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ゴーレムの仕様書  作者: suzuki
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狂気


「何故、異端に手を貸すのですか」

 

 夜、幽閉塔の頂上の部屋で寝たきりのサワンが声を絞り出す。


「さっちゃん、貴方を助けるためです。 と言いたいところですが、つまるところ貴方に死なれると困る私の都合です。

 つまり、私の我がまま第五弾ということです」


「第五様、代償が大きすぎます。 異端に生き延びる機会を与えるなど、あってはならないことです」


「さっちゃん、私としては自分と意見が異なる者と離別するならともかく、これを排除するという思想には賛同できません」


「恐れながら第五様は異端がいままで何をしてきたのかを詳しくご存じでないからこそ、そう思われるのでしょう…ごほっ、ごほっ」


「さっちゃん、無理をしてはいけません」

 

「いえ、聞いてください。 貴方は知らねばなりません、奴らの狂気を――」


――――


 冒険者組合の建物の前にお立ち台が出来ている。

 そのお立ち台の上では老齢の女性が涙ながらに訴える。

 

「私の娘は五歳の時、『靴』になりました!

 娘が神隠しに会い、涙に濡れ、それでも夫と再び歩き出し、新たに子を授かった時、これは送られてきました!」

 

 老齢の女性は小さな木箱を傍にいた―おそらく協会関係者―に手渡す。

 協会関係者は木箱から、鮮やかな赤い靴と、メッセージカードを取り出し、それを読み上げる。

 

「おめでとうございます、これは我々から妹様へのお詫びの品です」


 老齢の女性は泣き崩れる。

 教会関係者が補足を行う。 調査した結果、この赤い小さな靴は人の皮で出来ていたことが分かったのだという。


 お立ち台を囲む、多数の冒険者、市民に怒気が広がっていく。

 老齢の女性の次に、杖を突いた男性が入れ替わりで現れる。

 

「儂にもかつて娘が居た、体動かすのが好きで、背の高い、街でも評判の元気な娘じゃった」

 

 市民の中で、おそらくその娘を知っていたであろう老齢の集団から鳴き声がする。


「娘もある日突然姿を消した… 考えたくはなかったが、そうなのだろうという覚悟はしていた…。 十数年経った頃、これが送られてきた」

 

 杖を突いた男性は大きな封筒を協会関係者に手渡す。

 協会関係者は封筒から、書類の束を抜き出し、その冒頭を読み上げる。

 

「おめでとうございます。 娘様は身体能力において大変優秀で、交配による品種改良のブレイクスルーとして期待通りの結果を出されました。

 お孫様は双子であり、本年、当時の娘様と同じ年齢となりましたので片方を祖父殿にお返しできる運びとなりました。

 身体的特徴を記載しておりますのでご希望を記載の上、下記の方法で冒険者組合の依頼票に混ぜてください。

 ※追跡対策のためこのような連絡方法となります事ご容赦ください」


 お立ち台周辺の怒気が高まっていく。

 教会の男はすさかず声を荒げる。

 

「嗚呼! おぞましいことに彼らは『愛』を! 人間の『尊厳』を! 理解、できないのです!

 人間であるために必要なものを彼らは持っていない、こんなことがあるのでしょうか? あって良いはずがないのです!

 我々はおっさん()の完全性を貶める彼ら――人間の皮を被った畜生――の存在を許してはおかない!

