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ゴーレムの仕様書  作者: suzuki
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決裁

 『蜂の巣をつついたような騒ぎ』というのはこういう事を言うのだろう。


 顕造(ビルダー)派達の地下世界、第ゼロセクターは今、無秩序に走り回る人々の群れでごった返している。

 むしろ、巣を掘り返された蟻のような状態といった方が近いかもしれない。


 城壁の上には急ごしらえのやぐらが設けられていて、私はその上から城下の様子を眺めている状態だ。

 私の両脇にはターレン先生と、ユーシャがいて、今起きていることを伝えてくる。


「昨日の政変についてはほぼ周知が完了しており、各セクター共々体制の変更が完了しております」と先生。


「ずいぶん簡単に言いますが、一日で変えてしまえるものでしょうか?」


「元々準備がございました。 みなが納得できるトリガーが無くて足踏みしていたところだったのです」とユーシャ。


 承知済みとはいえ、体良く利用されたなぁ…と感じながら城下の様子を眺める。


「しかしどう見てもこれは…『大☆混☆乱』の様相ではないでしょうか…」


「書面上の変更は完了しています、管理階級としては完了の認識です」と先生。


「あとは現場の対応ですので我々は見守るのみです」とユーシャ。


 うーん…この、 現場可哀そう感…


 城下では、あちこちの建物の窓から、いろいろなものが投げ捨てられている。

 時たま人間に見えるようなものも窓から飛んでるんだよなぁ…。


「ユーシャさん、貴方は『現状を変えたい』と言っていましたが、これでどのように変わるのでしょう」


「まずは、正統思想派からの殲滅を逃れることが出来そうです。 これが一番大きい」


 ユーシャによると顕造(ビルダー)派達は、過去たびたび『殲☆滅』されているらしく、

 殲滅のたび、イチからやり直しとなって壮大な無駄を被っていたとのこと。


「今回、史上初の『よーし、やられる前に逃げちゃうぞー!』作戦が発動したのです。

 ダッタ総帥の元では絶対承認されなかったでしょう」


「作戦名…それで合っていますか?」


「はい、元は『秘匿第一〇二八番:ヒト号作戦』と呼称されておりましたが、

 この作戦は一般市民が主体となって行うため、目的と行動が明確に伝わる名称に変更されました」


「サリーさん?」


「あ、はい、そうです。 役人の頭ではなかなか良い名称が浮かばず困っていたところ、

 あいつが突然言い出したんですが、そのものズバリ過ぎて逆にこれで良いのでは…となりました」


「たしかに分かりやすいですね…」



「オマタセ!」


 走り寄る音と共に電子音声が聞こえる。


 軽装の集団が私の前に跪くと、そのうちの一人が報告を行う。


「チーム『ヤサカ』、これより第七チャンバーへ向かい、出立いたします。

 明朝、冒険者を装ってダンジョンより北の街『ノースフェイク』へ浸透、

 その後登山装備に切り替え、山禍(さんか)の山へ向かいます」


 私は、その横で唯一跪いていない少女に話しかける。


「ジョー、山禍(さんか)との交渉頼みます」


「マカサレテ!」


 寝たきりのサワンを、急ぎとはいえ、いきなり第七チャンバーから山禍(さんか)の山へ連れて行くのは無理がある。

 まずは先遣隊を送り、北の山禍(さんか)達に渡りをつける必要があった。


 当然、山禍(さんか)達とイミグラントとの間でまともに交渉ができるわけがないので

 今回、ジョーが同行することになったのだ。


 交渉という名の、実質「お願い(強制)」をするために。


「イッテラ!」


「行ってらっしゃい、ジョー」



 さて、交渉が無事終わって、サワンの治療、特に輸血のめどが立ちさえすればとりあえずは一安心となるはず。


 止血から既に数日経っているので血液量(血漿)は回復しているが、血球の回復には通常数週間もかかる。

 サワンは今、薄い血で酸素量を補うために、寝たきりでありながら心拍数が上がりっぱなしの状態だ。


 あの肥満体でこのまま心臓への負担が続くのは正直よろしくない。



「サワンが心配です。 幽閉塔へ戻りたいのですが」


「申し訳ございません、現状非常に難しくなっております」と先生。


「何故でしょう?」


「城門前をご覧ください、いくつもの集団が列をなしているのが見えるでしょう?

