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ゴーレムの仕様書  作者: suzuki
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犯罪者は現場に戻る

目を開けた瞬間、直射日光の目潰しをもらってしまった。太陽はもう真上にあった。

私は木陰で眠りについた筈だったが、今は土手下にある道路脇の草むらに転がっていた。


地に寝そべって目を擦っている私の上を影がすっと横切った。すぐ傍を人が通ったのだった。

通り過ぎたその男は、うっかり踏むかもしれなかった私に気付いていない素振りであった。

路傍の石の気分を味わいながら、私は自身の頬を抓ってみた。

寝ている間に死んで幽霊になっていたというオチではないようだ。


のそりと立ち上がり周囲をみると、土手のあちこちに同じような路傍の石が見えた。

成程、私は日常のありふれた光景のひとつだったのだ。


土手を登り河の上流に目を向けると、あのアーチ橋は思いの外近くにあった。

昨晩、ここからは橋の明かりが見えなかったので、相当遠くに流されたと思っていたのだが。

あの黒ずくめの連中が、あの後すぐに積み荷の火を消したという事だろう。


私は河に向かって土手を下りながら橋を観察した。

現在、橋の中央の橋脚には工事現場の幕のような物が張られている。

早い、もう修理が始まったのか、という事はやはり街が近いのだろう。

そして、橋の上に結構な人だかりが出来ているのが見えた。


野次馬だ、これなら第二案が使える。


私はそう思いながら、河の水で顔を洗い、水を飲んだ。

水を飲むと喉に痛みがあった、やはりあの時に傷めてしまったようだ。

そして手にすくった水を見て、私は肝心な事をしていない事に気が付いた。


自分の顔をまだ見ていなかったのだ。


しばらく散策して、茂みの奥に小さな水たまり、河から取り残された水を見つけた。

背の高い草が周囲の光を遮る事で、乱反射が少ない理想的な水鏡になっていた。

私は水たまりを覗き込み、この世界での私の顔を知った。


普通だ、ヤッター。


良かった! 不細工だとガッカリこの上ないし、美人だと目立ってしまう。

疎開が終わるまでの間、この世界でひっそり生き延びるだけの私にとってベストな容姿だ。

私は、おっさんに感謝した、おっさんを見直した!


私の顔に笑みが浮かんだ、そして口角が耳の付け根までにゅうっと伸びるのを見た。


口裂け女じゃねーか!


とんでもない事実に気付いてしまった。

口が異様にでかい、顔の真横から奥歯が見えるくらい開く、握り拳が二つ余裕で入る。

何だこれは、罰ゲームか? 私にからかわれたおっさんのお茶目な嫌がらせなのか?

私は、おっさんを呪った、おっさんを見損なった!


