誤爆
人工的な坑道は緩やかな上り坂となっており、時折角度を変えてはいるが基本一本道となっていた。
坑道の幅は狭く、大人二人が横に並べる程度。 武装した場合は一人分の余裕しかない。
部隊は一列縦隊で左に寄って進んでいる。 右側は連絡役が走るために必要だから必然的にこうなる。
我々イミグラントはメダリオンのお陰で戦闘直前まで武装せずに移動できるため、
移動だけなら問題ないが、戦闘が始まったらこの坑道の構造はちょっとまずい。
せっかく頭数が居ても、この狭さでは一対多の状況に持っていけない。
ふと、前方より誰かがその空いた右側を走って来た。
そいつが通り過ぎて、しばらく経つと、二人ほど魔法使いを連れてまた先頭に戻っていく。
「また側溝か…」
坑道の途中にはぽつぽつと側溝が設けられていた。
元の目的はすれ違い用の退避スペースと思われるが、中には詰所のような空間を持った深めの側溝もあるようだ。
最初に見つかった側溝がこのタイプで、中から顕造派どもが飛び出し、
煮えたぎった油を坂の上から浴びせかけてきた。
先頭の数名が即座に行動不能にさせられ、後続が即応しようとしたものの、
当初二列縦隊で進んでいた我々は、焼けただれた死体が邪魔で動きが封じられてしまった。
さらにその後すぐ、浴びた油が可燃性でることが分かり、被害が増大してしまった。
それ以降はこのように一列で移動し、斥候が側溝を見つけるたびにクリーニング、
安全確認の後前進するという状況が続いている。
つまり、イミグラント自慢の機動戦が封じられてしまっているのだ。
――――
坑道の遥か前方でパッと何かが光ったのが見えた。
「また待ち伏せですか?」
「はい、セイシン殿。 今回は当たりだったようで、今魔法使い二名でクリーニング中とのことです」
「ご苦労様です、ポーク旅団長。
どうも敵はこちらの魔法使いの数を減らしに来ている、そんな気がします」
「そうですな、これに関しては向こうの作戦勝ちでしょう。
打ち止めの魔法使いが増えてしまいますが、初手であの被害を出されてはどうしても慎重にならざるを得ません」
「セイシン君、重装甲魔法騎士を先頭に立たせれば良いのではないのかね?」
「ファンガル副局長、坑道の全長が分からない以上、魔法騎士の先導は危険です。
坑道の途中で中の人が力尽きてしまえば、解体不能なオブジェで自ら道を塞いでしまうことになります」
「我々も事前に確認したのですが、この坑道は狭すぎて『解体ツール』が通りません。
坑道を抜けた先で魔法騎士を抽出した場合、力尽きた後の救助が難しく、事実上の決死隊となります…」
「そうか…騎士たちは何か言っているかね?」
「顕造派全滅の悲願が達成できるのであれば、『喜んでメダリオンに圧縮されます』とのことでした」
「そうか…それでこそ、それでこそ…だ」
三重の魔法防御ドームを身に纏う完璧防御の魔法騎士には重大な欠点があった。
・装備が信じられないくらい重く、歩くだけで命がけ。 長距離歩行するだけで死ぬこともある。
・いったん抽出すると、脱ぐ事が出来ない。 脱ぐには巨大な台座状の『解体ツール』が必要となる。
・一応メダリオンに戻すことは可能だが、その場合、中の人ごと『圧縮』される。
「我々も魔装馬車に『解体ツール』ごと積めるようになったと聞いて、状況は
改善されたと思っていたのですが…いやはや、思うようにはいかないものですな」
それでも、本隊であるファンガル達を取り囲んでいる魔法騎士たちの表情は明るい。
彼らはこの殲滅戦で顕造派を今度こそ根絶やしにできると信じているのだ。
「…そんなわけはない」
「セイシン殿、 何か?」
「あ、いえ、こちらのことです。
…そうですね、この坑道の構造、狭い通路と途中のすれ違いスペースですか、
どこかで見た気がして…」
