バージョン
顕造派達の地下世界、第ゼロセクターの外れに立つ幽閉塔、
その最上階で私はジョー達の帰りを待つことになっていた。
サワンは以前に比べれば持ち直しているものの、血が足りずすぐに息が上がってしまう。
サワンを担いで移動し、第七セクターから地上へ戻る方法も検討されたがこの状態では難しいだろう。
朝方、小さな地響きがあった。
伝令の馬が来てしばらくすると、鐘が三回鳴り、階下から衛兵と使者の乗ったゴンドラが現れる。
「使徒様、正統思想派の軍隊の侵入を確認しました。 衛兵達には撤退指示が出ております。
ゴンドラは上げておきますので、後はご随意に」
「分かりました。 ですが、私はヤサカの皆さんを待つつもりです。 どうかご無事で」
「最悪、正統思想派に保護を求める事もご検討ください。 心苦しいですが、お別れです」
鐘が二回鳴り、ゴンドラが降りる。
すぐまた三回鳴り、誰も載っていないゴンドラが戻って来る。
ゴンドラのへりには鍵付きのボックスがあり、開けっぱなしの状態になっていた。
ボックス内にはクラッチハンドルがあり、階下に誰もいない場合でも、これを開放すれば重力で降りることが出来るとのことだった。
ゴンドラの仕組みを確認して戻って来ると、喧騒が聞こえ始める。
幽閉塔の窓から外を窺うと、左手のセクター外壁の遠方にある横穴から街に続く
ジグザクの山道で戦闘があったようだ。
たくさんの人間が横穴から飛び出し山道を駆け下りていくが
砦からの砲撃がうまくいっており、確実に撃破出来ている。
「嘘でしょう、あんな正確に狙えるものなんですか…」
か細い声に振り向くと、左の壁に身を預ける形でサワン立っていた。
「…部品の徹底した規格化と製造工程の画一化、キャリブレーションなどを経て、
座標を指定するだけで毎回同じ場所に砲弾を落とせるそうですね。
地上の人にも見習ってほしくて、あえて優先度『低』にした技術です」
「顕造派の逃亡を助けたり、正統思想派の利になるようにしたり…
第五様はいったいどうされたいのですか?」
「…そうですね、実はどうもしたくないのです、だれの味方もしたくない…」
「えっ…?」
「さっちゃん、何でしょうか、あれは」
横穴の前に居た黒いドームを纏う三名の騎士が先ほどから前進を始めているのだが、
そのドームの影から何かがちらりと覗いている。
「組み立て式のカタパルトではないでしょうか、例の新型の。
振りかぶるスペースが必要ですから、穴の中から撃てず、
設置場所への移動を魔法騎士に守らせているんでしょう」
サワンが状況を推察しているうちに組み立てが終わり、人間がそれに跨るのが見えた。
「さっちゃん、カタパルトがこっちを向いているように見えませんか?」
「右手の森にも砲台があったようですから、それを狙っているのでは?」
「…さっちゃん、詳細は省きますが、あのカタパルトの射線は正確にこの塔を指向しています。
あと、砲弾は人間の少女です」
「えっ…嘘!」
『異端ども死ねやぁ!』
「うわぁああ、タイプキャストぉおおお!」
こっちに向かって飛んで来るソレが高速ジタバタしながら叫ぶのと
私の左に居たサワンが叫んでとびかかって来るのはほぼ同時だった。
――――
――静かだ。
射撃観測所と思しき塔を爆砕したあと砲撃がぴたりと止み、我々は順調に進撃していた。
正面にあった砦を抑え、今はそこから街数区画分進んだところに前線基地を構築している。
ここを起点に各ポイントに斥候を送り、状況を把握しているのだが、分かったことが一つ。
「田園地区D-3、誰も居ません」
「旧街区O-8、同様!」
「城も外からは人影があるようには見えません」
城も街も村ももぬけの殻なのだ、これはいったいどういう事だ。
「――ポーク殿、報告を」
「もはや異常事態としか言いようがありません。 坑道での襲撃要員と砦の砲撃要員以外、
顕造派どもが一人もいないのです」
坑道でも、砦でも顕造派は全員殺傷してしまった。
戦闘要員であるから始末して当然なのだが、こんな事態になるなら、何人かは捕らえておくのだった。
「やつらはいったいどこへ行ったのだ。 労働力を確保できねば大赤字だぞ!」
「ファンガル副局長、彼らがまさかここまで逃げに徹するとはだれも予測できなかったでしょう。