 殲滅! 殲滅し、浄化する他ありません!」


「「「殲滅、浄化!、殲滅!!」」」


 冒険者組合の建物の前では老若男女が腕を振り上げシュプレヒコールを繰り返している。

 そんな人混みを器用にすり抜け、ユミは冒険者組合の中に入り最上階まで音もなく駆け上がる。


 ユミはパーティ『ヤブキ』が詰めている部屋で階下の様子を伝える。

 

「えっ? 良い話じゃないか、何で怒ってんだ?」

 

 オーノの素直な感想に、ケンは肩をすくめて見せた。


――――


「まあ! こんなお化粧の難しい人は初めてです」

 

 翌朝、ターレン先生が連れてきたメイドのような方が頬紅のブラシを器用にくるくる回しながら言う

 

「貴方、お顔に特徴が無いのね、だからなのね」

 

 メイドが独り言ちている。

 

 私はこれからターレン先生と共に「総帥」だの「評定委員」だのに面会するらしい。

 ぼろぼろのワンピースで会うわけにもいかないため、ある程度小綺麗にしてからとのことで

 今は幽閉塔にサワンを残し、少し街に近いターレン先生の生家の屋敷にお邪魔している。

 

 湯あみをし、ドレスをあてがい、化粧をする流れだったが、

 今はメイドの化粧が進まず、進行が遅れている状態だ。


「鼻筋が通っているけど、強調する程でもなく、抑える程でもなく、アイシャドウを入れる程でもなく…」


「貴方、手が止まってるけど、どうしたの?」


 ターレン先生が部屋に入って来る。


「お嬢様、この方お化粧はしなくてよろしいかと。 何をしても『付け足した』感が拭えません」


「紅はさしてるじゃない、もうそれで良いわ」


「いえ、これは地の色です。 湯あみの後血色がよくなりこのお色に…お役に立てず申し訳ございません」

 

「ええと、気にしないでください、ただの『平均顔』でしょうから。

 特徴のない顔は人形のように美しく見える――というのは過去に心理学者によって発見されています」


「…『平均顔』?ですか…はぁ、オアツラエさんはどれだけ気合を入れてこの依り代を探してきたのかしらね」


「大きな木箱にリボンがかけてあって、中には座った状態で固定されたこの体が入ってましたね、全裸で」


「うわぁ…」


――――


 屋敷からは馬車で街に向かう。

 馬車の中で、昨晩のサワンの様子を思い出す。

 

 あれから夜通し、サワンがその狂気とやらをとくとくと語ってくれたのだが

 つまるところ、よくあるサイコパスの類と思われた。


 サワンには、そのタイプの人間はいくら排除しても必ず一定数生まれることを伝え、

 自分が居た世界では彼等にも人権は保障されていた事を伝えたのだが、うまく伝わらなかったようだ。

 朝、絶望した表情をしたサワンをみて少し不安になり、戻ったらもう一度話をしようと伝えたのだった。


 そうこうしているうち、急に街道が細くなりはじめ、馬車が通れなくなった。


「ここからは旧街区となります、申し訳ありませんが、城門まではしばらく徒歩となります」


 御者の声で侍従が馬車の扉を開き、促されて降りる。

 今の私はマーメイドのドレスで髪は後ろに軽く束ねただけの出で立ちだ。

 もう特に、何もしない方が綺麗に見えるとの理由でこうなったらしいが、一束だけ髪を体の左前に流してあるのがメイドの最後の抵抗らしい。


 ターレン先生と侍従、幾人かの護衛に囲まれて旧街区を進む。

 旧街区の通路は狭く、暗く、路地裏など入り組んでいる。

 通路に人影はないが建物の二階の窓などが薄く開いており、いくつもの視線を感じる。


 そのまま無言で歩いていると、小さな声があちこちで聞こえてくる。

 

「透き通った肌、あの皮膚で靴を作ればいったいくらの値が付くのか」

「整った人形のような顔、是非夜会のマスクとして貴人に上納したい」

「あの輝く目をくり抜き、瓶詰とすれば辺境伯のコレクションに花を添える事だろう」


 常々思うが、イミグラントって他人の体を普通に売ろうとするよな…。

 自分たちの中世もこんな感じだったんだろうか?


