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面接官は副店長。

 普通、自分がノーマルかどうか考える機会は無いと思う。

 だから、この世に生まれて16年目にして、まさか自分に言い聞かせる日が来るなんて!!

 僕はノーマルです。

 ノーマルだっ!!! 

 ……多分。



 そもそもこんな悩みを持つ原因になったのは、夏休みに始めたバイトが原因だ。 全国展開のスポーツ用品店。 新規オープニングスタッフ募集ってことでバイト募集の広告が折り込みチラシに入っていた。 僕は体力に自信はあったし、夏休みは暇だし、オープニング時給で夏休みの間だけがっぽり稼ぎ、新学期と共に、しらっと辞めるつもりだった。


「一応、ウチは長期出来る人を探してるんだけど、平気? 学校関係も?」


 年配の面接官に尋ねられたが、僕は「ハイッ」と元気よくウソをつく。

 とりあえず雇われたモン勝ちだ。


「ふぅん」


 その時、面接官の一人が僕の嘘を見透かすように鼻で笑った。

 その人は男の僕から見ても理想と思えるようなイケメンだった。


「ああ、オレ、副店長の高橋啓史郎(たかはしけいしろう)。 んじゃキミ、採用ね♪」


 年配の面接官を差し置いて即決しちゃった高橋さん。

 ニコッと笑った、その笑顔のセクシーなこと!!

 それが僕と高橋さんの運命の出会いだった。




 ってちょっと待て。 それじゃまるで僕が高橋さんに一目惚れをしたみたいじゃないか。

 それじゃ僕は変態じゃないか。

 いっておくが僕はノーマルだ。

 なのに気づいたら、高橋さんの一挙手一投足に胸がドキドキしてるんだ。

 やばい。

 なせだ、やばい。

 思い出せ。

 最初は――何とも思っていなかった、はずだぞ???





「ホラ、ボーっとしてねーで、仕事仕事」

 ウェアを手に持ったまま突っ立っていた僕の頭を高橋さんがコツンとこづく。


「すっ、すいません、高橋サンっ!」

 僕は慌ててロンTを畳む。


「あ、そーじゃねーって。 ロンTは長袖ってことを強調するために袖を片方前に出しとけって、何回も言ってるだろー?」


 知ってます。 覚えてます。

 だけど高橋さんが来ると緊張してどういう訳か指が震えるんですってば!

 慌てふためき、ぐしゃぐしゃになっていくロンTを見て、困った奴めと高橋さんが苦笑する。


「ほら、見てろ」


 高橋さんが僕の手からロンTを取り上げ流れるように畳む。 寸分のゆがみもない凛々しい形にロンTが姿を変える。


「ホイできあがりっと」


 高橋さんはニコッと笑って畳んだロンTを棚に置くと、その場を立ち去った。

 高橋さんが畳んだロンT、お客様に触れられないように棚の一番高いところに避難!

