニエンスストアである。


「本当に、受け取れるんですかね」

「そうだよ。便利な世の中だよね」


 目的は、ゲームの受け取りだ。

 先日注文したゲーム機は、慧によると今日の午前中のうちに、コンビニに届いている予定らしい。


 歩いていると、道には学園の生徒より、近くの大学の学生が増えて来る。


「桂一先輩は、外部の大学に出たんだよね」

「ええ。ご存知なんですね」

「たくさん話したからね……藤乃さんが眠っていた間に」


 世間話を交わしながら、人に紛れて道を歩く。


「藤乃さん、自転車が来るよ」

「え?」

「危ないから、避けて」


 よくわからなくて周りを見ようと首を動かすと、肩がぐい、と引かれる。慧の側に傾いだ私の横を、結構な速度で自転車が通り抜けていった。


「ごめん、乱暴に引っ張って」

「いえ、危なかったですね。すみません」


 慧と離れようとすると、あの、淡く爽やかな香りが漂う。

 外でこの香りが鼻に届くと、妙に胸が騒めくのは、いったいなんなのだろう。


 コンビニは、学園から歩いて10分ほどのところにあった。

 中に入ると軽快なメロディが鳴る。私は、慧の後に続いて、学生や大人の間を通り抜けた。


 落ち着かない。

 慧が機械に向かって何やら操作している間、私は辺りをきょろきょろと見回していた。


「藤乃さん、これ持って、お会計に行こう」

「はい。……えっと」

「こっちだよ」


 ぺらり、と1枚の薄い紙を渡される。それを持ち、また慧の後を歩く。


 結局私にはよくわからなくて、慧が代わりに、店員さんと話をしてくれた。私は言われるがままに必要なものを示し、その対価に、大きな箱を受け取った。


「思ったより、大きかったね」

「そうですね。重くないですか?」


 それほど重くはないが、大きな梱包。慧が両手で抱えられるくらいの箱の中に、今回注文したゲームと機会が入っているようだ。


「重くはないよ。重い本を抱えて、移動してることもあるからね。さあ、戻ろう」


 同じ道を戻る。

 もう下校のピークは過ぎたようで、人影はまばらだった。


 昇降口を抜け、図書室へ向かう。教室に人が残っていることもあったが、誰に見咎められることもなく、図書室へ辿り着いた。


「ごめん、ちょっと持ってもらってもいい?」

「はい」


 手渡された箱を受け取ると、ずっしりとした重みが手にかかった。こんなに思い箱を、ずっと持って歩いていたなんて。

 慧はポケットから鍵を取り出し、図書室の扉を開ける。


「鍵は慧先輩がお持ちなんですね」

「放課後はね。先に鍵を借りてきたんだ。……はい、預かるよ」

「ありがとうございます」


 また慧が箱を持ち、そのまま、カウンターの奥の例の部屋へ向かう。

 中央の丸テーブルに、箱をそのまま置く。段ボールに貼られたガムテープを、べりべりと剥がす。封を開けると、ネットで見たのと同じパッケージが出てくる。


「やっぱり、霞ヶ崎学園ですね。どう見ても」

「本当だね。それにこれ、生徒会長じゃない?」


 学園を背景に、居並ぶ美男子たち。そのひとりを指して、慧は言う。たしかにそれは、生徒なら誰でも見たことがある、生徒会長によく似ている。


「とりあえず、セッティングしよう。俺がやっていい?」

「はい。お任せします」


 慧はあれこれとコードを伸ばし、テレビに繋ぎ合わせていく。リモコンのボタンを押すと、その小さなテレビに、ぱっと明かりがついた。


「よし、これで出来るよ」


 画面にはパッケージと同じ、霞ヶ崎学園のイラストが表示されている。


「それにしても、見れば見るほど」

「霞ヶ崎学園ですね……」


 丸っこいポップなタイトルの後ろに広がる背景には、見覚えしかない。正門から入ったときに見える建物、そのものだ。


「はい、どうぞ、藤乃さん」


 慧は、持っていたコントローラーをこちらに差し出してくる。

 私は受け取り、画面を見た。押せと言われるボタンを順番に押すと、名前の入力画面が出てくる。


 主人公の名前は自分でも設定できるが、予め決められたものを使ってもいいという。予め設定された名前というのが、「早苗」であった。


「やっぱり、彼女は、主人公なんだわ……」


 あまりにもできすぎていて、疑うことはできない。主人公の名前を、そのまま、早苗に決定する。

 すると、画面が暗転する。


(今日は入学式。特待生として名門霞ヶ崎高校に入学した。これから、どんな生活が待ち受けているのだろうーー)


