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二郎と三郎


 枯葦かれあしの乱れる泉のほとりで安寿の溺死体が発見されたのは、多襄たじょうの死体が発見された翌日のことだった。

 大夫はふたりの息子、二郎と三郎を呼んで言った。

「思うに、()()()の逃しおった弟は、中山の国分寺こくぶんじに身を寄せているのではあるまいか。とすればじゃ、和尚を詰めて身柄を引き渡すよう迫れば、あるいは手に戻すことができるやもしれん」

 これを聞いて、二郎は父に意見した。

「そうかもしれません。身寄りのない者が遠くへ逃げても、行く当てがありませんので。しかし父上、考えてみれば、こうなってなお忘れ草を奉公させるというのは、私にはどうも賢いやり方とは思えません。なぜなら、あの者の姉は、私たちのもとから弟を逃さんがために命を絶ったのです。これを聞けば、あの者は私たち一家を恨みに思うでしょう。それをまた強引に召しかかえるというのは、私たちみずから、このいえわざわいの種をくことにもなるかと」

 大夫は二郎の言うことに黙って耳を傾けていたが、

「父上」

 ここで、三郎が口を挟んだ。

「兄上の言うことはもっともです。父上はこれまで、逃亡を企てたやっこ婢女はしためも寛大な心をもって受けれてこられたが、忘れ草ばかりはいけません。あやつは姉の死を恨みに思い、いつか父上の寝首をかんと寝所へ忍び込むやもしれん。ですから私も、ふたたび召しかかえることには反対だ。しかしながら……」

 彼はちらと兄のほうを見やり、こうつづけた。

「このまま逃したとあらば、他の奴婢ぬひへの示しがつきません。まじめにはたらく奴婢のためにも、そしてまた父上の面目のためにも、あの者を連れ戻し、極刑きょっけいに処するべきかと」

「なにを言う、三郎!」

 二郎は激昂げきこうしてつばを飛ばしたが、大夫の声がこれを制した。

「二郎。お前の弟は正しいことを言った。この件は三郎に任せる、良いな」

 言い終えるやいなや、大夫はすぐに立ち上がり、奥へと消えてしまった。




 ***



 昼過ぎになっていた。

 母屋おもやを出てすぐのところに、しなやかに曲がった紅梅こうばいの木がある。花の咲いた枝をぷつりと手折たおって、その香をにおうと、三郎はおもむろに歌い始めた。


 —— 舞え舞え()()()の子

   舞わぬものならば

   むまの子や牛の子に

   蹴させてん

   踏みらせてん

   まことにうつくしく舞うたらば

   はなそのまで遊ばせん



 気がつくと、背後に兄が立っていた。

「お前はいつからそんなに残酷な男になったのだ」

「知らなかったか」

 三郎は歌うように応える。

「太郎の兄上がこのいえを去ったときから」

「そうだ。わかってるじゃねえか」

 二郎は下唇を噛んだ。

「感謝してるんだぜ」

 三郎はにやりと笑った。

「兄上が俺を止めなければ、俺は太郎の兄上とともに路頭に迷うことになっていた。おのれが何者かもわからず、振る舞いかたも知らないままに、生まれ持った宿命さだめに抗って我と我が身を締めつけて……、とっくにあの世へっていたさ」

「三郎……」

 彼は悠々とした足取りで歩み寄ると、右に梅がをつかんだまま、兄の両肩へ手を置いた。

「兄上が教えてくれたんだ。俺たち兄弟には、山椒大夫の血が流れているってこと。俺にも……、兄上にも」

 勝ち誇ったように笑いながら、三郎はその場を後にした。

 土に落とされた梅が枝が、花をぷつりと切り離した。




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