カバーストーリー
「いやはや、何事かとは思いましたがご無事で何より」
馬の隊列を先導している作業班の隊長が馬上のターレン先生に話しかける。
「すみません、せっかくお呼びしましたのに」
「無論、我々としては一刻も早く、下ごしらえを済ませたいところですが、今回の件ではおっしゃる通り『調査』が優先されるべきです」
急ごしらえだが、現状の筋書きはこうだ。
1.ウエスタン‐ディジタスでフレッシュゾンビを調達していたが、現地人に見つかり奪還された。
2.現地工作員を粛清から守るため、第四チャンバーに集合させたのち『切り離し』を行った。
3.切り離した状態を見られると「マウント」を使用していた事実に気づかれるため、空の第三チャンバーをダミーとして再マウント済み。
4.切り離しの際に、現地人に情報提供したと思しき山禍とその連れの女を確保し一緒に連れ帰った。
5.山禍は激しく抵抗して重症。 女も爆発物を隠し持っており、先ほど不意を打たれて交戦、その後無力化済み。
6.当初、女の方は奪還されたシアンの代わりとして直ぐ『作業』に入る予定だったが、先ほどの戦闘行為により山禍とかなり深い関係にある可能性が出た。
7.そのため段取りを修正、山禍を回復させたのち、女を人質にチャンバーを発見した経緯、背後組織などを洗うことに変更。
1~3までは事実。4以降は微妙に嘘を入れて辻褄を合わせている。
「そう言えば、我々がこちらに出立する頃、第三チャンバーは凄かったそうですよ」
「組合の掃討部隊ですか」
「ええ、隠し扉を疑ったんでしょう、地響きが連続三回、恐らく『聖なる散華』が使用されたのでは、と」
「さすが姉御、容赦ない…」
「俺は、斥候達が心配です。 街もダンジョンも封鎖されているでしょうから、逃げようがない…」
「ユーシャ君、この期に及んで心配など無意味です。 すべては神と使途様の御心のままに」
「はい…すべては神と使途様の御心のままに…」
ユーシャは後ろの女性―両手を軽く拘束されたまま植木鉢を抱えて馬に跨るオレンジの髪の女性―を振り返るのだった。
――――
西の街ウエスタン‐ディジタスの冒険者組合、その一階ロビーは『顕造派対策本部』となりごった返している。
「姉御、街を出ようとしたご令嬢が自警団にひん剥かれたと保護を求めてやす!」
「よし、保護しろ。 で、胃袋と穴、全部調べろ。 自警団に『手緩い』って苦情出しとけ!」
ウエスタン‐ディジタスは現在自警団によって封鎖されている。 入ることも出ることも禁止。
ダンジョンも封鎖、出入口の縦穴外周には冒険者組合が寝ずの番を敷いている。
教会関係者も秘匿会員も含めて総出で、各施設への立ち入り検査を行っている。
各所の情報は現場に最も近い冒険者組合に集められるようになっていた。
私たち、パーティ『イロモノ』の面々は冒険者組合の最上階の奥、宿泊施設の一室で保護されている。
顕造派の設備とその被害者を発見した私たちは、暗殺にあう危険があるからだそうだ。
ふと、立て続けにズズズンと大きな音がし、建物の窓がビリビリと揺れる。
「三人か…」
オアツラエさんは窓の外を見やりながらつぶやく。
オアツラエさんは重装甲魔法騎士の装備の無断持ち出しと独断先行を咎められて、私たちと一緒に缶詰めになっていた。
「ぼ、僕ら! 何も知らないんで。 魔法使い居ないんで、今回は入り口でイメトレしかしてなくて!」
隣の部屋がうるさい。 『ヤブキ』とかいう新参パーティが事情聴取を受けているが、どうにも連中、説明が下手だ。
「ねぇリーダー、顕造派って結局何?」とプラム
「端的に言うとニンゲンをリバースエンジニアリングして『ヒト』を新造しよう…って連中ですよ」
「それは…おかしいです、ニンゲンは『ヒト』様に似せてはありますが、その本質は『オー』様から継承したはずです」とグリー
「でも連中は何故かニンゲンが『ヒト』様の子であることを確信していて、ニンゲンから『ヒト』を作ることでそれを証明しようとするんです…」
「それで誰かを攫っては実験?してるってか…ひっでぇな」とイェロ
――――
「先生、帰ってこないな…」とブリエ
「イツツさん、サワンさんが帰ってきていないって、先生が引き返して…
ユーシャさんのパーティも仲間が半分が戻ってこない、って結局引き返したんでしたね」とマホガーニ
「お前達、こうなってしまってはもう、ターレン先生は戻らない。 …そう覚悟しておきなさい」とオアツラエさん
「「そんな…」」「先生…」
「すまない、このオアツラエ、一生の不覚…」
オアツラエさんは窓の外、ダンジョンの縦穴を睨みつけてつぶやいた。
――――
翌朝、私たち、パーティ『イロモノ』の面々は再度『/misc』の前にいる。
ここからはもう何も出ないという判断が出ており、現在の捜査の主体はもっぱらダンジョンの深部と、街の裏路地などだ。
ダンジョンの深部については、最低でも三階層まで捜索するらしい。
一~二階層パーティ三つ分、二〇名前後を一チームに統合して、そこに三階層パーティから一名ずつをオブザーバーにつけて挑む体制になるらしい。
今、バイパーさん以下ネイティブの山禍達も、イミグラント語を使えるものがオブザーバーとして参加している。
今までのダンジョン内の追い剥ぎ行為を追求しない件とのバーター取引になっているためわりと協力的らしい。
「さて、ずいぶん散らかってますが、簡単な実況見分となりますのでご協力をお願いいたします。
あ、わたくし、ウキヨと申します」
自警団の捜査官が書き散らした紙の束をめくりながら挨拶をしてくる。