 そんなプロローグから始まり、主人公は学園内に入る。会場はどこだろう、と迷う彼女に、話しかける男性。


「あ、会長だわ」


 早苗とよく話している、隣のクラスの学級会長である。その爽やかで甘い顔立ちは、彼そのものであり。


「知り合い?」

「はい。すごい、声までそっくりです」


 顔だけでなく、声なんて、本人とそっくりそのまま、変わらないのだった。

 会場を教えてもらって向かう道中、先生や部長など、何人かの男子に会う。


「人気者ばかりだね」

「そうですね」


 学園内でも有数の、人気者の男性たちが、次々に現れる。

 ひと言ふた言、その性格が垣間見える会話をし、そして次の場面に展開する。


「懐かしいな」

「私、この会長の挨拶、聞き覚えがあります」


 そうこうしているうちに、漸く入学式が始まる。生徒会長の挨拶が終わり、会場から出ようとした主人公は、いきなり何かにぶつかられて転ぶ。


『痛た……見ない顔だね。君は……ああ、特待生か』


 それは、何よりも聞き覚えのある、耳に馴染んだ声。


「海斗さんだわ……」


 攻略対象として登場するのは知っていたものの、こうして画面の中で見ると、恐ろしさか、感慨か、腕にぞぞ、と鳥肌が立つ。


 画面の中の海斗は、不遜な雰囲気で言葉を投げ、いなくなった。


「……なんだか、高飛車な印象だね」

「海斗さんは、いつもあんな感じです」


 早苗に向ける態度がおかしいだけで、普段の海斗なら、あんなものだ。

 周囲にクールで、ともすれば冷たい対応をする彼の性格が、よく再現されている。というか、私たちが、それを体現しているというのか。


「ひとりしか選べないんですかね。てっきり、いろんなパターンがあるのかと」


 登場した男性たちが、選択肢として出てくる。どうもここからひとり選んで、物語をスタートするらしい。

 私の読んできた物語では、ヒロインが全ての攻略対象と親しくなる逆ハーレムエンドを目指したり、悪役令嬢がその位置にはまったりしていた。

 しかし、このゲームでは、そういう選択肢はないらしい。


「ああ、逆ハーレムはないってこと?」

「え、慧先輩、わかるんですか?」

「藤乃さんが読んでた本を借りて、予習したからね。なんとなくは」


 話が早い。


「とりあえず、海斗さんを選びますね」

「そうだね」


 私は迷わず、海斗を選択した。

 選んだ瞬間、『僕に愛を教えてくれたのは、君だよ』と、決め台詞のような甘い音声が流れる。


 それにしても、声が、本当に生き写しのようだ。奇妙で、ぞわぞわする。


 入学式を終え、教室に入った早苗。海斗を見て、(さっきぶつかった人だ……)と考えていると、海斗は鋭い目で睨みつけてくる。

 すると画面に選択肢が出てくる。


【話しかける】 【話しかけない】


「どっちを選んだらいいのかしら」

「藤乃さん、入学式の日にふたりが話していたか、覚えてる?」

「そっか……早苗さんがしている通りの選択肢を、選べばいいんですね」


 画面を眺めながら、私は考えた。


 海斗の背景に映る、桜の花が飾られた黒板の装飾は、見覚えがある。

 私は、また海斗と同じクラスだ、と考えながら、彼のことを眺めていた。見つめていても、目が合わないのはいつものこと。

 たしかそこへ、見慣れぬ女生徒が寄って行って……。


「話しかけていた、と思います」


 海斗に話しかけた女生徒こそ、特待生の、早苗であった。


「なら、話しかけてみたらいいのかな」

「そうします」


 話しかける、を選ぶと、物語はまた進み始める。


『さっきは、すみませんでした』

『ん? ああ……さっきの、特待生。何、急に話しかけてきて』

『いえ、ぶつかったことを、謝りたくて……』


 気怠げな海斗の声が、テレビから流れる。

 あのとき、ふたりはこんな会話をしていたのか。

 不思議な気持ちで、私はそれを眺めていた。


『別にいいよ。僕は転んでないし。……そういえば、さっき転んでたね。前はよく見たほうがいいよ』


 海斗の顔が、口角を片方だけ上げた、不敵なものに切り替わる。


『いつもは、見てます。ちょっと緊張してただけで』

