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宿命の血


 山椒大夫の荘園。その母屋おもやの前で、大夫とその子、三郎の処刑が行われようとしていた。

 大夫は手足に縄を打たれ、口にはわらを詰められて、声さえも発することができなかった。この哀れな父の姿を、正道は三郎に見せつけた。

「三郎、お前の父は、俺と姉と……幾人いくにんものやっこ婢女はしためを酷使し、時に残虐な仕打ちを与えた。お前はそれを知っているな。知っているからには、お前の父が相応の罰を受けなければならないことをよくわかっているはずだ」

 正道はそう言うと、握った太刀の柄を三郎へ向けた。

「まさか……」

「俺の言うことが理解できたようだな」

 三郎の顔が、みるみるうちにあおざめていく。


 このようすを、山椒大夫のいえに仕えるすべての奴婢ぬひが静観していた。その中には、伊勢の小萩の姿もあった。

 正道は、彼らを奴婢の身分から解放すると宣言していた。大夫の荘園は二郎が継ぎ、人を雇うときには奴婢としてではなく、給料を支払い、相応の扱いをすることと定めた。むろん、人の売り買いは厳禁。

 大夫のいえにはいろいろな者があった。遠い祖国を想い、苦しい思いをしながら日々を耐え忍んでいた者もあれば、この生活に甘んじてむしろ日々の仕事に精進していた者もあった。しかし、正道の出した条件は、この内のだれにとっても、決して悪いものではなかった。奴婢は皆納得の上、山椒大夫の最期を眺めていたのである。


 三郎は、太刀のさやを払うと、刀身を高くかかげた。陽光が降り注ぎ、物打ものうちを白銀に光らせる。……そのまま、まるで時が止まったかのような静寂がつづいた。春告鳥うぐいすの遠音に、かすかに切先きっさきが揺れた。


 —— ピュイッ。


 爽やかな口笛に、正道をふくめ、場にいる皆がふりかえった。

「二郎どの」

 二郎は口元にかすかな笑みを浮かべると、さやかな声音で歌い始めた。


 —— 舞え舞え()()()の子

   舞わぬものならば

   むまの子や牛の子に

   蹴させてん

   踏みらせてん

   まことにうつくしく舞うたらば

   はなそのまで遊ばせん



 おもむろに歩み出すと、二郎は三郎のそばへ寄り、その太刀を奪って父の首を斬った。

 鮮やかな光景に皆が沈黙する。

 二郎は身をひるがえし、わずかに後ずさった弟へ向かい、右足から二歩踏み出した。刀身は二郎の背をまわり、三郎の右脇から左肩へとその身を滑るように切り上げて、鮮血を噴き上げつつ、切先きっさきを天へ向けた。

「忘れ草」

 二郎は正道を見据えて声を上げた。

「あいにく私は、おのれの正体を知っている。私にも流れているのだ、この場に散った山椒大夫の、この宿命の血が! ……宿命だ、善い悪いではない。私は山椒大夫の子として生まれた、それだけのことだ」

 天を向いた切先が、ゆっくりとその高さを下げる。かがやくやいばが、持ち手の頸部けいぶへと触れた。

「忘れ草、私はこの血をててまで生きるつもりはない。山椒大夫が次男坊、その最期を見届けよ!」

 二郎は右腕に力を込めた。

 彼はみずからの血に染まって死んだ。




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