表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/17

邪険な三郎


 逃亡を企てたやっこ烙印らくいんを押されてからというもの、安寿と厨子王のきょうだいは恐怖に震えながら日々を過ごしていたが、まさか自分たちが同じ危険にさらされようなどとは思いもしなかった。

 ある夜、きょうだいは遠く離れた父母のことを思って、互いに話をしていた。

「姉さん、私は今朝方、こんな夢を見たのです。いつの間にか、私は姉さんと一緒にここを抜け出して、佐渡へ売られた母上のもとへ参っていました。そこにはやっぱり姥竹うばたけもいて、私たちはもう一度、父上を尋ねる旅へ出かけたのです」

「そう。それじゃ、私が見たのは、お前の夢のつづきということになるわ。私たちは、都へ入って父上をお迎えしたの。帝のお許しをもらって筑紫から上ってきた父上は、元通り陸奥むつの領地を返してもらったのだけど、特に願い出て、丹後国たんごのくにもたまわったのよ。それで父上はね、厨子王、お前に丹後を任せると言ったの。それでお前は、さっそく丹後国へ下ってくると、奴婢ぬひをみんな放してやって、それから、山椒大夫一家の人たちを……」

「しっ!」

 厨子王が姉のことばを遮った。

「姉さん……、嫌な気配がする」

「え……」

 バタン……と戸が開き、姿を現したのは三郎だった。

「お前たち、なんの話をしていたのだ」

 三郎は不自然に口元を震わせながら、小屋の中へと入り込み、どしりと腰を下ろした。

 震えながらも、安寿が応える。

「……たわいもない話でございます」

「ほう。俺はそのたわいもない話というのが好きなのだ。どれ、今一度、最初から話して聞かせてはくれまいか」

「夢の話でございます」

 厨子王が口を開いた。

「大夫さまが、私たち奴や婢女のために、これはというような豪勢な宴を開いてくださったのです。大夫さまとご一家の方々よりの身に余るご厚意に、私たちはもうなんともうしてよいやらわかりませんでした」

「そうです!」

 安寿がそれに話をつづけた。

「私たちひとりひとりの前へお料理が盛られて、私たちは感謝の念でいっぱいで、生涯かけてもお返しできないご恩をたまわったのだからと、大夫さまのご一族へ、末代までの忠誠をお誓い申したのでございます」

 三郎はこれを黙って聞いていたが、聞き終えるやいなや、きょうだいの腕をがっしり引きつかみ、乱暴に表へと引きずり出した。

「だれかある、焼きごてを持て!」

 三郎は声を張り上げて、きょうだいふたりを冷たい地面へ叩きつけた。

「黙って聞いておれば、小癪こしゃくな策を弄しおって」

 ひとりの奴が篝火かがりびの向こうから駆けてくるのが見えた。手には熱した焼きごてを持っている。奴は焼きごてを篝火の熱で熱してから、三郎の手へと渡した。安寿と厨子王のきょうだいは、恐怖に震えて逃げ出すことも叶わなかった。

「常ならば、この俺さまがみずからお前たちのひたいへこれを当てるが、今宵はお前たちが策を弄してくれたからには、こちとらもそれにむくいねばならん」

 三郎はそう言って、厨子王の手へ焼きごてを差し出した。

「忘れ草よ、お前は、お前の姉が俺の前で嘘を言ったのをよおく知っているだろう。知っておるからには、お前の姉が罰を受けなければならんことも、よくわかっておるはずだ」

 厨子王は、はっとして三郎の顔を見返した。

「ふん、さかしい奴め。俺の言うことが理解できたようだな。ならば、さっさとその焼きごてを、おのが姉の額へ押し当てるのだ!」

 厨子王は、熱せられた焼きごてを手にして逡巡しゅんじゅんした。

 三郎は、怒りと嗜虐心しぎゃくしんとの混ざったような残忍な顔をして、きょうだいそれぞれの顔つきを見比べていた。

「厨子王」

 安寿が小さくつぶやいた。深い黒色の瞳には、覚悟の色がはっきりと見えた。

 厨子王は、手にした焼きごての先端を姉の額へと近づけていったが、にわかにその腕を引き戻して、みずからの鎖骨のあたりへとそれを押しつけた。

「アアッ!」

 厨子王はすぐさま焼きごてを放り、熱さにもだえ苦しんだ。

 三郎は一瞬、呆気にとられて固まったが、すぐに肩を震わせて邪険な笑い声を響かせた。

「なにをしている!」

 厨子王の叫び声を聞きつけた二郎が、この場へ駆けつけて三郎の頬を打った。

「焼きごてをおこなうのは父上のお許しあってのことだろう、詮議せんぎもなしに、勝手なことをするな!」

 その後、二郎は厨子王の火傷やけどへ手当てを施してやった。彼はきょうだいに事の経緯いきさつを尋ねたが、安寿も厨子王も恐ろしがって話そうとしないので、無理には聞かず小屋へ帰した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



i415155


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