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ゴーレムの仕様書  作者: suzuki
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赤いドレスと4人の山禍


 私は今、獣人に背負われて森の中を駆けている。うっすらと開けた私の目には、緑と木漏れ日の流れだけが写る。


 あの後、保護モードからはすぐに回復した。原因は分からないが、一時的な回線不通や瞬間的な停電のような物と考える事にした。


 この獣人は恐らくあのフードの男の仲間だろう。獣人は入り組んだ森の中を飛ぶような速度で駆けていく。


 こいつは私の意識が回復した事に気付いたとたん、走る速度を上げてきた。そのせいで私は今、振り落とされないように必死にこの獣人の背中にしがみ付いている。乱暴な運転をするバイクの後ろに乗った女性の気分だ。


 しばらくして、山の麓の少し開けた場所に着いた。獣人は私を担ぎ下ろし、後ろから私の両肩を押し込んで無理やりその場に座らせた。


 獣人が遠吠えを数回繰り返すと、木の影と茂みから男二人が顔を出し、木の上からは女が一人逆さまに降って来た。こうして、私はあっという間に三人と一匹に四方を囲まれてしまった。


 三人は軽装で動きやすそうな格好をしている。この世界の防具はあまり発達していないのかもしれない。ただ、三人とも帯刀していて男の一人は弓も背負っていた。


 正面に居る女が口を開き、何かを言っている。私に向けて言っているのは分かるが何を言っているかは全く解らない。野次馬に混じった時点で分かっていた事だが、私はこの世界の言葉が理解できないのだ。このインターフェイスは音の周波数は私に合わせてくれるのだが、言葉を翻訳してはくれない仕様だったのだ。


 私が無反応なのが気になるのか、女は腰に両手を当ててふんと鼻息を吹くと、ずかずかと歩み寄って来た。そして少し屈むと、その手をフードの結び目に伸ばした。


 まずい、フードを取り除かれると胸の穴とインターフェイスの存在がバレてしまう。私は慌てて自分でフードをめくった。女の手がぴたりと止まった。ビンゴ、女は私の顔をよく見たいだけだったようだ。


 女は私の頬に手を添えると、笑みを浮かべた。それはまさに口裂け女だった。それを見た左右の男共の顔にも笑みが浮かぶ、まさに口裂け男だ。


 そこではたと思い至った。私はこの者達と同じ種族だったのだ。あの橋の上が実はアウェイで、この森が正しいホームだったのだ。


 だとするなら、私は誘拐されたのではなく連れ戻された可能性が高い。もっと言えば、私のこの体がアウェイの茂みの中にあったのは、橋の上の異種族に拉致された結果だった可能性だってある。


 頬をムニムニされながらそんな事を考えていると、女が突然息を呑んだ。左右の男共も寄って来た。私の顎を強く引き上げると、三人の視線は私の襟ぐりの辺りに集中した。やばい、気付かれたか! 私は一瞬硬直した。


 しかし、男の一人が顔を引きつらせながら自分の首を触っているのを見て理解した。私は首に何かしら怪我をしているようだ。予備のインターフェイスを吐き出した際に痛めたのは喉の中だった筈だが。こっちは転生前の怪我なのだろうか?


 くだらない事を考え付いた。私が彼らの会話に応じないのは、言葉が理解できないからではなく、喉が痛いので喋りたくないだけという言い訳だ。


 私は喉を触りながら咳払いするなどの小芝居をしてみた。すると女が私の肩に手を添えて優しく何か言って来る。上手く伝わったと思いたい。


 そのまま女は私の頭ごなしに後ろの獣人に声をかけた。後ろを見ると、獣人は草むらに腹を横にして寝そべり、犬のように大口を開けて小刻みに息をしていた。結構バテていたらしい。そして、獣人はのそりと立ち上がると、いつの間にかそこにはあのフードの男がいた。魔法だ、いや、種族固有の能力かも。後者なら私にも変身能力がある事になるのだが。


―――


 私達五人は麓から続く蛇行した山道を登っている。


 山全体がこの種族の集落になっているようで、そこら中に背の低い丸太小屋が見受けられた。半地下構造で、屋根には草や木の枝が葺かれている。


 集落の住居の殆どはそういったトーチカのような作りで、自然に溶け込むようになっていた。そのため山頂の赤い建物がひと際目立っている。私達はその建物に向かっているようだった。