 実は『逃げる』にあたって『逃がすもの』の優先順位で現場が争い始めており、その決裁を求めて城に集まって来ているのです」


「役人が対応すればよいだけではありませんか?」


「列の周りに黒いローブの魔法使いの集団が見えますでしょう、あとその手にある黒い箱、そう、魔素流速計です。

 情報操作は行ったのですが、使途様の存在は早々に見破られてしまいまして」


「貴方の決裁でないと納得しない…そういった集団が出始めたのです」


「え―…」


――――


「次のもの、入れ」


 場内にある騎士の鍛錬場が解放されており、そこで優先順位の決裁が行われている。

 その二階に専用スペースが設けられ、役人の決裁に異議申し立てのある者が大金を叩いてまで私の決裁を受けるために並んでいる。


 小綺麗なドレスの上にストールを羽織った女主人が入って来て跪く。


「逃がすものを提示せよ」と役人


 女主人は小脇に抱えていた小箱から中のものを取り出すと、伏せたまま頭上に掲げて見せる。


 その手の中には、小さな赤い靴が乗っていた。


「何、靴? そんなもの最後でよかろう!」と一蹴する役人


「お待ちなさい。 貴方、恐らくですが、靴そのものではなく、素材や技術の話ではありませんか?」


「…仰せの通りです。 この靴は人の皮で作られております。 正確には私の皮です」


 そう言うと女主人はストールを外し髪を上げ、背中を向ける。

 女主人のドレスはバックレスとなっており、そこにはきれいな背中が見える…が、少し違和感を覚える。


「皮膚の移植…ですか」


 女主人は幼少の頃、背中に熱湯を被り火傷を負ったらしい。

 それまで優しかった家族は「これではもう売り物にならない」と激怒し、幼かった彼女を街の隅に捨てたのだと。


 ろくな治療もされず、街の壁の傍で死ぬのを待つだけであったが

 その時現れた「地底人」と名乗る男と「実験台になる代わりに、うまくいけば生き残れる」という取引をしたとのことだ。


「その後、地上にいる斥候から私に妹が出来たと知りました。 その時靴を二足作って片方を送ったのです」


「妹さんは大丈夫だったのですか?」


「はい、送った靴が効いたのか、大事に丁寧に育てられたと聞いております。 売る際も相手を念入りに調べた末だったとか」


 …良い話だなー、売るってのはともかく。


「大変有益な技術と感じます、優先度『高』が必要でしょう」


「ありがとうございます、大変光栄に存じます」


――――


「次のもの、入れ」


 背の高い、筋肉質で、それでいてグラマラスな女性がスッと入って来てスッと優雅にかしずく。


「逃がすものを提示せよ」と役人


「私自身にございます」


「何を言っておる?『改良品種』は既に『最高』に指定済みのはず」


「『最低』にしていただきたく参上した」


「何を馬鹿な! おい、術者を呼んで拘束せよ 傷をつけるな」


「お待ちなさい。 貴方、恐らくですが、何かしらの信念あっての事でしょう?」


「仰せの通りです。 …私は戦闘に特化した『改良品種』です。

 であれば『逃げる』にしても我先に逃げて良いわけがございません。

 最低でも殿(しんがり)を務めなくては何のための存在か分かりません」


「お気持ちは分かりますが、貴方一人の参戦で状況が変わるものでしょうか?」


「大きく変わるのです――エクス・トラクト!」


 グラマラスな女性はスッと立ち上がり胸のメダリオンを起動する。

