干渉
両手を軽く拘束されたまま馬の背に揺られて数刻が経った。
広大な地下の空間を馬の隊列が流れる。
その空間は薄い青空とわずかな雲、地平線にいくつかの高地、それ以外はただひたすら岩盤の大地だった。
振り返るとはるか遠くに、第四チャンバー入り口の穴と私が掘った墓穴が並んだ黒い点となって見えている。
ふと、何もないところで隊列が止まる。
馬に乗ってきた作業班たちは次々と馬を降り、荷を降ろし始める。
休息をとるのかと思ったが、作業班の隊長が空間に手を掛け、その手を引いたとき
そこが壁であり、ドアであることを知った。
「これは―絵―ですか」
「はい、私たち顕造派の住処はロストワールドではなく、こういった天然の地下空洞になります。
地下水による浸食ののち、水脈が枯渇した場所を選んで開拓しているのですが
地下生活での閉塞感を誤魔化すため、魔法の明かりと風以外にもこういった工夫をしているのです」
ユーシャが馬から降りる私を左手で支えながら答える。
「恐れながら、先ほど問われました第三チャンバーは、ここから八セクターほど離れたエリアにございます。
チャンバーは稼働可能になった順にナンバリングされてきたため、番号と所在位置に相関性はございません」
「つまりここから遠いのですね」
「仰せの通りです」
ジョーを隠した植木鉢を大事に抱えたターレン先生が頭を下げる。
その後ろでは七名の女剣士が棒立ちで待機しているのが見える。
壁のドアをくぐるとその先はトンネルとなっており、ダンジョンのパスに似ている。
少し進むと分岐点に差し掛かった。
分岐の天井からは案内板が吊り下げられており、向かって正面が「DUMB」、右への分岐は「DOCK」と記されていた。
「クニコ、ヒロコはその山禍を運んでくれ。 サリーはお前と残りをリペアに回してくれ」
「よーし、医者はどこだー!」
「サリー、頭も見てもらえよ」
ユーシャの指示で、サリーと呼ばれた小柄な剣士を先頭に他四名の剣士がずるずる体を引きずり「DOCK」に向かう。
彼女らはゾンビではあるが生理学に則って動くため、負傷すると一気に能力が落ちてしまうようだ。
残る私たちは「DUMB」に向かって進む。
馬は途中の詰所のようなところに預け、徒歩での移動となった。
先頭は作業班の隊長が務め、作業員達が続く。
サワンは担架に乗せられ、体格の良いクニコ、ヒロコに運ばれており、
その脇に私、ユーシャ、ターレン先生が並んで歩いている。
「気になるのですが…、DUMBは『おバカ』という意味ではありませんでしたか?」
「は、はい。 神代のアルファベータ文字では確かそのような意味だったかと」とユーシャ。
「実際は『深地下マウント基地群』のアルファベータ文字の頭文字を取ったものとなります。
私たち顕造派にとって此処が地上との国境線、最前線の基地となっています」とターレン先生。
「基地ですか、軍事的な施設という事でしょうか?」
「自衛のためです。 見つかっただけで殲滅対象ですからね」
「それだけの事をしてきただろうが『異端』ども…ごほっ、ごほっ!」
「さっちゃん、喋ってはいけません」
「第五様の御心のままに――ですが、耳をお傾けになる以上は、よく問い、よくよく審神者なさいませ…」
「さっちゃん、心得ておきます。 それで、ターレン先生、なぜ『異端』なのでしょう?」
「地上の錠体教会の主流、『正統思想』から外れている。 ゆえに『異端』ということですね」
「『正統思想』とは何ですか」
「…! 驚きました。 オアツラエさんは伝えていなかったのですね…。 『正統思想』というのは――」
要約するとこうだった。
・おっさんは我々人間を次のステージへと上げようとされている。
・次のステージへの道標として未然(=次のステージで起きる事)を知る『使徒』様を遣わされる。
・我々人間は『使徒』様の体験をこの世界で再現して効率よくトレース学習する義務がある。
「それに対して『異端』の俺達のスタンスってのが――」
・おっさんは我々人間を自立させたいと考えている。
・そのために必要な知識、知恵を持った『使徒』様を遣わされる。
・我々人間は『使徒』様から学び、自分で諸問題を解決できる力を身につけなければならない。
「なるほど、大前提が大きく異なるのですね。
