落ちこぼれ魔法士は英雄になる
「できもしないのに……」
そう呟くのは底辺魔法士志望ニコル・サイエントだ。この男は今日何十回目になるか分からないため息をついた。
今日も昨日も一昨日もそのまた前ももう何年も同じ挑戦を続けてきた。
無謀な挑戦だ。ロクな挑戦ではない。
自分はもしかして負けるために生まれてきたのではないかという錯覚すら起こる。
それくらい彼の試みはうまく行っていなかった。
「はぁー……」
このごろはもうなんにもやる気が起きない。
生活のために朝から晩まで訳の分からない工場で働き、わずかな余暇に自分を磨く鍛錬をする。
しかしそんな生活は男のあまりにも遅い歩みのせいでもうとうにやる気をなくしていた。
払った代償に対して得られる恩恵が少なすぎるのである。
魔法士になりたかった。かつて憧れた歴戦の大魔法士に。
大口を叩いて家を飛び出したのがもう7年前になる。
18歳になった。もう手遅れだ。
「はぁー……」
なにかいいことねぇかなぁ……とやさぐれきった男はそんな他力本願なことを考える。
しかし男は本当のところを理解していた。
結局この身にどれだけ天文学的な幸運が舞い降りても魔法士になることでしか自分の心は満たされないということに。
この世界には魔法は五種類ある。風魔法、土魔法、水魔法、火魔法、白魔法。
そのうちの白魔法と黒魔法を除く四大魔法は生活魔法と呼ばれるほどで一般の人々もそれに対し多くを知っている。
だが白魔法について知っている者は少ない。
なにしろ直接生活に影響しないことが多い魔法が白魔法だからだ。
では白魔法とはなんなのか。文明を指し示すものだ。そのため各国ではパフォーマンス用の魔法士として白魔法士を優遇する傾向が見られた。
そしてあらゆる能力を強化したり、五感をブーストする魔法もそこに含まれる。
一流の白魔法士は第六感、第七感を得る魔法を使うことができるという。
今では白魔法学校に入学したことすらニコルはもう後悔しつつあった。
学校ではものの見事に典型的な落ちこぼれになってしまった。
地元の初等学校では一番魔術師としての才能があったと思うが今ではそれすらもう偽りの記憶だったのではないかと疑わしい。
「はぁー……俺、才能ないなぁ」
ひひ。と自嘲する。
初等部、中等部、高等部でだいたいの人間は自分にどの魔法の才能があるのかを見極め、それぞれの進路を進んでいく。
だがニコルは生き急いで自分に白魔法の才能があると思い込んで、いきなり中等部から都市の白魔法学校に進学してしまったのだ。
今でははっきりと分かる。それが全ての過ちの始まりだった。
州で一番の中高一貫の白魔法学校は才能の原石の集まるところだった。
入学して一年でニコルは落ちこぼれた。
自分に自負のあった彼にしてはあってはならないことだった。
そこでニコルは他人の才能を否定し、白魔法自体を否定したくなった。
クラスメイトは才能ある人々だらけだ。
そして生まれが良く、多額の仕送りを親からもらっていた。
ニコルには才能がなければ金もなかった。
そして胆力もなかった。有り体に言えば屑である。
決して収入が良いとは言えない親を説得して、早くから都会の白魔法学校に進ませてもらったというのに(それも学費の高い)ニコルは高等部の中頃に両親と喧嘩して家には帰りたくなくなっていた。
高等部卒業はとうとうできなかった。
卒業に必要な単位がとれなかったためだ。
魔法陣も魔法理論も、実技も全て落第点。
18になるころニコルは自分の白魔法の才能を全て失っていた。
なぜか白魔法を使おうとしても全ての白魔法が完全な形で発動できないのだ。
10歳にならない子でも才能のある子なら使える白魔法、クイックですら、普通は小動物にかけられるのだが、虫にかけるのが限界になっていた。
ちなみに同級生なら人間に同時に30人はかけることができる。
ニコルは中等部の時は人間2人にかけることができていた。
進歩するどころか減退していたのだ。
そんなわけだから白魔法士としての日の目など見ることができるはずもなく、さりとて諦めきることもできず高等部で魔法学校を退学していらい何の魔法の才もない肉体労働者が働く場所でニコルは生活のために働いていた。
仕送りは退学通知が親元に届くと共に打ち切られた。
「はぁー……」
ニコルは今日何度目になるか分からないため息をついた。