 私はさっきの四人の真ん中に配置されている。一緒に歩いているというよりは連行されている雰囲気だ。さっきの小芝居の効果があったのか、道中話しかけられる事は無かった。暇だった私は脳内で周りの四人にあだ名を付けた。


 まず、私の左右を固めている男二人はライトマンとレフトマン、弓持ちの方がライトマンだ。次に、私の前を歩いて、こっちを向いたり前を向いたりとくるくる忙しい女はミドラ。最後に、私の後ろで片方だけになった象牙の靴を嗅いでいるのがペットマンだ。


 バリケードが幾重にも張られたゲートに到着した。お屋敷と言って良い程立派な赤い建物はそのゲートのすぐ先にあった。かなりの距離を歩いた筈だが、不思議と疲労感は無かった。周囲の四人に至っては呼吸が全く乱れていない。この種族は持久力が高いようだ。


 四人がゲートキーパーらしき者と手続きを済ませるとようやくお屋敷の中に入った。赤を基調とする広々としたロビーが目の前に現れた。シックな調度品が並び、ロビーの左右には背が高くて幅の狭い扉が等間隔に並んでいた。四人はそのうちの一つにするすると入っていった、真ん中に私を挟んで。


 狭い……ロビーはあんなに広いのに、廊下は人一人がやっと通れる幅しか無かった。これではすれ違う事が出来ない、見ると廊下のところどころに待避所らしき窪みが設けられていた。この構造には何か意味があるのだろうか。


 角を二回ほど曲がると小綺麗な部屋に到着した。部屋には私だけが押し込められ、扉の外では四人が何やらひそひそやり始めた。見渡すと部屋の調度品は質素かつ実用的なもので、机、椅子、ベッド、箪笥、屏風くらいであった。


 あと、壁には額に入った一枚の肖像画があった。肖像画の主は大人の女性で赤いビロードのドレスを着ている。髪は腰まであり大層な美人だ、この屋敷の主のご婦人とかだろうか。私はその肖像画をしばらく眺めていた。


 その時、突然後ろから抱きつかれた。思わず肘打ちを繰り出すが、ぬるりとかわされた。背後に居たのはミドラだ、いつの間にか部屋に入って来ていたのだ。


挿絵(By みてみん)


ミドラは私の体より数年は年上の女性で、身のこなしから腹筋は割れてそうだった。同性同士のおふざけなのは分かるが胸の位置に手が来ると流石に気が気ではない。


 ミドラは一緒に持って入って来た長持をベッドの上にボスンと乗せると、中から数着のドレスを取り出して見せた。着替えろという事か、確かに今の服は河に落ちたり草むらで寝たりしたせいで汚れている。


 では、着替えるので出て行って頂こう。ミドラを部屋から押し出そうと私は手の平を向け、両手を前に出した。そして気が付くと、私は両手首をミドラに掴まれていた。


「フヒッ」


 ミドラは女性が絶対してはいけない声を出した。

私は、右腕が上に来るよう腕をクロスさせて右手でミドラの右手首、左手でミドラの左手首を掴むとクロスさせた腕を一気に開いた。すると必然的にミドラの腕がクロスされた状態になった。驚いたミドラは私と同じように力まかせに腕を開く、その瞬間私は体をねじってミドラの腕の下から懐に潜り込んだ。こうなると後は簡単で、私は足と腰と背中でミドラの体を持ち上げるとそのままベッドの上に放り投げた。


 ベッドの上でひっくり返ったミドラを睨みつけた、するとミドラは真顔で何かを思案している様子だった。――しまった、よく考えたら私のような小娘が手際よく背負い投げとか、おかし過ぎた。


 ミドラは立ち上がり長持から一着の赤いドレスを取り出すと、それ以外は長持に戻して部屋を出ていった。私は鍵のかからないそのドアを警戒しながら、屏風でパーティションをつくり、フードを取り、ワンピースを脱ぎ、ドレスに着替えた。


