残機1コ減る
私は今後について考えを巡らせていた、橋の下を拠点にするという案は却下になるからだった。
ここは事故現場だ、明るくなれば当然人が集まってくる。目撃者、関係者と思われると危険だ。
いったん離れて、朝野次馬が集まり出した頃に戻り、野次馬が帰るのに交じって街に侵入する。
野次馬が数人だけとか、全員顔見知りとかの時点で破綻してしまうが、第ニ案として採用した。
そして第一案は今からすぐ取り掛かる必要がある、現地通貨を手に入れる絶好の機会だからだ。
ターゲットは財布、恐らくは腰に付けた巾着袋でその中に硬貨が入っている、そういう想定だ。
私はワンピースの両端を腰の部分に結び、靴を脱いだ。川幅がある為か水深はそれ程ではない。
靴を両手に持ち明かりを目指して前進する。今は夏なのだろうか、それ以前に季節はあるのか。
暫くして中央の橋脚に辿り着くと、靴を履いて呼吸を整える。ここから私は機械、マシーンだ。
死体まで移動する、腰を探る、財布を回収する、財布の有り無しに関わらず最初の地点に戻る。
成功だ、真夏の夜の台所にジュースを取りに行く際の対Gスキルがこんな形でに役に立つとは。
だが銅貨が数枚、どう見ても少ない。この距離ならば直視できるがあの男は多分使用人だろう。
橋脚の根元に一人だけアザラシの様な男が落ちている。服装が周りの男と別格、商人-本命だ。
アザラシまで移動する、腰を探る、ジャラリと良い音がする。財布を回収-重い、出来ない。
このアザラシ、財布に全体重を乗せているのだ。見上げた守銭奴よ河の渡し賃以外は私に譲れ。
死体の下に手を入れて持ち上げれば良いのだが、出来ない私は体重をかけて財布を引っ張った。
ごろりとアザラシが寝返りをうった、紐が切れた財布がすぽんと私の腕の中に飛び込んできた。
やった!と、その拍子に私は見てしまった、落下で潰れたアザラシの左半身とぶちまけた物を。
私は反射的に吐き気が込み上げ、吐いた。このインターフェイス、条件反射まで対応するのか。
感心している場合ではなかった、喉が詰まったのだ。硬い異物が喉に引っかかっているようだ。
息が出来ない、涙が出る、鼻水も出る、耳鳴りがする。この体の主は生前に石でも飲んだのか?
立っていられない、四つん這いになる、両手で喉を抑える、喉が裂ける、死ぬ、もう死ぬのか?
メリッと嫌な音がした、だが異物が動いた気がした。両手で喉を絞る、出る出せる、出てくれ。
ゴトリという音がして橋脚の石畳に異物が落下した。
その異物は鉄球で、表面には三日月のインジケータが見えた。
私は苦しみから解放された勢いで一瞬呆けていた、そして呼吸が再開するとざぁっと青ざめた。
私は襟ぐりを掴み、自分の胸元を確認した。心臓の位置にインターフェイスがちゃんとあった。
もう一度異物の方を見た、そこにあるのは五芒星ではなく、三角形の刻印がある金属球だった。
予備だ-確信した。これがおっさんの言っていた残機に間違いなかった、すっかり忘れていた。
私は残機を拾おうと-拾えなかった。金属球は橋脚の石畳の中にすっぽりと埋まっていたのだ。
金属球は三角形の刻印とインジケータを残し、それ以外の部分は全て石畳の中に埋没している。
何が起きているのか、まさかこの世界の人間の胃液は強力な酸性で、石畳に穴でもあけたのか?
だが、吐しゃ物周辺は溶けていない、何よりも穴の形がコンパスで引いたような真円であった。
まるで、鉄球自身が自分に合わせて掘ったかのように。
とすれば、この埋まる現象は鉄球-インターフェイスの機能、つまり「仕様」だと考えられた。
考察をしている場合ではない、まずはどうやって取り出すのかを早急に考えなければいけない。
最大の問題は穴のサイズが鉄球のサイズとぴったり過ぎて、指をかけるところが無い事なのだ。
四角い穴であれば角に隙間が出来たのだが、恐ろしいくらいの真円で隙間が何処にも無かった。
最初に私は鉄球を指で回転させた、裏側に窪みや突起があれば掴む事が出来る可能性があった。
だが月の裏側のようにはいかず、実に見事な鏡面処理が施されている事を確認しただけだった。
次に私は河から水を汲み、何度か穴に流し込んだ。浮力が働いて浮いてくるかも知れなかった。
結果僅かに浮き上がったが、浮力ではなく刻印部分が水に沈むのを回避しているだけに見えた。
最後に私は吸盤で吸い上げる事にした。表面が滑らかである為、吸盤が有効であると思われた。
私は這いつくばり、鉄球に接吻をした。
何故かって?今あるもので吸盤といえば私の唇しか無かったからだ。
全てが徒労に終わり、私は勘案していた。うまくいかないのは明らかに道具不足のせいだった。
例えば浮力の方法では、水以外の、より比重の高い-水銀とかならうまくいく可能性があった。
吸盤の方法の場合、吸盤以外にトリモチを使うという手も考えられる、道具が足りないだけだ。
そう考えた私は、穴を隠して後日回収する事にした。川砂を穴に被せ、周囲にも撒いていった。
事故の死体回収で橋脚周辺を詳しく調べられないよう、アザラシを橋脚から引き離そうとした。
その時、橋脚の影になっている部分で何かが動いた。
何か居る事は間違いなかった。私の対Gスキルは視界の端で動く小さな影でも見逃さないのだ。
暫く影の部分を凝視し何分か過ぎた頃、動きがあった。影の中から数人の男がぬるりと現れた。
男達は黒ずくめの出で立ちで、身軽だが武装しており、短弓や短剣を所持しているのが見えた。
男の一人が、何かを言った後、右手を前に出し手の平をこちらに向けゆっくりと近づき始めた。
そのジェスチャーは我々の惑星では待てになるが、手の平から魔法が出ない保証がどこにある。
そう思った直後、私はその男の後ろにいるはずの、残りの男達の影が減っている事に気付いた。
私の意識が一人に集中した瞬間に動いたとか、何処の忍者だ。これは回り込まれるパターンだ。
よし逃げよう、勝ち目は無い。私は体を左に捻ると、男達を右手に見ながら全力で走り出した。
ここは橋の中央の橋脚だ、石畳の周囲に若干堆積した砂地があるだけですぐ目の前は河なのだ。
視界の右隅で橋脚の裏から弓を引いている男が見えた。直後何かがシュッと私の鼻先を擦った。
危ない、背中を見せて逃げていたら後頭部にもらっていた。あいつら殺す気満々だったわけか。
河に飛び込んだ、泳ぐ事はしない、私は位置を悟らせないために潜ったまま流される事にした。
数分経った頃、意を決して水面に顔を出した。真っ暗で何も見えない、星空だけが瞬いていた。
河の流れと垂直に歩き出し、暫くして川岸に辿り着いた。静かだ、追っては来ないようだった。
土手を登って反対側の木の根元まで移動した。ここは土手の上からは枝葉の影で見えない筈だ。
そして私は眠りについた、もう疲れた。