「ああ、山削りの際の山禍の頂上の屋敷の廊下がこんな感じでしたな
まったく、山禍と同じ手で来るとは、やつらも堕ちたものです」
そう言えば似ている…
山禍とは、元々地下に住んでいた種族で山に住んでいるのはその分家だったか。
「報告、坑道の出口に到達!」
「待て、待機だ。 誰も顔を出していないだろうな?」
「心得ております、気取られぬよう待機中です」
「ポーク君、何か気になる事があるのかね?」
「狭いところから広いところに出る場合、出る側は全方位からの襲撃に注意が必要になるのに比べ、
待ち受ける側は出てくる穴に狙いを定めておけば良いだけ、つまりこちらが圧倒的に不利なのです。
ですので、今こそ魔法騎士をお借りする時かと」
「なるほど、許可しよう。 やっと本分が活かせるなポーク殿」
「はっ、お任せを」
――――
坑道の右側を正反対の人種が一列になって登って来る。
先頭は聡明な目の輝きを持った青年達だ。 鍛えてはいるが軍隊のそれじゃない。
体は引き締まっており、持久力がありそうだ。
それ以降は腐った目つきのゴロツキ共だ。 鍛えてはいるが軍隊のそれじゃない。
無駄に肉がついており、ケンカは強そうだがすぐにバテるやつだ。
前後のグループは坑道出口の手間でブリーフィングを行っている。
後続グループのリーダーらしき男が声を荒げる。
「いいかテメェら! 魔法騎士さまが出口を守ってくださる。
初撃をやり過ごしたら散れ! 散って浸透しろ。
その後は好きにしていい、協会のお墨付きだ。
ヤッてよし、焼いて良し、喰ってよし! 好きにしていい!」
後続グループの興奮の声が聞こえる。
少し離れた隅で先頭グループが円陣を組んでいる。
「良いですか、ファンガル副局長は『好きにしていい』とだけ言いました。
彼らが浸透し、防衛線が居住区などへ移行したら、
進軍中に発見次第、彼らは処分してください。
どのみち、道すがら拾ったバンディット共に慈悲は不要です」
魔装馬車の車列がサウスブリッジ近辺でバンディット狩りをしていたと聞いたが
留守にしたリンカの街が無駄に襲撃されないようにとの措置だったはず。
まさか、投降したバンディットが居て、緋き朦に組み込まれていたとは…
「「「エクス・トラクト!」」」
三名の騎士が出口から飛び出すと同時に重装甲魔法騎士を胸のメダリオンから抽出すると
即座に騎士の周囲には黒い三重の魔法防御ドームが発生する。
即座に、ガン!と金属が跳ねる音が幾重にも響き渡る。
「バリスタ、 正面奥の砦、左方の城郭、右遠方の森より飛来。 防御成功」
これで待ち伏せが確定、攻撃の方向が分かった。
「行くぞ野郎ども!」
数十名のバンディットが魔法騎士の影から素早く飛び出す。
敵の注意がバンディットに向くであろうこの瞬間に、素早く周囲の観測が行われた。
坑道の出口は木ひとつない露出した山肌にあり、そこから曲がりくねった山道をジグザクに降りる形になっている。
山道を降りている最中に再びバリスタが飛んでくる。
運悪く一名、直撃を受けいろいろ飛び散っていたが、
これで向こうの次弾装填にかかる時間が分かった。
「よし、我々も突っ切る! 行け!」
雪崩のように旅団約二千名がなだれ込む。
攻城兵器による射撃が三方からだけであれば、被害織り込み済みで突撃が可能だ。
数十名程度の被害で居住区にたどり着けるだろう。
部隊の大半が穴を出て山道を降りている頃、突如状況が一変した。
山道の上空にて、ドコン!と音がした直後、進軍の隊列が乱れ、悲鳴が上がる。
「感知器に反応、炸裂弾様の物飛来、射撃ポイント変化なし。
焼夷性飛沫による発火多数! 誘導弾の射程外!」
魔法騎士が報告する。
乱れた隊列は、それでもすぐに秩序を取り戻し、いくつかのグループに分かれて退避行動に移っていた。
あるグループは茂みの影に伏せた、あるグループは岩の影に入った。