 そのドレスは首から胸元、背中、手足の露出が極力抑えられた一品で、胸の穴とインターフェイスを完全に隠す事が出来た。だが、それはミドラが何かを思い至った事を示唆していた。


―――


 その後、夕暮れまでこの部屋の小さな出窓から外を眺めていた。

西の方を見ると、山のてっぺんからでもあの橋が分かる。予備のインターフェイスは今でも橋脚に埋まってくれているだろうか。そして橋の奥には街が、ああくそ、やっぱり丘を越えてすぐのところに街があったのだ。


 なるべく早く、予備の確認と街に行かなくては。

 自由に抜け出せないものだろうか、残念ながらこの窓ははめ殺しだ。入口からこっそり出ようにも、廊下はすれ違いすらできない狭さ、廊下の待避所に見張りが居たらおしまいだ。あれ? 実は私、軟禁されているのではないだろうか?


 悩んでいると、急に屋敷が騒がしくなった。ここからは見えないが、玄関周辺が慌ただしい。恐らく屋敷の主人が帰って来たのではないだろうか。すぐに四人が部屋に入って来て、私を真ん中に挟むとロビー最奥の部屋に連れていった。


 その部屋はひと言でいえば謁見の間であった。部屋の中では数十人の位の高そうな者が整列して立っている。そして、その部屋の奥に据えられた立派な椅子には、体幹の強そうなどっしりとした男が腰を下ろしている。誰がどう見てもこの山の一族を統べる族長の姿だった。


 四人は部屋の中央、長の正面に私を連れて行った。そして背後のペットマンは私の肩を押し込み、その場に跪かせた。ペットマンは一礼すると後ろに下がり、ミドラは一礼すると前に出て族長の脇についた。


 族長がひと言告げると、私の左右に居るライトマン、レフトマンが何か、恐らくは今回の件の報告を始めた。その後、族長が私に向かって語りかけてきた。だが私には解らない、答えようもない。


 全ての語りかけに無言で答える私に、周囲がざわめき始めた。まずい、どうすれば良いのか。いや、果たしてどうかしようがあるのか? これは詰んだ、私は絶望した。


 その時、ミドラが族長に耳打ちした。

 謁見の間にしばしの沈黙が降り、族長の一言で破られた。謁見はお開きになったのか、全員速やかに部屋を出ていった。私はミドラに連れられ、別の部屋に放り込まれた。


 その部屋は豪華な寝室で中央に大きなベッドが据えられていた。

 椅子が無いようなのでとりあえずベッドの端に腰を下ろすと、視線の先に肖像画が見えた。最初に放り込まれた部屋にあった肖像画の女性と、族長が並んでいる絵だったが、どちらもかなり若いころの物のようだ。


 ふいに後ろでドアが開く音がした。私は一瞬振り向き、すぐに視線を壁に戻した。何故なら、そこには族長によく似たセイウチが居たからだ。謁見の間に居た時の威厳など何処にもない、ただの中年男性がそこにいたのだ。


 そしてセイウチは、小声で私に語りかけて来た――そうか、理解した!

 セイウチは、私が謁見の間で答えなかったのは公衆の面前で言いにくい事だったからだと判断して、このような場を設けたのだ。だが、そうではないのだ、単純に言葉が分からない、ただそれだけなのだ。


 もう、どうすれば良いのだ。またしても詰んだ、私は再度絶望した。

 私は絶望のあまり、セイウチの声が近づいてきている事に気付いていなかった。そして、私の両肩に触れる物があった、セイウチの前足だ。


 気が付くと、私はセイウチに背後から肩を抱かれていたのだ。


 セイウチがその腕を私の肘の位置まで滑らせると、するりとドレスが剥けた。このドレスは首の後ろと背中に留め金があるのだ。着る時、ミドラに止めてもらわないといけなかったのだ。


 いや、それはどうでもよい。まさかとは思うが、この体の主とセイウチはそういう関係だったのか? 営むのか? 今から?