 メダリオンから剣や防具が抽出される…わけではなかった。


 突如体表を突き破り、胸と背中それぞれから、金属のつぼみが飛び出す。

 つぼみが腕の長さを超えて成長すると、その先がパクりと割れる。

 割れた五つの金属の花弁が体の前と後ろから頭、両腕、両脚を包み込むと

 そこには蛇腹の金属で全身を覆われた全身鎧の騎士が立っていた。


 騎士は最後に胸のと背中に残った雌蕊のようなものを折り、

 二つを繋げてこれを双頭刃の槍とした。


 この間三秒。


 聞けば、この女性の母親はかつて「強い奴に会いに来た」と称する若者と駆け落ちをしたらしい。

 そしてその間に生まれた自分は特殊なメダリオン特性を持っていたため『改良品種』と呼ばれているのだと。


「私には双子の姉がいます。 祖父に会いたいと地上に出てしまって久しいのですが、

 『殲滅戦』になったらあの子も動員されてここへ来るかもしれません。

 そうなれば、もしかしたら、あの子に会えるかもしれません」


「なるほど、そちらが本音ですか」


 良い話だなー。


「本来はダメなのでしょうが、優先度『低』で殿(しんがり)の部隊へ配属頂けますか」


「使徒様の命とあらばそのように」と役人


「ところで、貴方。 お姉さんに会ってどうするのですか?」


「ボコります」


「え?」


「拳で語り合います」


「ええ…?」


「スペックが同じ過ぎて『色違い』などと呼ばれていた汚名を返上します!」



――――



「「「殲滅、浄化!、殲滅!!」」」


 冒険者組合の建物の前では老若男女が腕を振り上げシュプレヒコールを繰り返している。

 そんな人混みを器用にすり抜け、ユミは冒険者組合の中に入り最上階まで音もなく駆け上がる。


 ユミはパーティ『ヤブキ』が詰めている部屋で階下の様子を伝える。

 

「毎日毎日懲りないねぇ…」

 

「あれはもう放っておいたら良いよ、それよりもさ…『緋き朦(あかきおぼろ)』が来てる」


「「えっ、焼き豚が?!」」


「しっ! 声が大きい」

 

 緋き朦は悪名高い混成旅団だ。地方討伐での常連であり、崩壊した部隊の生き残りを吸収して成長し続ける焼け太り部隊――通称、焼き豚だ。

 何か月か前『リンカ』での山削りに大々的に参加して大失敗、その後散り散りになったって聞いたが、また焼け太ったのか。


 階段をトントンと上がって来る音がしてすぐ、ケンがスッと部屋に滑り込んでくる。

 

「みんな良く聞いてくれ、ゲートはまだ閉鎖中――なんだけど、いつの間にかゲートの外に魔装馬車が沢山駐機してる」

 

「「えっ!」」


「その中にオアツラエ施設長が乗ってきたのと同型が少なくとも一〇機はあった。」


 それはつまり、重装甲魔法騎士が一〇体、この街『ウェスタンディジタス』に派遣されてきた可能性があるのだ。


「それだけじゃない、荷馬車も結構な数あったんだけど、

 荷馬車というより投石機(カタパルト)のパーツに車輪がついただけにしか見えないのが結構あったんだ」

 

「『リンカ』の公開実験の時のアレか、大型弩砲(バリスタ)はどのくらいあったんだ?」


「ゼロだ、一つもない」


「「…それって」」

 

 ケンは机に突っ伏して息を吐きながら言葉を絞り出す。


「考えたくはないんだけどさぁ…、

 下のふざけた戦意高揚シュプレヒコールだろ?

 緋き朦(あかきおぼろ)丸ごとなら、ぶっちゃけ三千人強の戦力だろ?

 さらに重装甲魔法騎士一〇体とかいう過剰戦力だろ?

