隠して下さい、副店長
誰とは言わないが、ある人に僕は女みたいだと言われた。
なので、バイトの最中に、レジっ子の鴨居梓に質問してみた。
「え〜? 何それ、超ウけるぅ」
彼女は僕と同じ年の、ツインテールが売りの猫っぽい感じの子だ。
けだるく語尾をのばす特徴のある話し方は、人によってはイラつくらしいが、とりあえず今はそんなことどうでもいい。
「今時、好きな人の触った服をお客さんに買われるのにジェラシー感じるとかぁ、お客さんに接客する姿を見て羨ましいって思ったりとかぁ、しないっツの。 超キモ。 どの女よ?」
僕だなんて言えない。
「いや、女の子ってそんなんじゃないかなー、って思って。 鴨居は違うよなぁ」
「鴨居じゃなくて梓って呼んでイーよっ」
「遠慮する」
「望っち、固った〜い」
誰が望っちだ。
そこにゴルフ部門スタッフ、ゴルフ焼けで顔が真っ黒な痩せぎすの兄ちゃん倉林浩樹が軽やかに話に割り込んでくる。
「おいおいおい? なに話してんだ? 梓ちゃ〜ん。 俺も混ぜてくれぃ」
「あはぁー。 倉林さぁん。 聞いて〜。 望っちの彼女がぁ超キモなの」
「望、彼女いたの? 生意気ッ! つか紹介しろ! 寝取ってやる」
「彼女なんかいませんって! って前に、寝取るって何ですか寝取るってっ!!」
「やだねーこれだから。 学生は冗談が通じなーい」
倉林さんは軽〜い口調で言い返すと両手でゴルフのクラブを持つ格好でスイングして、片手を敬礼みたいにおでこに当てて、どこまで飛んだかなーって感じのジェスチャーをし、ガッツポーズして一言。
「よっし、ホールイン、ワーン♪」
「訳分からん……」
「望っ! お兄ちゃんはお前をそんな娘に育てた覚えはありませんよっ!!」
「誰が娘っすかっ!! 寝言は寝てから言ってて下さいっ!」
倉林さんはこんな風に誰彼構わずちょっかい出す人だ。
よく言えばムードメーカー、悪く言えば、ちょっとウザイ。
「も〜、倉林さんって、マジウザですよね〜」
って、本人に向かって言うなよ鴨居梓。
そして僕達が騒いでいると、
「もっしもーし、ほらそこ三人、仕事なさい」
やってきて優しい声で注意するのは、この店の副店長。 高橋さん。 通称タケさん。
現在、僕の心を異常に惑わす相手。
「そんなぁ。 タケさん、望と梓ちゃんがいちゃついてたから便乗しただけっす」
「ハイハイ、倉さん。 ゴルフクラブ入荷してるからよろしく」
高橋さんは軽くあしらう。
「申し訳ありません。 高橋副店長。 すぐ仕事に戻ります」
しっかり頭を下げて謝る鴨居。 めっちゃ猫かぶり。
「あ……、すみません。 今仕事に戻ります」
僕も頭を下げて売り場に戻ろうとする。
「ちょっと待てノゾム」
「はイっっ!」
呼び止められて心臓が驚き、思わず激しく気をつけ!
「レジに入って、売価変更のシール作ってから行けよ」
「はい」
「じゃあ、よろしく」
高橋さんはニコっと笑って去っていく。
いやあ、いい笑顔だなぁ。
「望っち〜。 タケさんってかっこいいよねぇ〜」
鴨居がうっとりしながら言う。
「男の俺でも惚れるぜ、タケさんは」
ゴルフクラブの入荷伝票をピラピラと振りながら倉林さんまで。
高橋さんはいかにも体育系、ではなくて、文武両道の進学校で生徒会長もやってましたって感じ。 アニキではなく頼れるお兄さん。 安定感のある美形でまだ20代半ばくらいなのに副店長だってんだから憧れるやら羨ましいやら。
「雑誌のモデルにもなれるよねー。 あと、ヌードモデルとか似合いそぉ〜」
「おおっ! タケさん、スタイルいーもんなぁっ!」
僕そっちのけで倉林さんと鴨居は盛り上がる。
ふーん。 モデルか。
……ヌードモデルか。
僕の脳内では、高橋さんが白っぽい美術室の真ん中にある台の上で腰に布を一枚まいた格好でミケランジェロのダビデ像みたいに立っている。 まるでギリシャ彫刻かマネキンかと思いたくなるような均整の取れた凛々しい体。 僕は白いキャンバスに向かって鉛筆を動かす。
『すいません、タケさん。 ヌードモデルだなんて無理言って』
『オレは構わないさ。 学校の課題だろ? 遠慮するな。 しっかり見て描けよ』
『あ〜、難しいなぁ。 僕、美術は苦手なんですよね』
『だからよく見て描けってば。 触ってみるか? 質感とかイメージが沸くぞ』
『さ、触って……いいんですか?』
『ノゾムなら、構わないけど?』
触る?