ただ、この広い空間に住んでいた住人を移動させるにはかなりの時間を要するはず。
おそらくですが、まだ逃げている『最中』だと考えます」
「はい、数刻前より斥候を呼び戻し、橋や道路の要所のみを監視するよう変更いたしました。
セイシン殿の予測が当たっていれば『逃げ遅れ』が道を示してくれるはずです」
「なるほど、網にかかると良いな…」
しばらく後、ふいに連絡兵が飛び込んでくる。
「旧街区を抜けていく集団を発見、現在追跡しています!」
「報告します、先ほどの集団は堀の側壁から城内に侵入したとの報告あり、隠し通路と思われます」
「来たか! よし、先遣隊を組織しろ。 本隊も指示あり次第進軍できるように待機だ」
「ポーク殿、先遣隊には私とジジイ殿、バルミラ殿も同行いたします」
「おお、セイシン殿かたじけない」
ポーク旅団長のもと、速やかに数十名の先遣隊が組織され前線基地を出発した。
静かな街の中を靴の音だけが駆け抜けていく。
今回は狭い坑道を通ったため馬が間に合わず、走りでの移動となるが、
イミグラントは胸のメダリオンから武装を抽出して戦うため、
戦闘前であれば、いたって軽装のままランニングで移動できるのだ。
「旧街区通過、堀の前に出ます!」
おかしな話である、旧街区のような細い道で入り組んだエリアは待ち伏せにもってこいだ。
また、堀の前の見通しのよい広場、こんな場所、狙撃にはもってこいだ。
だが、何も起きない…本当に無人なのだ。
現地の監視要員が先遣隊に合流し、堀の一角を指さす。
「見えますか? そう、あの上がっている跳ね橋のすぐ下の石垣、そこから右に八つ目の石垣です
そこに、水中ですが横穴があり、潜って中に入れるのです。
行きましょう、先導します」
集団で堀に飛び込む。 堀の石垣の上部には飛び出した『石落とし』の構造が見えている。
本来であればここから手厚い歓迎を受けるはずなのだが、我々は容易に堀をくぐり中にお邪魔できてしまった。
「サンキュー、ジジイ」
「まったく人使いの荒い、おかげでワシはずぶ濡れじゃわい」
後ろで小声がする。 どうもバルミラ殿は水が苦手らしい、ジジイ殿が何かの魔法をかけたようで服がまったく濡れていなかった。
「見てきました、どうやら天守へ直行する隠し通路ですね。
本来は脱出用なのでしょう、ただ――」
「ただ、何です?」
「天守も人の気配がありません、そこからさらに移動したのかもしれません」
「分かりました、急ぎましょう」
暗い通路を抜け、重い木戸を押し開けて中に入るとそこは広い空間となっており、中央に三十段はあるかという巨大な階段があった。
階段の最上段には重厚な椅子があり、そこに一人の大柄な女性が足を組んで座っていた。
「一人、居ましたね」
「申し訳ありません、ただ、発見した集団にはこのような女性は居なかったかと」
私は先遣隊を片手で抑えて一人前に出、壇上の女性に問いかける。
「貴方はどなたですか」
「まずさぁ、お前とお前らが誰なんだよ」
「失礼、私はセイシン、錠体協会正統思想派ファンガル副局長付きの補佐官だ。
我々は異端の殲滅の為に派遣された部隊である、君らに勝ち目はない、大人しく投降したまえ」
「あっはっは、ナイスジョーク」
女性は下品に笑って膝を打ち、椅子からだるそうに立ち上がると、ゆるりと段を降り始めた。
「本当はさ、お前ら全員細切れにしてやろうと七剣士達と待ってたんだが
お前らのせいで、剣士達の方は急用ができちまってな…今私一人だけ、白けるわ」
「次は貴方が名乗るべきでは?」
「まぁ、聞けや。
『この異端が、ぶっ殺してやるぅ』ってナイフ片手に突っかかってきた○チガイがな、
目の前で自分で転んで、起き上がったら、自分の胸にナイフが刺さってやんの。
で、そのナイフに気付かずまだ突っかかってくんの。
殺る気無くすでしょ、面白すぎて」
女性はゆっくり降りてくる、今上から十段目くらいだろうか。
「我々が罠にはまったと言いたいのですか?」
部隊が周囲を警戒する。 伏兵の気配はないのだが、ブラフだろうか。
「お前らが勝手に自殺したって言ってんの、私が手を出すまでも無くなったってな」
「我々は生きてますが?」
「これからだよ! お前らも地上のやつらも全部。 おっさんが許すわけないよ?