「…ここ、旧街区は、都市防衛のためにわざと残してあるのです。 区画整備が進みすぎると敵の機動戦の助けになってしまいますから」

「それに城を取り囲まれる事態となっても、この旧街区に敵が居てくれれば躊躇なく反撃できますからな」


 ターレン先生と侍従がとりとめもなく旧街区の説明を始める。

 此処は有事の際には見捨てられる予定の場所らしい。 ゆえにその住人もそのレベル、との事を暗に言いたのかもしれない。


 旧街区はそれほど長く続かず、さぁっと開けた場所に出ると、途端に雰囲気が変わってしまう。

 城壁とそれを取り囲む堀が見え、目の前には巨大な城門と降りた跳ね橋が見える。

 街路樹が魔法照明による疑似日光を浴び、掘の水面はきらめいている。

 

「うわぁ、別世界…」

 思わず口に出る。

 

 跳ね橋を渡ると城門前にはユーシャとお連れの七名が立っていた。

 手続きを経て城門をくぐると、新しい馬車が用意されていた。

 城門からキープ(天守)へはこれで向かうらしい。


「遅かったな…何かあったのか?」

 揺れる馬車の中でユーシャがぼそりと言う。


「お化粧に時間がかかったのですよ」


「大変だな、実はこっちも化粧直しでちょっと手間取った。 が、何とかなるだろう」

 ユーシャは屋形の窓のカーテン越しに馬に乗って並走する彼女たちを見やる。

 彼女たちは顔の一部に塗りたくった跡があったり、長袖になっていたり長ブーツになっているなど、極力肌の露出を避けていた。

 おそらくだが傷跡を隠しているのだと思われる。

 

「では、手筈通りに」

 

「すみません、私はその総帥?に会った際、どのように立ち回ればよろしいのですか?」


「立ち会いは強く当たって、後は流れでお願いします」とユーシャ。


「はい?」と私。

 

「状況が重要なのですよ。 内容は気にしていただくとも一向にかまいません、お好きにやっちゃってくださいませ」


――――


「ヴァカ・デシター総帥、ヴァカ・ダッタ様、御出座し候―!」


 近衛のラッパとともにスキンヘッドの大柄な男が長い法衣を引き摺り登壇する。

 私とユーシャ、ターレン先生は登壇から一三段下の位置でひれ伏している。

 総帥とやらが声をかけるまで、この姿勢を保たないといけないらしい。


 ユーシャの剣士達は二八段目で待機させられているが特にひれ伏していない。

 フレッシュゾンビである彼女らは『モノ』だから必要ない。そういう事らしい。


「おもてを上げい」


「偉大なるエロ禿親父どの、ご所望の美姫を連れて参りました」


「「ターレン姫、プチご乱心!」」


 総帥の左右に居る近衛が腰の剣に手をやるが、ターレン先生が両掌を肩の高さに上げてヒラヒラすると

 総帥とやらも手のひらを左右に軽く振った。 すると近衛たちは剣を仕舞い、定位置に下がった。


「ふむ、着飾っておるようだが、ここからではよく見えんな。 登ることを許す、近う寄れ」


 私はゆっくりと段を登り始める、ユーシャが続こうとしたが近衛が一括しそれを許さなかった。


 今五段くらい登った。 よく見てみると、八段目くらいから向こう、総帥の最上段までの段の左右には

 赤いローブの年寄が並んで立っており、こちらが登って来るのを待っている。


 上から四段目に着くと近衛からそこで『待て』と告げられる。

 私は立ち止まり、三段先の総帥を見る。

 法衣に身をまとった長身の禿は、顎を撫でていたその手で口を押さえたままこちらを凝視している。


「あらあら、ちゃんと『待て』が出来るのでちゅねー、賢い子でちゅねー!」

 

 突然右側から気色の悪い裏声がして、身の毛がよだった。


「犬耳が良いじゃろか、いや猫耳か」


「この娘なら狐一択じゃろ、顔は犬系、目は猫系じゃし」

 

「待て待て、まさか尻尾は九本つける気じゃあるまいな」

 

