協会さん現場検証をする
河の両岸を二人の黒服が並走していた。
そろそろ息が切れる頃だろう、西側を走っている男は短弓の矢を3本抜いて指の間に挟んだ。
早撃ちはには自信がある、ぽっかり口を開けて出てきたところに全弾叩き込んでやる予定だ。
相方はどうせ弩弓だろう、矢を落としてなきゃいいがな。
その時、後方から指笛の音が短く響いた。
残念、狩りの時間はおしまいだった。
探し物は無事に見つかったらしい、男は踵を返すと対岸に向かって指笛で二回合図をした。
相方の応答が一拍遅れた、矢を拾っていたに違いなかった。
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河の上流、西側の整備された土手の上を、商隊に偽装したオアツラエの部隊が移動していた。
星空を遮るアーチ橋のシルエットが分かる位置に差し掛かると、先頭馬車から合図があった。
オアツラエは馬から身を乗り出し、黒服の目印を確認するとすぐに土手を駆け降りて行った。
セイシンが慌てて続く。オアツラエは急いだ、目印は成功と問題発生の両方であったからだ。
橋の方からも黒服の隊長が走って来る。表情は見えないが良くない状況である事は伝わった。
「こちらです」
黒服の隊長は全周警戒中の円陣の中心を指し示した。だがそこには期待された姿は無かった。
「いえ、足元をご覧ください。そう、その穴です」
セイシンはランタンの遮光板を開き、穴を窺った。そこには三日月が輝く鉄球が嵌っていた。
オアツラエとセイシンは互いに顔を合わせ、黒服へ向き直ると同時に全く同じ言葉を言った。
「それで、依代様は何処におられるのか?」
「我々が到着した時には既にこの状態でありました」
「周囲にあった死体はくまなく調べましたが、聖痕らしき後はありませんでした」
橋脚の根元には死体が六つ、綺麗に並べられていた。使用人が三、馬が二、アザラシが一だ。
セイシンは死体を調べ始めた。彼にとって生理的嫌悪感など使命感の前には吹き飛ぶようだ。
「損壊が激しいですが、確かにありません。彼らは贄となったのでしょう、名誉な事です」
セイシンの目が輝く。オアツラエは自分がこの境地に達する前にその時が来た事を悔やんだ。
「捜索隊を組織する、日の出と共に下流を捜索だ」
「下流ですか?」
「そうだ、依代様が河に流された可能性もあるからな」
「流されたと言えば、到着時、山禍の娘が一匹、死体から金品をくすねておりました」
今なんて言った。
「生きて動いていた者が居るのか! その娘に聖痕は無かったのか?」
「ご冗談を! 山禍ですよ? おおかた血の匂いに釣られて紛れ込んだのでしょう」
オアツラエの問いに黒服の隊長は模範解答で返した。
「その娘はどうした?」
「あの、河に逃げたので追いましたが……任務を優先するため途中で引き揚げました」
隊長の視線の先に居た弩弓を装備した黒服が、少々緊張した声で答えた。
山禍とは一世代前の生物である、口伝、民間伝承、協会の書物でもそう書かれている。
言葉も文字も使えるが、後発の我々の繁栄に追いやられ、大陸の東に押し込められている。
見た目も我々とほとんど変わらないが、ある特徴があるために誰でも見分ける事が出来た。
彼らを動物と同列に考える者も居る。偏った優越感が生まれていると協会は警告している。
その傾向は特に軍隊に顕著で、カンジョー殿直属の精鋭達もまた例外ではなかった。
「変更だ、捜索隊は二組用意、下流と東の森を捜索する」
「下流は日の出を待て。森の方は今からだ、武装したら私のもとへ来い」
オアツラエは本隊の伝令に指示を与えると、穴と格闘しているセイシンのもとへ向かった。
「どうだ、お連れできそうか?」
「難しいですね、この穴は月球と大きさがほぼ同じで抽出器の爪が入る隙間がありません」
「さらに非常に細かい砂が入り込んでいるので、器具で掴めても引き出せるかどうか」
月球とはこの鉄球の事だ。協会が秘蔵する書物によればこの鉄球は月から来るとされている。
証拠があるわけではない、表面の三日月マークがそう連想させただけという研究結果もある。
「もう、石畳ごといくしかないでしょう、本隊の工具箱には楔もあったはずです」
「セイシン、そっちは任せる。陣を張って橋脚を隠せ、崩れた橋の柵を直している体を装え」
「そのように。それで、オアツラエ副会長殿は?」
「深夜のウサギ狩りだ」
「ハイエナの間違いでしょう?」
オアツラエは、こいつもそうだったかと眉間を抑えながら、集合中の武装団に向かった。
武装団の点呼が終わると、オアツラエは指示を出した。
「生かして捕らえろ、我々の知らない情報を持っているかも知れんからな! では行こう」
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日が高く昇る頃には、既に本隊は帰路についていた。
オアツラエとセイシンはその馬車の中で頭を抱えていた。
まず、ウサギは見つからなかった。
残念だが仕方がない。山まで逃げられたらもう手は出せない、山には山禍の砦があるからだ。
次に下流からは何も出なかった。
依代様が見つからない、見つけられないなど過去に例がない。
協会の書物は全て、月球と依代様が一体となった姿で描かれ、片方が欠けた描写はないのだ。
もしウサギが依代様であった場合、我々はまた、山を一つ削る事になってしまうのだ。
そう、前回の騒ぎのように。
そして最大の問題は、河の東の茂みの中で新たな死体が三つ見つかった事だ。
うち二体は焦げた男の死体で、その身なりからアーチ橋の橋脚に居付く浮浪者と分かった。
男の片方は何故か山禍だったが、最近増えているらしい「山を捨てた山禍」だと思われた。
そして、馬車に積み込んだこの女性の遺体が問題の中心だ。
死後硬直もない、非常に綺麗な死体、そして胸には聖痕の様な傷跡。
だがおかしい、協会の書物によれば聖痕からの出血は無いとされている。
単純に考えれば、まさにこの女性が依代様で、山禍の娘に月球を奪い取られた為に出血した。
そして、山禍の娘が橋の橋脚まで来た時に月球を石畳に落とした。そう考える事が出来る。
だが、それはあり得ない。
月球は触れる事が出来ない。触れればばどうなるかを知っているのは協会でも上層だけだが。
今回の黒服にも、触れるなとは伝えたが、結果どうなるかまでは教えていない。
ましてや、山禍がそれを知っていようはずがないのだ。
もう何が何だか分からない。
一刻も早く協会本部へ戻り、情報を収集、整理し、対策を講じなければ。
サブタイトルが意味不明過ぎたので直しました。