 僕は脚立を持ってきて、その貴重なロンTを一番高い棚にディスプレイとして置いた。


「これでバッチリ」

「おい、ノゾム」

「うわぁああっ! 何で高橋さん、いつの間に後ろにっ?!」

「いや、お前が脚立なんか裏に大急ぎで取りに行ってるから、お前の背で足りないのなら手伝ってやろうかと」


 言っておくが僕は背が低い訳ではない。 169.9! まだ伸びている! まぁ、高橋さんは186だから彼から見たら低い…だろうけど。

 棚のディスプレイを見た高橋さんが言う。


「いいじゃん♪ 目立つし」


 そんなん言われたら、超嬉しい。 


「あのう、店員さん」


 背後から声がした。 見ると一人の女性のお客様。


「何でございましょう?」


 返事をする高橋さんはホストも真っ青のスマートな口調。


「あのう、そこの棚の一番上のぉ、ロンTが欲しいんですけどぉ、取ってもらえますぅ?」


 げっ。

 僕の心が固まる。


「……あ、あちらですか?」

 僕はあえて隣のロンTを指さす。


「いぇ、その隣のぉ」


 ……やはり僕の大事なロンTか。


「かしこまりました。 ノゾム君、 お取りしてさしあげて」

「……は、はい……」


 僕は震える手でロンTを取る。


「あのっ、これ、サイズLですけど、その下の棚のMとかOじゃダメですか?」

「Lがいーですっ♪」

「ヵしこまりましたぁ」

「店員さん、声、裏返ってますけどぅ、どうかしましたぁ?」

「ぃ、ぃーえ。 ぉ買ぃ上げ、ありがとぅござぃます」


 高橋さんがぼくの手からロンTを取り上げる。


「それではお客様、私が会計までご案内いたします」

「はーい♪」 


 お客様は高橋さんにエスコートされてレジへ。


 なんだよめっちゃ羨ましいぞこのやろう。

 つか、僕の、僕による、僕のための、ディスプレイがあっっ!!!


「ノゾムぅ」

 そこに高橋さんが戻ってくる。


「綺麗に出来上がったばかりのディスプレイを崩すのが惜しいのは分かるけどなぁ、ちゃんとお客様の希望を優先しろよ?」


 他の品物だったら喜んで差し上げましたっ!!と、言えるはずもなく僕は頭を下げる。


「よろしい」

 高橋さんはそう言って笑うと、手近にあるイマイチなデザインのロンTを取って優雅に畳み、ぽかんと空いたディスプレイと僕の心の隙間を埋めるように、さささっ、とディスプレイしなおす。


「ノゾムはイケメンだからなぁ。 あのお客様、きっとお前が飾っていたから欲しかったんだろうな」


 そうか! あのお客様は僕と同じかっ!! 

 って、親近感抱いてどうするっ!!!


「ま、その柄ならそんな簡単に売れないと思うぜ。 ――それと、ノゾム?」

「はいっ!?」

「いーかげん、オレの事を高橋さんって言うのはよせって」


 その拗ねたような表情もカッコイイ。


 その時、ゴルフコーナーのスタッフが高橋さんを呼んだ。

「たけサーン♪♪ お客様がスイング見てくれないかってお呼びっすー♪」


「おー。 今行く。 な? お前もアイツみたいに気軽に”たけさん”って呼んでいーから」


 高橋啓史郎、略してタケさん。


「と、年上の副店長に、そんな馴れ馴れしく……」

「んな考えるなって。 オレだってお前のこと、ノゾムって呼んでんじゃん。 高橋望(たかはしのぞむ)くん」


 フルネームで呼ばないで下さい! 意味もなく心臓が止まりそうだから!!


「オレ、お前を高橋って呼ぶと、夫婦みたいで照れるんだよな」


 僕も同じですっ!!!


「って、僕達、男同士じゃないですかっ! 夫婦だなんて……」


 嬉しく思う自分が悲しい。

 高橋さんはハハハと笑う。


「ったく、ノゾムは本っ当にからかいがいがある奴だな。 んじゃ、ちゃんとタケさんって呼んでくれな? んじゃ」


 高橋さんはそう言ってゴルフコーナーに去っていく。


「……たけ、さん……」


 僕は小さな声で呟いてみた。

 なんでこんなにドキドキするんだろう。

 今度はきちんとタケさんって呼んでみようかな。

 喜んでくれるかな。

 




「って、僕、何考えてるんだよっ!!」

「きゃっ!」

 僕がいきなり叫んだので近くにいたお客様がとびのいた。


「あ、す、スミマセン。 何かお探しですか?」

 僕は必死にとりつくろう。


「あの、あそこのディスプレイの商品が欲しいんですけど」


 やはりというべきか。 一瞬かすめた嫌な予感は、的中した。


 



 高橋啓史郎。

 彼が触れた物はなぜかよく売れる。

 魔法のような手を持つこの店の副店長である。  

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