「おや、オアツラエさん。 あなたは召喚しておりませんが?」
「施設代表として参りました。 ターレン女史が行方不明のため他に代表者がおりませんでしたのでね」
「なるほど? ですが、先日の件もあります、くれぐれもおかしな行動はなさらぬよう願いますよ。 あぁ、あなたがスコルピオ? 言葉OK? 結構結構」
こんな感じで捜査官と話しながら、『/misc』の扉から続く少し長めのパスを抜け、あの開けた空間に出る。
ここから、当時の動きを身振り手振りで進めていく。
サワンさんの役はオアツラエさん、イツツさんの役は捜査官が担当している。
ちょうど今、マホガーニのLitの魔法で空間の全容が分かった頃合いだ。
実際にLitを放ってもらうと、中央の棺がかろうじて残った状態の、正面と左右の壁面に巨大な丸い空洞が空いた異様な光景が露になる。
「す、すみません、これは何の跡ですか?」
「おや、そのような発話は報告されておりませんでしたが…」
「ごめんなさい、実況見分とは離れた、ただの問いになります」
「ああ、なるほど。 コホン、これは聖なる散華による爆破の跡です」
「昨日の地響きの奴ですか?」
「左様です、このような行き止まりの部屋には概ね隠し扉、またはトラップのリスクがあります。
その上、今回の掃討戦のようにこちらがやって来ることが確定で相手にばれている場合、そのリスクは跳ね上がります。
したがって、部隊到達後は速やかに大火力をもって爆破、隠し扉の露呈、またはトラップ機構の破壊を達成しておく必要があるのです」
「す、凄い威力ですが、創生前の怪物を怒らせたりしないでしょうか?」
「この空間、明らかにニンゲンの手によるものですからね! 怪物たちはニンゲン同士のいざこざには不干渉なので心配いりません
…コホン、では実況見分を再開いたしましょう」
――――
「…なるほど、警報が鳴ってから個々に我先と脱出した為に背後の状況は誰も把握できていない、と」
「俺は一度だけ振り向きました。その時はナローズの剣士が三名見えていて、てっきりその後ろもついて来ていると思ったのですが…」とイェロ
「では、戻りながら続けましょうか。 報告では
1.プラムさん
2.マホガーニさん
3.グリーさん
4.ブリエさん
5.スコルピオ、とそれに担がれたシアン(死体)さん
6.レディオさん
7.イェロさん
8.ナローズさんの剣士三名
9.ここから以降の剣士四名、ユーシャさん、サワンさん、イツツさんの順番は不明
という並びで出口に向かっていたことになります。
途中で誰かとすれ違いましたか?」
「私は認証の番人の部屋を出てかなり進んだ後『ヤブキ』の方に会いました。何故かダンジョンの外でキャンプしていました」とプラム。
「報告の通りですね、その後は?」
「ダンジョンでおかしなアラームが鳴りだしたので危険を感じて逃げてきたと伝え、『先生は何処にいますか?』と聞きました」
「その後、僕も『ヤブキ』の方に会いました、同じく『先生が何処にいるか知りませんか?』と聞いたと思います」とマホガーニ。
「その次、私も出会って、『先生は何処だ』と聞いたと思います」とグリー。
「その次、俺も聞いてから『知らないなら知らないで良いんだ、キョロキョロすんな』って怒鳴った気が…」とブリエ。
「それで、どうなりました?」
「「「「『知らないので、仲間に聞いてきます』っていったん奥に引っ込みました」」」」
「それで、どうなりました?」
「「「「『先生は別件で此処を離れている、戻ったら伝えておくので先に冒険者組合に助けを求めた方が良い』って言われました」」」」
「なるほど、ずいぶん具体的な指示を出せるお仲間がいたのですねぇ」
「その後、横穴を抜けるころにはスコルピオさんと、レディオも追い付いていて、みんなで縦穴の外周の坂を登っていきました」とプラム
「それで、坂を登りきるころには、縦穴の底にイェロさんが見えたので、冒険者組合で落ち合う合図を送って先に向かいました」とマホガーニ
「なるほど…ときに、レディオさん。 あなた、ナローズの方とすれ違いましたか?」
「いえ、すれ違いませんでした。 イェロとも話したんですが、あの人たちは三階層パーティですから、ダンジョン入り口の方からは来ないと思います」
「足音などは?」
「すみません、しなかった気がしますが、動転していましたから気づかなかっただけかもしれません」
「…」
「さて、ここまで皆さんの話を聞いて、矛盾などありますか?」
「「「え? おかしなところはないと思いますが」」」
「なら、良いのです。 実況見分をした甲斐がございました」
「?」
「プラムさん、あなたが出会った『ヤブキ』の方はどんな出で立ちでしたか?」
「弓を背負っていました」
「それはユミさんですね。 ではマホガーニさん、あなたが出会った『ヤブキ』の方はどんな出で立ちでしたか?」
「ハルバードを持っていました」
「それはホッコさんですね。 ではグリーさん、あなたが出会った『ヤブキ』の方はどんな出で立ちでしたか?」
「腰にテイパーアックスぶら下げてたと思います」
「それはオーノ君ですね。 では最後にブリエさん、あなたが怒鳴った『ヤブキ』の方はどんな出で立ちでしたか?」
「片手剣のケンだよ、リーダーの! キョドっててきもい奴」
「「「「…んん??」」」」
「パーティ『ヤブキ』は四名のチームと聞いております。
はて―おかしいですねぇ、彼ら全員が知らないと言い、聞きに行った『お仲間』とは一体どなたでしょう?」