 いや、それもどうでもよい。今の私は胸の穴もインターフェイスも丸見えだ、体の正面を見られたら終わってしまう。予備が無いこの状態で、それだけは避けなければならない。


 くそ、何でこんな目立つところにあるんだ。隠し通すなんて無理だったのだ、人との接触を完全に絶つくらいの覚悟が何故私に無かったのか。私は自分を責めた、胸が軋むように痛む。そして、胸を押さえ、掴んだ。私の視界は真っ暗になった。

 視界が急に変わった。前にもこういう事があった、保護モードだ。


 今、私の目の前には私が居る。目の前の私の胸にはぽっかりと穴が開いている。そして穴は徐々に閉じつつあった。私の両肘にアザラシの手が見えた。


 そして私は――私は――自分の右手で、自分のインターフェイスを掴んで穴から引っこ抜いていたのだ。


 死んでいない、穴から抜いても死なないのか? だが、今の私は保護モードで、肉体の目は使えず、インターフェイスの目で物を見ている。だから自分を外から見ている絵になるのだ。


 そして最初の保護モードと決定的に異なる事が一つ、体が動くのだ。ただ、操作が非常に難しい。自分に向かってくるラジコンカーのハンドルを操作するときの難しさだ。


 胸の穴は完全に閉じた。傷跡は残るようだが、不気味な黒い穴はもうない。あとやるべき事、出来る事は一つしかない、インターフェイスを体の別の場所に埋め直すのだ。時間がない、腕をあまり動かさずに握り拳より一回り小さい金属球を隠せる場所は、一箇所しかない。


 それは「腋」だ。


 直後セイウチが私の体を抱え込み、ベッドの上に倒しこんだ、間一髪だった。

だが、誤算があった。左腋の下に突っ込んで腋を目一杯閉じているのだが、視界が回復しないのだ。つまりインターフェイスが埋まってくれないようなのだ。だが幸いでもある、今されている事を直視しないで済むのだから。


 さぁ、私の体を好きにするが良い、セイウチ! お前が腋フェチでさえなければ私の勝ちなのだから!


 あまり間を置かず、大きな扉の音がした。

 驚いた私は、腋をうっすら開けて外の様子を窺った。どうやらセイウチは出ていったようだ。もしかして私の体が無反応過ぎて怒ったのか?


 しばらくして、セイウチではなくミドラが部屋に入って来た。ミドラは私を抱え起こすと。ガウンの様なものを体にかけた。


 チャンスだ、ガウンの影に隠れる形で腋から胸の傷跡にインターフェイスを戻した。塞がっていた穴は滑らかに広がり、インターフェイスを咥え込んでいく。


 回復する視界、クリアになる他の感覚。私は何食わぬ顔でガウンの襟を閉じた。これでセイウチとミドラは「インターフェイスのない私の胸」を見た事になる。今後この二人の証言が私を守ってくれるに違いない。


 ふと横を見るとミドラは泣いていた、理由は分からなかった。


―――


 あの後、最初の小綺麗な部屋に戻された。


 私はベッドで仰向けになると、自分のインターフェイスを胸の穴から取り出した。そして、穴から拳二つ分ほど上に浮かせた後インターフェイスから手を離した。


 結果、手を離れてから穴に触れる迄の僅かな間、私の体は完全に操作不能になった。危なかった、あの時インターフェイスをベッドの下に置こうなどと思わなくて本当に良かった。


 【ゴーレムの仕様】

 ・インターフェイスには魂が宿る。

 ・インターフェイスは互換性のない肉体と魂を結びつける。

 ・インターフェイスが乗っ取った肉体は宿っている魂の意思で操縦できる。

 ・インターフェイスの表面には五芒星と三日月のインジケータがある。

 ・予備のインターフェイスは五芒星ではなく三角形と三日月のインジケータ。

 ・インターフェイスは物に埋まろうとする性質がある。

 ・体の機能に支障をきたすとインターフェイスは保護モードになる。

 ・保護モード中はインターフェイス視点になる。

 ・インターフェイスには翻訳機能がない。

 ・インターフェイスは穴から抜き取る事が出来る。

 ・インターフェイスが抜けた穴はゆっくり閉じる、ただし痕は残る。

 ・穴から抜けたインターフェイスは保護モードになる。

 ・穴から抜けたインターフェイスでも体を操作できる。

 ・体の別の場所に穴を開け直す事は出来ない。

 ・インターフェイスが体に触れていない場合、操作不能となる。



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