『ふうん……まあ、どうでもいいけど。用がないなら、僕はもう帰るから。じゃあね』


 やや強引に、会話が切り上げられた。同時に画面には【好感度】という表示が出て、ピンク色のパラメータが少し上昇する。


「こうやって、好感度を上げていくんだね」

「これは、何を選んだらいいと思います?」


 画面には、(放課後だ。どう過ごそう?)という文字と、【運動】【勉強】【買い物】【校内散策】などという選択肢が出ている。


「現実の早苗さんは、どんな人なの?」

「うーん……完璧な人です。運動もできるし、勉強もできるし、身だしなみも整っているし……」


 改めて、画面を見直す。


「【勉強】から、取ってみますね」


 すると、「勉強した。学力アップ」という簡潔なメッセージとともに、「学力」のパラメータが上がった。他にも、「体力」「魅力」というパラメータがあるらしい。


 なにしろ彼女は、学年2位の学力を誇っているのだ。その後は【勉強】を中心に、他の選択肢も選んでみた。

 時には「イベント発生!」というメッセージとともに、海斗や他の生徒が現れる。ちょっとしたやりとりとともに、好感度とパラメータが、追加で上がった。


「俺たちの学園では、そろそろテストの時期だけど」

「そうですね……あ、テストですって。ミニゲーム?」


 画面には、(初めてのテスト……今までの勉強の成果を、発揮しなくちゃ!)と表示されたあと、ミニゲームの説明が始まる。


「ええ……難しい」


 飛んできたものに合わせ、タイミング良くボタンを押すというゲーム。練習できたのでしてみたけれど、散々な結果だった。


「早苗さんを、学年2位にしないといけないのに」

「俺、やってみようか?」

「……お願いします」


 慧にコントローラーを渡すと、彼は同じ練習画面で、私の倍の得点を叩き出した。


「こういうの、やったことあるんですか?」

「いや……藤乃さんのを見てたからね」


 一度見ただけでほぼ完璧にできるなんて、その器用さが羨ましい。


「ちょっと……動きにくいな」


 慧は一度、コントローラーを机に置く。

 上着を脱いで畳んで置き、ネクタイの結び目に指をかけた。ネクタイを緩めた、ラフな格好になる。


「これでいいや」

「慧先輩、その格好……」

「あ……家ではいつもこうしてるから、楽でさ。ごめん、みっともなくて」


 はにかむ慧の、その首筋から、緩く開いたワイシャツの襟元まで視線が勝手に滑る。

 制服をこんな風に着ている人など、学園にはいない。


「……すみません、咎めてるわけじゃなくて。いいと思います、楽な格好で」

「うん。ここなら誰も来ないから。……よし、やってみるよ」


 ミニゲームの開始が告げられる。

 慧は真剣な眼差しで、リズム良くボタンを押してゆく。


「……どうだったかな」

「完璧でした」


 素晴らしい反射神経で、ほとんど満点を得たのではなかろうか。

 コントローラーを慧から受け取り、私は、物語を次に進める。


「すごい! 2位ですよ!」

「彼女は、2位だったの?」

「そうです。現実と同じですね、怖いくらい……」


 張り出される順位を確認すると、早苗は見事、2位に輝いた。


 私は、最初のテストを思い出した。張り出される順位を眺める生徒たち。早苗に、海斗が話しかけてくる。


「ああ、このやりとり、見たかもしれません……」


 ライバル心を剥き出しにして、早苗を無視できない海斗が、やたらと話しかける。そんなやりとりは、ここから始まったのだ。


「藤乃さん、名前載ってるじゃない」

「え? ……本当ですね」


 画面に表示された順位表には、私の名前も、さりげなく映り込んでいる。そんなところまで、現実通りだ。

 現実通りというか、現実が、ゲームというか。今までの出来事を追うような展開に、何がなんだか、混乱してしまう。


 私は、私の知っている早苗と海斗の進展と同じになるよう、選択肢を選んで進めた。


 早苗と海斗は、放課後にばったり会ったり、休日にばったり会ったりしながら、お昼を一緒に食べてみたり、プレゼントを贈りあったりと、着々と距離を縮めていく。やがて強引に生徒会の手伝いをさせられ、長い時間を共に過ごすようになる。