『使徒様を殺めた種族の末路を知るすべはない、だれも生き残らなかったのだから』」
「そ、それは偽典の一節ですね? 第二使徒四十八音様がイミグラントの手により殺害されたという過激な内容の…」
「『ゆえに我々はイミグラント・バージョン2である、バージョン1は欠陥品であるため処分された』
バージョン3で少しはマシになると良いなぁ、神官様」
「さっきからおぬしら何の話じゃ? 時化様が殺されたなぞ聞いとらんが…」とジジイ。
「それじゃない、もう一人の、五番目のお方だよ。 さっき塔ごと吹っ飛ばしたでしょ?」
「「「え?」」」
「…え? ああ?! そう? 知らないんだ? 訳も分からず死ぬんだね? 最っ高に哀れだわお前ら
まぁ、顕造派達は生き残るけどね、前も生き残った方法だからね!」
女性は今二十段くらい降りただろうか、髪をかき上げるとその顔立ちもはっきりと見えた。
「は? バルミラ!?」とジジイ。
「だから、今となっては、そこの姉にしか用がないんだわ。
さぁて、初めまして。
イミグラント・バージョン1.5、
改良品種のミラルバと申します――エクス・トラクト!」
メダリオンから金属のつぼみが飛び出し、その先がパクりと割れる。
割れた五つの金属の花弁が体の前と後ろから頭、両腕、両脚を包み込むと
そこには蛇腹の金属で全身を覆われた全身鎧の騎士が立っていた。
――――
「…寒いな」
オアツラエは防寒着を着込み、ノースフェイクの宿屋一階のロビーの隅に居た。
「確認が取れました、顕造派も第二様に協力しているようです。
『ヤサカ』というチームだそうで、今は山禍の医者と接触するため
第二様と共に山に登っているとのことです」
シマツの息が白い、ここは一応室内だというのに…。
「戻って来られるのを待つしかないか。
シマツ殿、チェックインしておいてくれ。 私はここの支部に顔を出しておく」
「分かりました、知己でも?」
「いや、山を数えにね。 時間はかからない、すぐ戻る。
あぁ、あとその黒い箱だが、繊細な機械だから扱いは慎重に」
オアツラエは宿をでると、ノースフェイクの街の中央にある錠体協会の支部へ向かう。
「オアツラエといいます、ここの屋上の観測点を使いたい。 今は使えますか?」
「ええ、問題ありません。 星の確認ですか? 遠眼鏡は時間制で料金は――」
使わないのだが、受付とは遠眼鏡を使う前提で話を進める。
山を数えるというといつも変な目で見られるからだ。
「じゃあお借りするよ、ありがとう」
螺旋階段をいくつも登り、屋上に到達する。
ここノースフェイクは北方にあるため、山もくっきりと見える。
いつもの手帳を出し、ノースフェイクからの過去のスケッチのページを開く
山の上にチェックをつけて数えていく…いつも通りの確認の作業だ。
山の数など天変地異でもない限り変わらないのだが、
雑念をはらって考えを纏めたい時にはこうするのだ。
…
……
………合わない。
もう一度数える。
…合わない、一つ少ない。
もう一度数える。
……合わない、二つ少ない。
もう一度数える、いや、数えるまでもない、
もう見てわかる、最初にあった右端の山が…今は無い!
儀典にある、
第二使徒四十八音様がイミグラントの手により殺害されたという記録。
そしてその時のおっさんの報復…
『その時山が動いた。
マウントの下から『創生前の怪物』が溢れ出し、イミグラントを蹂躙した。
こうして一度イミグラントは滅んだ。
誰も生き残らず、知らしめるものが居ないため、
我らはおっさんより直接にこの事実を聞いた』
これが、今、起きている…
オアツラエは宿に戻ると
シマツから黒い箱――『魔素流速計』を受け取り動作させる。
針は動かない。
「大丈夫です、丁寧に梱包してありましたし故障はないかと」
この寒い中、オアツラエの額から汗が流れる。
「あまり距離があるとだめらしいですから、恐らくもう一つの穴の先はここより遠いのでしょう」
シマツの言っていることはもっともだが、
オアツラエはその穴の先でも針が動かないのではと思ってしまうのだった。