「いやいや最終的にはそうかもしれんがまずは二本から」

 

「首輪は何色が似合うかのぅ」

 

「首を痛めるしハーネスがよろしいじゃろ」

 

「ハーネスはのう、年寄りには刺激が強すぎての」


 左右四段、計八名の赤いローブの年寄から身の毛のよだつセクハラ発言が相次ぐ。


「評定委員諸氏、この娘は『下ごしらえ』前だぞ、言葉を選ばんか」


「しかし総帥、ワシ等も『お預け』を喰らっている身、辛うございます」

「早々に『処置』いただきたいですじゃ」


 あー…、察した。

 

「『処置』してフレッシュゾンビになったら、人間ではなく『モノ』なので倫理問題にならないとお考えですか」

 

「そうだが?」

 総帥即答であった。

 

「そういうのは当事者同士の趣味が合致して初めて成立するものではありませんか?

 それと、評定委員でしたか? この人たちの倒錯趣味を満たす見返りとして

 チャンバーなどの運用を承認している、そういう認識でよろしいですか?」


「んまぁー賢い子でちゅねー!」

 いや、右の裏声爺ィ黙れ。


「ふふん、気丈な娘よ。 『下ごしらえ』前に面会した者は例外なく赦しを乞うたものだがな」

 

「私のどこに赦される必要がありますか?」


「ははっ、気に入った。 どこまで持つか試してやろう」

 

 そういうと総帥は立ち上がり、二段降りて私の前まで来た。

 両手で私の頬を撫で、首、胸元と下り、マーメイドのビスチェに手を掛けると一気に引き下ろした。


 そして、固まった。


 総帥の顔に脂汗が浮かぶ。首から上が真っ青となり震えながら声が絞り出される。


「お…お赦しください…」


「貴方のどこに赦される必要がありますか?」


「…お、お戯れを!…私の罪の全てを白状させるおつもりか…、はっ!? ターレン!」


 突如、総帥は段を駆け下り、一三段目のターレンに向かって走りだす。


「ターレン、今よりお前が総帥だ、すべて任せる! お前が何とかするのだ、あっ!」


 総帥は足をもつれさせ、転倒する。

 ターレン先生に伸ばした手は宙を切り、総帥の体はターレン先生とユーシャの間を抜け、転がり落ちていく。

 その体は二八段目、棒立ちで立っているユーシャの剣士たちの前でようやく止まる。

 剣士たちは足元に転がる肉塊をちらりと見、それが動かないと知るとまた前向き棒立ちとなった。


 えっ、死んだ? なにこの急展開。

 周りを見ると、周囲の評定委員はすでに全員ひれ伏しており、

 裏声の老人は何度も頭を打ち付けた挙句、耳などから出血し動かなくなっていた。


 ターレン先生たちを見るとそこには不敵な笑みが浮かんでいた。


「ヴァカ・デシター新総帥、ヴァカ・ターレンが命ずる、使徒様を侮辱した評定委員共を捕らえよ!」


 最上段に控えてきた近衛が飛び出す、何故かいったん私を通り越して八段目まで降りてから振り返り、

 改めて登り直して老人たちを捕らえ縛っていく。

 

 ターレン先生が段を登って来る、私のビスチェを直し、私を最上段に連れていく。

 私は先ほどまで総帥が座っていた椅子に座るよう促され、ターレン先生とユーシャはその両脇に立った。


「先生、『流れ』という事でしたが、これでよかったのでしょうか?」


「…おそらくは最上の結果と思われます。 当初の予定では近衛とユーシャの剣士が刺し違える予定でした」


「総帥は貴方の父だったのですか?」


「ええ、私の父は馬鹿でした。 相応しい最後かと」



 こうして、顕造(ビルダー)派達の地下世界は

 この日、唐突にトップがすげ変わってしまった。

 使徒様の御前という、誰も異を唱えられない状態で。




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