幸い、口を閉じている時はさほど大きく見えない事が分かった。

これからは極力口を閉じていよう、私は貝になるのだ。


もう一度土手を登って、反対側の斜面の、私が最初に眠りについた木に移動した。

最初に、その木に干しておいた、小豆色の大きめの布を回収した。

続いて、木の枝で三つ隣の木の下を掘り、そこから集めた財布を回収した。

戻って、反対方向二つ隣の木の下も堀り、そこから拝借中の靴を回収した。


以上が現在の私の持ち物全てだった。

布は、服の胸の穴を隠すつもりで、使用人の腰巻きを懐に詰め込んでいたものだった。

財布は中身を全部アザラシの財布に纏めてある、靴は土が入らないよう草を詰めておいた。

武器も欲しかったのだが、使用人は帯刀しておらず、アザラシのは模造刀だったのだ。

あの事件が起きなければ、じっくりと馬や積み荷を探って武器を手に入れていた筈だった。


第二案に移るため、私はバスタオルくらいはあるこの薄手の布を頭から被った。

あごの下で軽く結ぶ事で簡易のフードになった。結び目で胸の位置の穴を隠すのを忘れない。

だが今は、野次馬の中でうっかり顔見知りと鉢合わせしないよう、顔を隠すのが目的だ。


橋の入り口に向かって、土手下の整備された道路をお気に入りの白い靴で歩く。

私はすっかりこの靴を気に入っていた。象牙のような光沢を放つ白いローヒールだ。


橋に到着してから気が付いた。橋の反対側、茂みのあった方からは人の往来が殆ど無いのだ。

つまり街があるとすれば河のこちら側、この道を行けばほぼ間違いなく街があるのだ。

ただ、道の途中に小高い丘があるため視界が途切れていて、その奥に何があるかは見えない。

丘を越えたらすぐなのか、そこからさらにあるのかは行ってみなければ分からない。


私は、橋の上にいる人の群れの中にしれっと入っていった。

情報交換をしている群れを越え、橋の下を覗く群れに合流すると、私も一緒に下を覗いた。


工事現場の幕は中央の橋脚を完全に覆っていて、その裏側には足場が組まれていた。

足場は橋脚の根元まで続き、橋の上から石畳まで下りていける構造になっていた。

肝心の石畳の様子はここからでも見えない、私の期待は打ち砕かれてしまった。


予備の鉄球――インターフェイスが今もそこにあるのかが、どうしても知りたいのだが。


橋脚の根元周辺を見ると大きめのテントがあって、そこに人が順番に出入りしている。

入っていく者達の服装は立派なもので、あの商人の関係者であろう事は予想できた。

ただ、出てくる時に泣き崩れる者が何人もいて驚いた。アザラシにも人徳があったようだ。


そのテントの周囲には、警備に当たっているらしい者が十数人見て取れた。

あの黒ずくめの連中とは違い、全体的にすらっとして近衛や儀仗兵のような風体だ。

また、それだけの人数が居るにも関わらず、ボートのようなものは見当たらない。

という事は、全員が橋の上から足場を使って下の現場まで行ったという事になる。

そして橋の上にある足場の入り口の前には完全武装の警備兵達がいる。


もし河から接近する場合は、十数人の警備の目を潜り抜けなければならない。

もし足場から接近する場合は、屈強な兵士を打ち倒さなければならない、音を立てずに。

うん、無理だこれ。


最悪だ。中央の橋脚は少しの砂地を含め、全周を河の水で覆われている。

いわば天然の堀を持つ要塞状態だ、私を助けてくれた河が今度は敵に回ってしまった。

予備が無事である事を確認したかったのだが、この状況では後回しにせざるを得なかった。


実のところ、ただ単に治安が悪くてこんな警備が必要なだけかもしれない。

橋の下にはまだ積み荷が置いてあって、コソ泥を警戒しているだけかもしれない。

橋の上の警備も野次馬がおかしな事をしないよう警備しているだけかもしれない。


橋の下のテントや警備が明日も明後日もずっとあのままという事はないだろう。

橋の上の警備も工事をしない時間帯、つまり夜なら解除、または減る可能性がある。


だいたい柵を直すだけなのにそんなにかかるとも思えない。

実際、橋脚の下部分で何かの作業をしている様子も、音もしない。

大層な足場も、商人の友人達が河で靴が濡れるのを嫌がったせいだ。


私は不安を抑えるために、だんだんと楽観論に支配されていった。


私は、予備はまだそこにあると仮定し、当初の予定通り第二案を続行する事にした。

街に辿り着かないことには、予備を回収するための道具が調達できないからだ。


方針を整理し、すこし余裕のできた私は周囲を軽く見渡した。

野次馬たちは下を見るか、知り合いどうしでの情報交換に夢中で、私の視線には気付かない。

しばらくこの世界の人間を観察してみた、するとやはり口がでかいのは私だけだった。

私は、おっさんを見損い直した。


この世界の住人の背丈は我々と変わらない、平均一七〇位か、この体は一五〇位でだいぶ低い部類だが。

顔や骨格は和洋折衷になっていて、中には凄く奇妙な事になっているものが居る。

堀の深い丸顔とか笑いそうになるーいかん口は開くな、私は貝。


体格は良く、ムキムキではない実用的、かつ均整の取れた体つきをしている。

ただ、アザラシを考慮するとだらしない体の人間も普通に居るのだろう。


長耳族は見当たらない、小人族、頑固親父族も現状見当たらない、デミヒューマンは居ないのか?

獣人や蜥蜴人間のような人外も見当たらない、羽の生えた人もいない、怪物との共生はないのか?


一応街の外と思われるが、武装している者は少なかった。

やはり帯刀している者が殆ど居ない、実は治安が良いのだろうか。

魔法の杖らしきものも見当たらない、魔法はありまぁすって言ってたよな、おっさん。

僅かだが革鎧などの装備を着こんでいる者が居た。だが手作りなのか様式がばらばらだった。

比べて黒ずくめ達の装備には統一感があった、するとそれなりの組織の兵だったのだろうか。


服装は、素材は西洋の中世の物によく似ているが、格好はファンタジーゲームのそれに近い。

男はシャツとズボン、女性はズボンとスカートが半々位居た。

子供の多くは。真ん中に穴を開けた布に首を通して腰を縛っただけの簡素な服だ。


日差しが強い世界なのか帽子を被っている者も多かった。

私は布をフードのように被り、顔を隠しているが、その恰好が逆に目立つ可能性はあった。

だが、その心配は杞憂だった。実際にフードを被っている者はそこそこ居たのだった。

その中にはもしかしたら魔法使いが居たのかもしれない、そう思うと少しわくわくした。


そう、丁度今、私の左に居るこのフードのおっさんとか――。


その時、パッと目が合った。いや、このおっさん、ずっと私を見ていた?

驚いて一瞬固まった私のフードを、その男はスッと手の甲で持ち上げ、小声で何か呟いた。


「――エクス!」


直後、私の左手首が掴まれ、そして引っ張られた。


「おい、待てこら!」


うっかり地声が出た。喉が痛い、忘れていた!

男の手を後ろに捻った、引っ張られついでに背中の方へ潜り込むと結果としてそうなる。

男の手が離れた、後は全力疾走あるのみ。


その時、視界がぐにゃりと歪み、次の瞬間カーテンが張られた空間に出た。


違う、この視界、もしかして胸のインターフェイスからの視点になっている?


当たりだった。カーテンに見えたのは服と、服の穴から覗くフードの結び目だった。


そのまま上にふわりと持ち上がる感覚があり、周囲から絶叫が聞こえた。

そして、次に車の急発進のような衝撃をうけ、絶叫があっという間に遠ざかっていった。


誘拐だ、いや、何故、何故、私の体は動かなくなったのか。

体ごと連れ去られている最中、私は考えていた。


分かった事は、インターフェイスと体とのリンクが切れてしまう事があり得るという事だ。

そしてその際、まさに現状のようなインターフェイス単独動作の状態になるという仕様だ。


私はこの状態を「保護モード」と呼ぶ事にした。


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