『正統思想』は与えられたドリルをこなし、おっさんの期待値を満たすことを使命としている。
『異端』は与えられたドリルから学び、最終的にはおっさんから独立することを命題としている。
この認識でよろしいですか?」
「仰せの通りです、この大前提の食い違いにより、我々は『異端』とされております」
「…『異端』どもはおっさんの『永遠性』を否定しています。そして独立―おっさんと同じステージに立つこと―を目標として掲げているのです。
傲慢以外の何物でもありません、 被造物である事を忘れ去ろうとしている愚か者です…ごほっ、んむっ?!」
私は担架に被さり、とりあえずサワンの口を塞ぐ。
「さっちゃん、作業員達がこちらを見ています。 彼らを刺激するようなことを言わないでください
ジョー、しばらくサワンの言葉を翻訳しないでください」
「ワカタ」
その後は無言のまま隊列は進み、トンネルをかなり下った末に広大な地下空洞へ出た。
「ターレン女史、その山禍も幽閉塔へ連れて行くので?」
「ええ、『調査』で彼女から情報を引き出すにしても、生きている状態で目に見えるところにおいておかなくては効果がありませんから」
「なるほど、先ほどの口付けを見るにあの二名の絆は確かな物のようです。 早急にチャンバーが露見した経緯、背後組織を洗い出されることを希望します」
「そのためには、急ぎ山禍の延命措置が必要となります。 バラシを寄越していただけませんか?」
「バラシですか、確かに彼女ならすぐにお渡しできます」
「よろしくお願いします」
――――
広大な地下空洞は「DUMB:第ゼロセクター」という場所で、簡単には居住区のようなモノらしい。
地下なのに空があり、雲が流れる。 中央には城があり、城壁があり、取り囲むように街や農地がある。
街区も街道も曲がりくねっており、整理されたリンカの街のような規則正しさは見受けられない。
セクターの端にそびえ立つ「幽閉塔」の天辺からはそのぐらいしか分からない。
先ほどまではサワンの絶叫で騒がしかったが、今はサワンが泡を吹いて気絶しており、黙々と治療が行われている。
少し驚いたのが、治療方法が現代医療に近いことだ。
「バラシ」と名乗った少女が持ち込んだ器具にはメスやノコ、注射器のようなものが見受けられる。
しばらくののち、バラシは口元を覆っていた手ぬぐいを外し、こちらに向きなおる。
「いかがですか、先生」
「バラシです。 炎症が進んでいるのであえて切開、排膿を行いました。
輸血が出来ればよいのですが、我々は山禍の血液を保持してはおりませんので
あとは、コレの体力次第となります」
「そうですか…」
彼女、バラシは正確には医者ではない、本来の職業は拷問官である。
この顕造派達の世界で山禍の体に詳しいものといえば彼女ぐらいしかいないのだ。
「それでは、私はこれで」
バラシが広げていた器具を畳み、退室していく。 部屋の戸を閉めた後で鐘が三回鳴る。
すると小窓から廊下に見える滑車が大きな音を立てて回り始め、ほどなくして大きなゴンドラが階下より現れる。
バラシが乗り込み、鐘を二回鳴らすとゴンドラが降りていく。
この幽閉塔には最上階と一階しか存在せず、このゴンドラと壁の内側に沿った螺旋階段でしか行き来できない。
ゴンドラは人力で運用されており、一回の乗り場は衛兵の詰所のど真ん中にある。
螺旋階段はの方は二~三十周くらい降りる必要があり、気づかれずに降りることは不可能だ。
今、この幽閉塔最上階には、私とサワンのみ。
ターレン先生とユーシャは、今回の顛末を報告するため登城しているとのこと。
報告する内容は、少し前に決めたカバーストーリーの内容だ。
正直、サワンの状態は芳しくない。
ジョーのインターフェイスのライブラリを構築するという当初の目的にはニツメル奇譚を読み解けるサワンが必要になる。
ターレン先生とユーシャにはサワンを死なせないよう命じたものの、どだい無理な命令であることは承知している。
サワンが生きているうちに第三チャンバーにたどり着き、そこから西の街『ウエスタン‐ディジタス』のダンジョンに戻る。
まずはオアツラエさんにサワンの治療を依頼する。
サワンの回復を待ち、ダンジョンに寄生しているでバイパー長老たちに回収してもらっているはずの『/usr/src』資産にてライブラリを構築する。
