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ゴーレムの仕様書  作者: suzuki
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豪商令嬢誘拐事件

錠体じょうてい協会秘匿会員シマツは、野次馬を眺めながら自分の仕事に満足していた。


夜中に協会の使者に叩き起こされ、大役を仰せつかった時は正直どうなる事かと思った。

だが、使者の手紙が全てを解決してくれた、私にはしるべが用意されていたのだ。


宿舎を出て役所の裏門へ向かった。私を見た門の警備が飛び出してくる、当然の反応だ。


「シマツ広報事務次官殿、こんな遅くに何用ですか?」


「今宵の流れ星は分身魔球だ」


私は前回の集会で更新された合言葉を言った、分身魔球ってなんだろうと思いながら。


「おお、そいつはストライクですな! お供致します」


その警備員は、他の警備を言い含めると私を門の中へ通した。私と同じ秘匿会員だったのだ。

警備員に先導され、私は伝送路が設けられた庁舎の地下に入っていく。


「まて、鍵はどうするのだ」


「エクス-トラクト!」


警備員が唱えると、彼の胸のメダリオンから一本の鍵、マスターキーが抽出された。

マスターキーとその予備は、二重に施錠された庁舎最上階と、大金庫の中にあるはずだが。


「予備の予備ですな」


そう言うと警備員は伝送路管理室を開き、神妙な笑顔で私を招き入れた。

そして私は、各要所、各要人のホットラインを開き、手紙に書かれた内容を伝送した。


私も警備員も、手紙に書かれた伝送先のリストと宛名に驚いていた。

我が街リンカにこれ程多くの秘匿会員が存在していたとは、しかも基幹部分を抑える形で。


そこから先は流れるように事が運んだ。


橋の幕は、幕を張る足場を固定する穴を橋脚に開ける必要があり、難航すると思われた。

しかし、橋の建築に関わった作業員の孫が秘密を教えてくれた為、あっさりと解決した。

橋の完成直前、足場の穴を塞ぎ忘れており、慌てて花の意匠で誤魔化したとの事だった。

橋の意匠を退けて穴に丸太を通し板を渡す、足場は数時間で完成した。


商人と荷馬車の処置については、自警団がシナリオを用意してくれた。

商人は橋の両側から夜盗の襲撃にあい、それに驚いた馬が暴走して荷馬車ごと落下した。

そして落ちた荷物の回収で夜盗がもたついている間に巡回に見つかり逃走、という流れだ。


残るは広報官の私の仕事だ。用意が整ったのを見計らい、関係者に事件を伝え現場に導いた。

そしてサクラを雇い、食堂、街角で噂をばらまいた。したら、来るわ来るわ、野次馬が。

噂という物は爆発的に広まる、特に初期の母数が大きいほどその効果は大きくなる。

噂は今日の夕飯時に街で一気に広まり、翌朝には確定事項、夜には常識になっている筈だ。


私は今、野次馬を眺めながら仕上げの事を考えていた。

なるべく早めにその「夜盗」をでっち上げ、捕らえた事にしなければならない。

架空とは言え、夜盗の脅威が長引くと橋の往来が減ってしまう可能性がある。

商会からは橋周辺を常時警備をするような要求が出かねない、封殺する必要がある。


そう、ここからが私の正念場なのだ。


「グラブ-タイムスライス!」


突然、野太い叫び声が野次馬の中心で響いた、一拍おいて、悲鳴が続いた。

私は、橋脚の上部にある物見台に上った。同じ事を考えたらしい数人が後に付いて来た。

物見台から声のした方を見ると、野次馬の真ん中に倒れた人間で出来たサークルがあった。

サークルの直径は一〇メートルあるかないかで、中に二〇人程倒れた人が居た。


倒れた人間達のつま先の方向、そのサークルの中心にフードを被った男が一人立っている。

そしてその男は今、一人の倒れた少女を肩に担ごうとしていた。


山禍さんかだ!」 「おい見ろ、山禍だ!」


サークルの外側の野次馬が口々に言う。男が声に向かって吠えた、裂けた口、確かに山禍だ。

山禍が居てもおかしくはない、東の山は彼らの領域だし、別に戦争中というわけでもない。

だが、人ごみの中で呪文を放ち、巻き添えを作りながら我が街の少女を攫おうとしている。


「エクス-トラクト!」


事態を把握した野次馬達が、次々と剣を槍を、胸のメダリオンから抽出する。

だが、勇ましい彼らは何故かサークルの中に入れないでいた。

彼らの剣が、槍が、体が何かに遮られ止められてしまうのだ。


「時間収奪術式、古のサーヴィスの邪法か」


私の隣で見ていた初老の男がそう言うなりメダリオンから杖を抽出、呪文を唱えた。


「プロモート-プライオリティ!」


初老の男はさらに隣にいたフルプレートの戦士に強化魔法を唱えた。


フルプレートの鎧を着た戦士など先程まで何処にも居なかったはずだ。

メダリオンからあれだけの物を抽出したのであれば、彼は本職という事か。


そして戦士は重い鎧をものともせず跳躍すると、サークルの中に飛び込んだ。

だが、中に入った途端、戦士はまるで水の中を歩くような状態になった。

身体能力が強化された状態でこれとは、なんとも恐ろしい術だ。


しかし、山禍の方も少女を担いで片手が塞がり動きが鈍い、武器も短刀だけだ、勝算はある。

であれば、後は逃がさないようにする必要があった。


