都へ
厨子王が目を覚ますと、そばに和尚が座していた。
「先刻のことじゃった」
和尚は言った。
「大夫の荘の追っ手は、帰っていったよ」
厨子王はほっと胸をなでおろした。
「ありがとうございます、和尚さま」
「拙僧にとっても有難いことじゃ。そなたの胸へ宿る毘沙門さまが、お救いくださったのであろうのう」
翌朝、和尚は例の皮籠を背負い、京都へ向かって寺を出た。関所で籠の中身を聞かれるたび、「剥げたお地蔵さんじゃ。都で色づけしていただくのじゃ」と言って柔和な笑みを見せた。すると、役人はみなにこやかになって、通行を許すのだった。
都へ近づくにつれ、活気のある町を多く通るようになったが、和尚は人気のない道へ入るたびに背中の籠へと声をかけた。
「厨子王、生きておるかのう」
「大丈夫です、和尚さま」
ところどころの寺へ厄介になりながら、和尚はついに都へ入り、七条と朱雀の大路の交わるところの歓喜寺という寺へ入った。
和尚は厨子王を籠から出して言った。
「さて、厨子王。ここでお別れじゃ」
「和尚さま、お帰りになるのですか」
「ここの住職とは付き合いがある。そなたの身の上は打ち明けてあるから、きっとよくしてくださるであろう」
厨子王が哀しげな顔をして黙っているので、和尚は彼を胸に抱き、その背をさすった。
「そなたの胸にはなにがある」
「お地蔵さまが」
「それだけではないがのう」
大きく柔らかい親指の腹が、厨子王の頬の涙を拭った。
「泣くな、厨子王。大事なものは、みんなその胸の中にあるのだから」
「……ずっと、一緒に……」
「そうじゃ。ほれ、泣くなというに。泣くなって」
和尚は笑って厨子王を励ましたが、泣くなと言われても涙は出るもの、厨子王は心ゆくまで泣いて、恩人との別れを惜しんだ。
翌朝、厨子王が目を覚ますより先に、歓喜寺の住職に見送られて和尚は都を発った。
***
和尚と別れ、厨子王はすぐにでも帝へ名乗り出て父の消息を知りたいと思ったが、今の彼の身の上では、宮中へ近づくことなどできるものではなかった。歓喜寺の和尚は、「まずは貴人の家へ奉公へ出してみたら良いだろう、それでどうなるものでもないが、先を焦っても仕方がない」と考えていた。
そんな折も折、ひとりの貴人が歓喜寺を訪れた。貴人は寺の門前を掃いているけなげな子供を見定めて、声をかけた。
「お前は仏門の者ではないな。ここでなにをしている」
「私は身寄りのない者で、ここでご厄介になっております、忘れ草と申す者でございます」
「どこぞの良家の子息であるか」
「え……」
和尚が出て、貴人を寺内へ招き入れた。本堂の外陣へ座すると、貴人は和尚へ言った。
「私は梅津の大臣である。わが養女が病を得て治らぬので、東山の清水寺へ詣って平癒を祈願したところ、夢のお告げがあり、みずからこの寺へ参ったのだ」
「夢のお告げとおっしゃいますと」
歓喜寺の和尚は、貴人の唐突な訪問とその言うことばに腰を抜かしつつ、梅津の大臣へ顕されたお告げの内容を訊ねた。
「七条朱雀の交わるところ、歓喜寺にある者の地蔵菩薩の金像を拝むべし。そは元
貴人の子であるによって、丁重に遇し、おのが望み叶いし後、その願いを届け、返礼とすべし」
これを聞いて、厨子王は懐から毘沙門の宿る地蔵菩薩の金像を取り出した。梅津の大臣はありがたがり、これを額へ当てて拝んだ。
「養女はじきに良くなるであろう。そなた、名を申すがよい」
「岩城の判官、平正氏が子、厨子王丸と申します」
これを聞き、梅津の大臣は驚いて言った。
「岩城どのといえば、国守の罪に連座して筑紫へ左遷せられた……」
「さようでございます」
厨子王は、思わず身を乗り出した。
「私の望みは、父の消息を知ることです。できるなら、父に会いたい!」
和尚は慌てて、興奮する厨子王を押しとどめようとしたが、
「そなたの望みはわかった。必ずや、私が叶えよう」