タケさんに触る?
「って、何考えてんだ、僕っ!!」
我に返る。
「ど〜したの、望っち?」
鴨居がキョトンとした目で僕を見る。
いかんいかん。 タケさんのヌードモデルなんて想像してる場合じゃない。
ここは鴨居で妄想するのが正しい男子のあり方なはずで。
ここは美術室。 鴨居がヌードで立っている。
……
……話が続かない。
「うあああっ! ダメだっ! 鴨居じゃダメだっ!!」
「え? 何、ちょっと、望っち、何がダメなのっ?!」
いきなり僕が叫ぶので鴨居がビビる。
ちょっと待て、僕は本当に男が好きなのか? ここは、倉林さんでもう一度トライ!
ここは美術室! 倉林さんが中央の白い台の上でダビデ像のように立っている!!
倉林さんは僕の方を見て、しゅっと腰をひねり
『ホールイン、ワーン♪』
で、ぷらんぷらん。
んなもん見たく無ぇぇぇぇ!
良かった。 本当に良かった。 これで倉林さんにまでときめくようだったら確実に僕は変だ。
やっぱりタケさんだから、僕はおかしくなるんだ。
それでははい、もう一度!
ここは美術室! タケさんがヌードモデル!
腰に一枚布が巻いてあるだけで、全部ヌードのヌードモデル!
タケさんが微笑む。
『んじゃそろそろ、この布を外そうか。 描かなきゃいけないんだろ?』
そう言って腰のタオルに手をかける。
『タ、タケさん、そんな大胆な」
「大胆って……見てもらわなきゃ始まらないだろう?」
「デッ、でも、僕はまだ心の準備が」
「そういう訳にもいかないんだよなァ。 大胆に目立つように見せたいんだ。 ほら、外したぞ」
「うわああっ! ダメです、やっぱりタケさん隠して下さいっ!!!」
「何言ってるの、望っちぃ?」
はっ?
僕は現実に帰る。
僕の目の前にはポカンとした表情で副店長が立っている。
そしてその手には、剥がされた「オータムフェア開催中!」のポスターと、真新しい「ウインターフェア開催中」のポスター。
「持ち場に戻る前に、店の入り口に、これを目立つように大胆に貼ってくれるか? ノゾム」
タケさんが僕にポスターを渡す。
あああああ。
いったいいつから現実と妄想をごっちゃにしていたのか。
やっちまった。
絶対変な奴だと思われた。
だけど。
タケさんはいつもより嬉しそうな顔して僕を見た。
「やっとノゾムが俺のこと、タケさんって呼んでくれたなぁ」
「! 馴れ馴れしく、すいませんスイマセンすいませんっ!」
「いや、俺は嬉しかったぜ? んじゃ、仕事ヨロ」
ぽん、と頭を軽くなでられて、タケさんはその場を後にする。
「あ〜。 い〜なぁ〜。 望っち。 タケさん、やっさしい〜」
鴨居が羨ましがる。
どーだ、いいだろう、と僕は心の中で叫ぶ。
そしてポスターを新しく張りながら、考えた。
もういらなくなったオータムフェアのポスターは持って帰ろうって。
ウキウキしながらレジに戻ると、ポスターは裏が白色だったので、鴨居の手によってきりきざまれてメモ帳へと姿を変えていた。
「ほらぁ〜、無駄になんないよーにメモ帳にしたよん♪」
にこやかに言う、鴨居。
本物の女の子は僕よりもシビアなのかもしれないと思った初冬の午後だった。