見ると橋の下の警備の輪が、河の下流へ広がっていくのが見えた。

上に居た警備が、下の警備達に手信号を送って知らせてくれていたのだ、素晴らしい仕事だ。


視線を戻すと、戦士が山禍の男をサークルの縁に追い詰めていた。

肩に乗った少女を切らないよう、剣の腹を向けて大きく左右に振り回している。

戦士は連撃で山禍に呪文を唱えさせない。サークルの外ならば恐るべき剣捌きが見れたに違いない。

戦士の意図を読み、野次馬の中で腕っぷしの強そうな男達が山禍の背後に集結しつつあった。

サークルの外に追い出しさえすれば確実に取り押さえられる、そういう状況だ。


ついに、戦士はとどめの一振りを放った――その瞬間、サークルが消滅した。


振った剣が急に加速し、戦士は体制を崩してその場を一回転した。


挿絵(By みてみん)


この猛攻の中、呪文を唱える事は出来ないが、呪文の解除は所作なしで出来るのだ。

山禍の男は、サークル内の環境に慣れた戦士が大振りになる瞬間を狙ったのだ。


山禍はその隙を突き、腕を橋の東の出口に向けると、呪文を唱えた。


「ローテ―ト-ロケーション!」


山禍の腕の方向に居た戦士と、野次馬達が一斉にずるりと山禍の居た方へ引っ張られた。

そして山禍と少女の姿は跡形もなく消え去っていた。

直後、東の方で声がした、振り向くと野次馬の輪の外側に山禍と少女が出現していた。


「タイプキャスト-トランスファー!」


山禍の体が変色し、何かの動物のような姿に変わっていく。

とっさに一人の青年が飛び掛かり、少女の足を掴んだが、振り払われた。

そして、少女を担いだ獣は東の森へ走り去っていく。


やられた――


ひっくり返った戦士は野次馬に引っ張り起こされていた。

その戦士から、東の青年の位置まで一直線に引き倒された人の列が出来ていた。

サークルの中で倒れていた人々の殆どは息を吹き返しつつあった。

そして、隣の初老の魔法使いは、杖を水平に構え――


「おい! やめろ少女に当たる」


「おお、申し訳ない。じゃが、目の前でああも好き放題やられますと」


危なかった、魔法使いという物は少々常識が欠けている。

血が騒いだとか、試したかったとかいう理由で、大呪文を飛ばしたりする事があるのだ。

魔法使いに厳重注意しつつ物見台から降りると、橋の上の警備兵周辺は騒ぎになっていた。


裕福な出で立ちの商人のご婦人が片方だけの白い象牙の靴を抱えて泣き崩れていた。

最後に山禍に飛び掛かった青年と、下から上がって来た商人の遺族が鉢合わせしたようだ。


「それで、その靴で間違いないのですね」


「ええ、間違えようがありません。私の娘、マキナの靴です!」


「警備隊長、捜索願いが出ていた少女で確定のようです」


「申し訳ありません、俺がもっと強ければ……」


「君のせいじゃない、まだ生きている事が分かったのだ、感謝する。」


ああ、大変な事になってしまった! 仕上げは変更だ、夜盗をでっち上げる話は無しだ。


夜盗に偽装した山禍の群れが、商会の娘を狙って橋の上で襲撃したが逃げられた。

翌日、現場に警備が敷かれた事に安心した娘が保護を求めて出てきたところを誘拐された。


これだ! 私は早速、自警団と話を調整するために街へ戻った。


――――


その日暮れ、街のどの食堂、酒場でも人だかりが出来ており、騒がしかった。

その酒場も、つい先程までは静かだったのだ、私と相方が入るまでは。


「見ろよ、抜刀痕だ!」 「まじかよ、彼氏の取り合いか?」


私の服の胸の部分には穴が開いており、その穴からは丸いメダリオンが見えていた。

メダリオンは成人ならば必ず首から下げる。何故なら神はその胸に星を秘めていたからだ。

そしてその上に服を着る。かつて神が胸の星を見られる事を恥じ、お隠しになられたからだ。


神のご加護そのものであるメダリオンからは武器が精製できる、正確には抽出という。

平時であればメダリオンを服の外に出してから行うが、緊急時はそのまま発動させる。

すると必然的に服に穴が開き、胸の皮膚には軽い火傷が残る。これを抜刀痕という。


この世界では神のご加護以外の武器を持つことは恥とされる。

一部の、武器を持っている事を誇示する職業、警備、兵士以外は帯刀しない。

貴族、商人の刀に至っては儀礼用の模造刀となっている。


そして、街中でこの抜刀痕が出来る理由は「決闘」と相場が決まっていた。

大体が恋敵との一騎打ち、親の仇打ち、そういうパターンだ。


「違うだろ、お前さんあの橋に居たんだな? 抜刀したって事は山禍の近くだったのか?」


「ええ、そっちか! その~邪法使い、相当やばかったって聞いたぜ?」


「フルプレートの戦士をひっくり返したそうじゃないか、しかも片手で」


違う、それは自分でコケたんだ。

うっかり言いそうになったが、相方の魔法使いの咳払いに助けられた。

静かに飲みたくて、街の反対側まで来たというのに、この街の噂の速さには驚いた。


結局周りを取り囲まれ、閉店まで根掘り葉掘り聞かれる羽目になった。

ジジィ、寝たふりすんな。あー決定、今日はヤケ酒。明日飲み直しだ。


結局、女戦士が気分良く飲めたのは明後日の夜になってからだった。


8話目にしてやっとまとも?な戦闘ですよ、でも地味。


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