「婚約破棄されたのは、この頃なんですけど」

「出てこないね、そんな描写」


 私と海斗の件については、少しも触れられぬまま、カレンダーはどんどん進んでいった。


「これって、藤乃さんだよね?」

「……そうですね」


 ある朝の場面。早苗は、(あの人、なんだかこっちを見てくる……)と言い出す。


「画面の中にも、藤乃さんがいるよ」

「変な気分です。気持ち悪い」


 自分と同じ顔のキャラクターが、そこで動いている。


『どうした、早苗?』

『なんだか、あの人が……』

『小松原さんか。……僕、ちょっと言ってくるよ』


 海斗はそう言い、画面に、また私が映り込む。向き合う私と海斗。海斗の後ろに、守られるように、早苗。


『早苗を睨むなよ。妬いてるのはわかるが、君の出る幕じゃない』


 これも、聞いたことのある台詞だ。


「早苗さんは、本当に、私が婚約してたってことは知らないのかもしれません」

「全然、説明されないね。ほら、こんなこと書いてある」


 海斗に庇われ、早苗は(この人、千堂くんのことを好きなのかな?)と、呑気に考えている。

 早苗がこのゲームをプレイしていたとしても、これでは、私と海斗の婚約のことは知る由もないだろう。


「てっきり私、もっと悪役らしく描かれるのかなって、思ってたんですけど……」


 主人公を虐め抜き、最後に華々しく婚約破棄からの没落を決められる。それが、私が今まで読んできた物語の悪役令嬢だった。

 そこまでは行かないにしても、もう少し、悪者として描かれると思っていた。


「……物語に彩りを添える、ライバルって感じなのかな」

「彩り。そうですね」


 海斗が早苗を守る場面を作るための、彩り程度。慧の指摘通りだ。


 物語が進むと、海斗と早苗の勉強会になる。

 友人と複数で行う予定だった勉強会は、ひょんなことから、ふたりきりになる。


『千堂くんのお父さんとお母さんって、どっちもすごいんだね』

『だから……俺は、どこに行っても千堂さんの息子、なんだ。いくら努力しても、親の名には敵わない。俺を俺として見てくれるのは、君だけだよ、早苗』


 海斗は、どこか寂しげな表情で、そう語る。


「そうなんだ……」


 彼には、そんな悩みがあったのか。

 素晴らしい両親を持って、千堂家という名家の跡取りで、能力も人望も抜群の彼に、そんな悩みがあるとは思わなかった。


『千堂くん……』

『その、千堂くんって呼ぶの、やめてよ。俺、名前で呼んでほしい』


 そうして、早苗は海斗のことを、『海斗』と呼ぶようになる。


「勉強会をしたあと、早苗さんは、海斗さんのことを『海斗』って呼ぶようになったんです」

「へえ。なら本当に、この通りに進んでいるんだ」

「そうみたいです。……やっぱり早苗さんは、ゲームのことを知っているんだと思います」


 それはもう、確信以上の、事実としか思えない。

 物語のような現実というか、現実のような物語というか、何にせよその中に、私たちはたしかにいるのだった。


 ピピ、と電子音が鳴る。


「あ……ここまでだね」

「今のは?」

「閉館に合わせて、アラームをかけておいたんだよ。この部屋は時計もないから、夢中になると時間を忘れそうだろう?」


 慧の言う通り、今何時かなんて、気にしないでいた。


「まだ途中なのに……」

「俺も続きは気になるけど、時間は守らないと。それこそ、大騒ぎになるよ」


 それもそうだ。仕方がない。

 ゲーム機を箱に片づけ、念のため、雑多な棚の奥に隠す。


「まあ、誰もこんなとこ見ないとは思うけど」


 慧は言いながら片づけを終え、服装を整えた。


「どうだった、藤乃さん。ゲームをしてみて」

「先が気になります。これだけ現実と重なっていると、物語の展開は、私のこれからと関係があると思うので」

「だよね」


 頷く慧。


「また明日、続きを見よう」

「はい、また明日」


 挨拶は、いつもと同じ。


 この世界はゲームと同じという、衝撃的な事実を、こんなに穏やかに受け止めているのは、きっと慧のおかげだ。

 ひとりでは、受け止めきれなかったに違いない。


「それに……」


 夜に向かって薄暗くなる空を、窓越しに眺めながら、私は今日見たゲームのストーリーを思い返す。


 もうひとつ、私にとって衝撃的だったのは、海斗の本心だ。


 いつまでも両親の子供として見られ、どんなに努力しても、親を超えられない。自分を、自分として見てもらえない。

 そんな悩みを彼が抱えていたなんて、想像したこともなかった。私はそれを、海斗から引き出せなかったのだ。


 私が、早苗には敵わないと劣等感を感じていたように、彼も親には敵わないと、劣等感を感じていた。

 私がそれを共有したのは慧であり、海斗は、早苗と共有した。

 ……ゲームの通りであれば。


 だから海斗は、私が慧に心を許したように、あれほど早苗に心を許している。


 海斗の態度に納得すると共に、私は改めて、早苗には敵わないと思う。

 だって、敵うわけがない。

 私にはこれからも、海斗の本心を聞き出すことなんてできないだろう。私と早苗では、そもそもの立場からして、違うのだ。


「きっと、このまま破棄したほうが、彼のためにはいいんだけど……」


 兄から与えられた、ふたつの選択肢。

 海斗のことを思えば、婚約破棄に進んだほうがいいのは、間違いない。本心を明かせ、熱情に近い思いを寄せる相手と一緒になれるのなら、それは、彼にとっての幸せなはずだ。


 ならそれは、私にとっては?


 人のことならわかるのに、自分のことはわからなくて。

 私は、廊下に響く自分の足音に耳を傾けながら、思いを巡らせ、歩き続けていた。

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