 挙句、組み立て式で、ダンジョン内にも持って入れる投石機(カタパルト)とくれば…」


「もうバレてんじゃない?」とホッコ


「バレてなかったとしても、重装甲魔法騎士の感知器で遅かれ早かれバレるなこりゃ」とオーノ


「マウントを解除したらその時点で仕組みがバレるよね……詰んでる」とユミ


「いや、詰んでない。 一番まずいのは第三チャンバーのマウント境界に穴を開けられてDUMBに侵入されることだろ?」


「そうね、そのうえで魔法使いにトラックとセクタ番号を検出されたら詰みね」


「第ゼロセクターの物理位置だけは知られたくないな」


「決まりだ、僕らだけで緊急マウントを解除をやろう。 みんなを守るんだ」


――――


「オアツラエさん、感謝の念に堪えません。 まさかこれほどの用意をしてくださるとは、はは! 驚きです」


 ウキヨ捜査官はゲート詰所でオアツラエに礼を述べる


「いえ、私には何の力もありません。 知人が尽力してくれた結果です」


「彼らを泳がせておいた甲斐がありました。 これを見るなり真っ青になっていましたからねぇ。

 若いですから、今日の夜にも動きがあるかもしれません、嗚呼、忙しくなるでしょう!」


 そう言うとウキヨ捜査官は一礼し、詰所を飛び出すとあちこちに張り込ませていた部下を

 招集してダンジョンへ走っていった。


 少し間をおいて詰所横の扉がキィと開く。


「久しぶりだな、セイシン」


「ほんとですよ、何してくれてんですか? 重装甲魔法騎士を持ち出すとか!

 私を通してくれれば! ホラ、ご覧の通りごっそり持ってこれるというのに!!」


「その節はすまなかった、最悪の最悪を想定してだな」


「で、最悪の最悪の最悪の最悪くらいの事が今起きてますよね!?」


「…正直すまんかった」


「はぁ…… 使徒様をロスト…、お二人も。

 しかも、顕造(ビルダー)派に拉致られてる可能性大…

 歴史に名を残しますよ…、悪い意味で」


「…顕造(ビルダー)派からの声明はないのか?」


「ないですね、不気味なほどに静かです」


「まさか使徒様に気づいていない? いや、もしくは気づいたうえでしらを切るつもりか…」


「とにかく、痕跡を残した連中の自業自得ですね。 殲滅戦の実行は不可避です」


「あのファンガル副局長がここから引き下がることはありえんしな、あとは程度と落としどころか…」


「ヤブキでしたか、そのチームに接触は? 顕造(ビルダー)派で間違いないのでしょう?」


「今はウキヨ捜査官が邪魔でな。 彼等とはまだ施設の館長と生徒の関係だ」


「ちなみに」


「なんだ」


「部隊をここに集めたということは、『此処』に拠点がある、そこは大丈夫なんでしょうね?」


「ウキヨ捜査官は確信を持っているそうなのだが、根拠はまだ明かせないらしいのがな…」


「ええ…大丈夫なんですか、それ?」


――――


「次のもの、入れ」


 猫耳と二又の尻尾と首輪をつけた女性が入って来る。


「ゲフン、ゲフン。 逃がすものを提示せよ」と役人


少女が少し大きめの木箱をよいしょと開けると、中には同じようなの変身セットが入っている。


「この職人技を見て欲しいのにゃ、 これが優先度『最低』とかお目目腐ってるのにゃ!」


「うん、最低」


「がーん!!

 ま、待って欲しいのにゃ!

 コレなんて尻尾の揺れが接合部に反映される悩ましいギミック付き! 職人自慢の一品にゃ」


「最っ低」


「そんなぁ、このままじゃ地上の奴らに見つかって安易なパクり商品で溢れちゃうにゃ…」


「お待ちなさい。 貴方、今何と言いましたか」


「…安易なパクり商品で溢れちゃうにゃ…」


 【考え中】

 ・優先度低くした結果…最後の方まで第ゼロセクターに残っている

 ・殲滅戦で地上人が攻めてきた結果…コレが見つかる

 ・見つかった結果…戦利品として、話のネタとして広まる

 ・広まった結果…地上にこんなのが溢れる


「前言撤回です、『最優先』、最優先でお願いします」


「…使徒様? 『最優先』という区分は無いですにゃよ??」


「ぐっ、さ、『最高』です、最高でお願いします」


「やったー!! 使徒様から『最高』いただいたにゃー!」


 脱兎のごとく去っていく猫耳。

 脇では役人がプルプルと笑っていた。



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