波の上
宮崎の舟に乗せられた安寿と厨子王のきょうだいは、声も涙もかれるほど泣き叫んでから、どちらともなく沈黙してしまった。
すると宮崎は、この時を待っていたかのように、きょうだいふたりへ声をかけた。
「お前たちはどこから来た。ことばを聞くかぎり、直井の浦の者ではあるまい」
しかし、きょうだいは絶望のうちに放心していたため、宮崎の声が耳に入らない。
「嵐の後にも静けさ、か」
しばらく漕いで、宮崎はもう一度声をかけた。
「お前たち、名をなんという」
こんどはきょうだいの耳へ届いたが、彼らは互いの顔を見合わせて、この問いに答えるべきかを迷っているようだった。
賢しい子供だと宮崎は思った。「これは常通りにはいかないかもしれん」と、そう口の中で呟いた。
「お母さまは、どこへ」
恐る恐る、姉のほうが口を開いて、舟を漕ぐ宮崎へ問いかけた。
宮崎はにたりと笑い、
「佐渡が舟は佐渡島へ帰る。この宮崎の行く宮崎の浦とは、反対の方向だ」
そして、今とばかりにことばを継いだ。
「なにか呼び名がなくては困る。俺が烏帽子親になってやろう」
すると、きょうだいは慌てて「安寿」「厨子王」と名乗ったが、
「安寿と厨子王、それでは貴人の名ではないか」
宮崎はそう言って渋い顔をした。
そこで厨子王は、自分らの身の上を話して明かした。
「いかにも、そうでございます。私らは、岩城の判官、平正氏の子であって、筑紫へ流された父を尋ねて、伊達郡、信夫の地より、母と一緒に旅へ出たのでございますから」
宮崎は、「ははあ、どうりで」と唸ったが、
「お前たちは、もはや貴人の子でないことを知らなくてはならん。お前たちはどこぞの領主の荘へ行って仕えることになるのだからな」
そして、宮崎は顎に手を当ててから、にたりと笑ってこうつづけた。
「よし。姉は故郷の名をとって、しのぶと名乗れ。忍ぶ草には忘れ草、したがって、弟の名は忘れ草だ」
「私は厨子王です。これは、父上にいただいた名です」
厨子王は抵抗したが、
「その名は忘れろ」
そして、宮崎は声を低くして、きょうだいの耳へ囁くように言った。
「奴婢の身になってその名を名乗るのは、父親の名を汚すことだと思わないか」
***
きょうだいを乗せた舟は、越中、宮崎の港へ着いた。宮崎は早く品物を売って銭に換えたいと思ったが、なかなか良い買い手が見つからなかった。そこで宮崎はまた舟を出し、見知りの領主のある能登・越前を回ったが、ことごとく当てが外れてしまった。
きょうだいは、宮崎がしだいに苛立ってくるのを感じ取り、びくびくと怯えるようになった。それがよけいに宮崎の気に入らず、とうとう彼は、幼いきょうだいを打つようになった。
「しゃきっとせい! お前らが使えないと見て、買い手がつかんのだ」
結局、宮崎は丹後国、由良という港できょうだいを売った。買い手はこの地の分限者、山椒大夫の荘の者だった。