最も先行したグループは近くの建物の中に入った。
「すみません、通してください!」
小隊規模の集団が、車輪のついた台車を押しながら坑道を登って来ると
一人の若い青年が、魔法騎士とその隣の神官に走り寄る。
「セイシン殿、遅くなりました」
「小隊長殿、炸裂弾による射撃があったようです。 どう見ますか」
「バリスタと聞いたのですが、弾種が変えられるタイプという事でしょうか」
少しの後、次弾が三つ飛んできた。
一つは茂みの上で炸裂し、一つは山なりに岩を越えてその裏側に着弾し、
一つは建物の窓に着弾し炸裂した。
茂みは火の海となり、岩の裏、建物からは火に包まれた人型のものが飛び出しては力尽きて倒れていく。
「おかしい、狙いが正確すぎます! それにあの山なりの弾道、バリスタではなく、カタパルトの一種かと。
あと、まさかとは思いますが、観測射撃を実用化している可能性が高いです」
「観測射撃ですか」
「はい、机上では議論されていたのですが、射点以外から着弾観測することで命中精度を上げる技術です
観測所はなるべく高所が良いとされます、例えばあの、居住区の端の、あんな『塔』が最適でしょう」
青年は右遠方の森の方角を指さす、森の傍に大きめの池があり、その淵にその塔はひっそりと建っていた。
「狙えますか? 貴方のカタパルトで」
「観測射撃の技術はありませんので当てるのは難しいです。
ですが、至近弾でも大火力があれば破壊は出来るかと」
「分かりました、ジジイさんを呼んできていただけますか? 弾の方はこちらで用意いたします
魔法騎士を前進させてカタパルトの設置場所を確保させますが、組み立てを見られると
意図が読まれてしまう可能性があります。
何か方法はありますか?」
「パーツをあらかじめ何点か組んだ状態にしておきます、穴の外に出してから組み上げ、射撃までの時間は最短にできるはずです」
――――
「良いか、ワシがお主にかける邪法はお主の中での時間を増やしてくれる。
一つ数える間に四つ数えられるくらいにな。
その結果、カタパルトで放り出される際の衝撃は四等分されて伝わる。
か弱い娘っ子じゃと失神するところじゃが、ちょっとびっくりする程度で済むのじゃ」
人間投擲用の椅子の上に跨った少女にジジイは説明する。
少女はそわそわしながら頷き、隣のセイシンに尋ねる。
「…お坊様、 わたしは何番目かしら?」
「七三〇三番目です。 大丈夫、ちゃんと記録して残します」
「ありがとうございます、うれしいです」
「七三〇三番、賛美歌を省略してしまうことをお許しください」
「大丈夫です、さっき聞きましたから」
「ありがとうございます、では参りましょう」
「…お坊様、たしか記録帳は一〇〇名ごとにページが違いましたよね」
「? ええ、そうですね」
「見開きで言うと二〇〇番台と三〇〇番台は裏表ですよね」
「…ええ、一~二〇〇番台、三~四〇〇番台がそれぞれ見開きですからね」
「…勝った」
「すみません、何のお話でしょうか」
「いえ、こちらのお話です、うふふ」
――――
「「「魔法騎士、前進!!」」」 魔法騎士達が前進する。
「カタパルトAパーツ、Bパーツ、Cパーツ前進! 組み上げ、リフトアップ!」 小隊長が叫ぶ。
「マルティプライ‐ライフスライス!」 ジジイが唱える。
「放て!」 セイシンが号令する。
「七三〇三番! 勝利のために、行きます!」 少女が叫ぶ。
大の字になって飛んでいくソレ。
弾道が少し右にそれてしまったが、
途中、何か高速でジタバタした結果、少し左に修正され、
直撃こそできそうにはないが、十分な至近弾となった。
「…器用じゃな…」
ジジイがそう言った直後、巨大な火球が出現し
塔の上半分は消し飛んでいた。
そしてそれ以降、攻撃はぱったりと止んだのだった。