これが現在最良の解決方法となるが、第三チャンバーは非常に遠いところにあるらしく、サワンを無事に連れていけるか分からない。
それに、サワンを第三チャンバーから連れて帰ると、顕造派達が、マウントの技術で街のダンジョンに出入口を作っていることがばれてしまう。
『異端』として殲滅対象となっている彼らがその秘密を知られることは死活問題となるため、強行するとイコール彼らの全滅となってしまう。
私は疎開のためにこの世界に来ているのであってこの世界に干渉したいわけではない。
彼らは『異端』かもしれないが、あくまでそれは『正統思想』派から見ての異端でしかない。
私が簡単に彼らの雌雄を決するトリガーを引いて良いわけがない。
どうしたらよいだろうか。
――――
「ヴァカ・デシター総帥、ヴァカ・ダッタ様、御出座し候―!」
近衛のラッパとともにスキンヘッドの大柄な男が長い法衣を引き摺り登壇する。
俺とターレン先生は登壇から一三段下の位置でひれ伏し、お声をかけていただくのを待つ。
頭上から法衣の絹がすれる音がする、形だけではあるが、側近から渡される報告書に目を通していると思われた。
「おもてを上げい」
「偉大なる総帥、此度の緊急マウントについてご報告に参りました」
ターレン先生が報告を始めようとすると、総帥は平手でそれを制した。 総帥は俺を一瞥する。
「おおユーシャよ、失敗するとは何事だ」
「大変…申し訳ございません」
「評定委員から突き上げを食らっておる、代わりはいつ用意できるのだ」
「北の街で候補が一名おりますが、次にダンジョンに潜るタイミングが一ヶ月後となります」
「遅い!」
「…申し訳ございません」
総帥はターレン先生に向きなおる。
「ターレン、予備を連れてきていると聞いたが?」
「はい。 ですが、今回なぜチャンバーの仕組みに気づかれたのかを探るため幽閉中となります」
「その者―大変な美姫―だそうだな」
「え?」
「連れて参れ」
「は?!」
「評定委員共を黙らせる必要がある、連れて参れ」
「あ?!?!」
ターレン先生が立ち上がり、腰のワンドに手をやったため近衛が飛び出し抑えつけた。
「「ターレン姫、ご乱心!」」
分かる―。
相手が使徒様でなければ、先生も「はいはい」で済ませたんだろうけどな。
――――
魔法的照明により、空が日暮れの状態になったころ、幽閉塔の鐘が四回鳴った。
滑車が回りだし、上がってきたゴンドラにはターレン先生と、ユーシャが乗っていた。
「報告はどうでしたか」
「使徒様、お願いがございます」
「―何でしょう?」
「私に利用されてくださいませ。 必ず良きようにいたします」
ターレン先生の横でユーシャが頷く。
「俺は先生に協力することにしました。 現状を変えたいんです、その切っ掛けになってくれませんか?」
私は、先生とユーシャが跪いて懇願する様に面食らう。
「落ち着いてください、話が見えません、どういうことですか?」
彼らの言い分はこうだ。
・山禍との接触が少ない顕造派達の技術ではサワンの治療は難しい。
・理想は地上に出て山禍自身の医師に診てもらう事である。
・第三チャンバーから戻るとマウントの件が露呈するため、難しい。
・北の街の第七チャンバーは今稼働中であり、地上につながっている。
・ただしチャンバーからの人員の出入りは厳重に管理されており、今地上に出ることは難しい。
・管理は厳重だが、支配層の特権を使えば第七チャンバーを開けさせる事が出来る。
「この特権の奪取のため、使途様にご協力をいただきたいのです。
特権が得られれば、この山禍を第七チャンバーから地上に戻し、適切な治療を受けさせる事が出来ます」
「協力した後、私はどうなりますか」
「しばらくは地下にご滞在いただく必要がございますが、いずれ地上にお返しいたします。
その際、マウントのからくりはバレますので、我々が殲滅されない体制が整ってからになります」
私は疎開のためにこの世界に来ているのであってこの世界に干渉したいわけではない。
だが、このプランなら多くの人が死ぬこともないだろうし、サワンも助かり、当初の目的も時間はかかるが達成できるかもしれない。
私は、彼らに協力することに同意した。




