ネクロマンサー
サワンはレイピアのような武器で背中と足を刺され重体だ。
私はワンピースの裾を破り、サワンの足を縛った。
いったん足はこのままとし、今は背中の傷の止血のために出血部位を圧迫し続けている状況だ。
「へぇ、無学なお嬢さんと聞いていたんだが」
少し離れたところで、チズル、サリー、マリエと呼ばれている女性剣士三名に守られて座っているユーシャがぽつりと言う。
「無学なのは確かです、できればこの状況をご説明いただけると助かるのですが」
サワンの出血がひどい、すぐに殺す気はないようだが、状況がわからないと対策が取れない。
ユーシャは、少し思案した素振りの後、両手を肩の上で広げる。
「いいぜ。 同業者と話ができるなんて光栄だ。 まずはそうだな、改めて自己紹介しようか」
聞くとこのユーシャ、『死霊使い』であるらしい。
模擬戦の後、サワンからは死霊使いは創作の中でしか出てこないものと聞いていたが、目の前居にいる男がその現物であるらしかった。
「なるほど、この女性剣士たちはゾンビプロセスということですか。 ゾンビは存在自体が稀であるはずです。 であれば、あなたは人為的にゾンビを製造しているということでしょうか」
「ご明察、話が早くて助かる」
ユーシャはのそりと立ち上がると、マリエの腕を引き寄せ、二の腕を摩る。
「俺様の専門はフレッシュゾンビさ。 通常の人間と何も変わらない、心臓も動くし血も通っている。 自我だけがない生きたお人形だ」
ユーシャが私に近寄って来る。
「「「ユーシャ、あぶないよ?!」」」
「待て、動かず待機だ。 チズルは弓に換えろ」
ユーシャの後ろで、チズルが素早く弓に切り替え、その前方の左右をサリー、マリエが塞ぎ、チズルを守る陣形となった。
「彼女たち、よくできていますね」
ユーシャは私の少し手前で屈みこむ。
「指示系統が確立できれば、難しいことじゃあない。 だが、お前さんが使役してたあの騎士は腐った死肉だったろ。 …あれでなぜ動ける?」
どうやらこのユーシャ、あの模擬戦を観戦していたようだ。
「まず大前提として、物体は無数の粒の集まりです。 そして、その粒は常にあらゆる方向に動いています」
「お、 おう?」
「集団が各々傍の人間の服を掴んでいる状態で、全員でばらばらの方向に走ろうとしている状態が物体の本質です。 結果として物体は動けません、移動方向の総和はゼロです」
「なるほど?」
「ですが、もし、その全員の走る方向を指示して揃える事が出来るとしたら?」
「揃えた方向に動きだす、か… いや、まさか、できるのか?」
驚愕するユーシャ。
「なるほど…まったく未知の原理だ。 興味深いな」
「ユーシャさん、状況の説明を頂けるのではなかったのでしょうか?」
「ああ、そうだった。 要約するとな、俺たちはここでフレッシュゾンビを調達してたがお前たちに見つかった。 顕造派なんて、見つかったら即粛清だ。 冒険者組合から掃討部隊が来る前に入り口を塞いだってわけ」
「だとすれば、私とサワンが出てから塞げばよろしかったのでは?」
「シアンの代わりを確保しないといけなくてな、悪く思うなよ?」
そういうと、ユーシャが何か黒いものを投げてよこす。
思わず受け取ってしまうと、直後チクリと左の手首に痛みが走った。
「あら、毒蜘蛛ですか?」
私は右手で蜘蛛をはたく。
「うわぁぁあああ、素手で払い落すなよ! チズル!」
ユーシャが後ろに飛び退くと、すぐさまチズルが弓で蜘蛛を射抜いた。
…
……
………
「どうしました?」
「一応言っておくが、その毒蜘蛛、『パルドン』の毒は『カマーン・レッドスネーク』どころじゃない強力な毒、即効性の神経毒だ」
「そうなんですね」
「そうだ…ということはあの話…マジか…すげぇ、すげぇなお前!」
ユーシャが詰め寄って来る、無駄に近い。
「魂はどうやって維持を? 死神を逃れる方法があるのか? 教えてぶべぇ!」
突如目の前のユーシャが消え、色白い女性のへそと下腹部に変わる。 その後何かの布地が私の頭の上にかぶさった。
「あー! なんか踏んじゃった! ユーシャ踏んじゃった!」
「クッソ、退けヨシミ。 ぎゃふッ!」
どうやらユーシャの頭上から女性が降ってきたらしい。 その後も追加で女性が降り続き、合計五名がこの場に降ってきた。
「ユーシャ、ちゃんとお留守番してましたかー?」
「いでで…先生、ヒカリたちの回収ありがとうございます」
「…なるほど、ターレン先生もお仲間だったのですね…」
「ユーシャ? この痴女まだ動いてますよ? ちゃんと処置しなさい」
「処置したが、毒が効かねぇ。 あと先生、この女、死霊使いとしてはかなりのもんだ」
「はぁ、ユーシャ、それが本当ならあなたの彼女たちはとっくに乗っ取られてませんか?」
「いや、個々のパーツを操作しないといけないタイプらしいから、おそらく操れても一、二体だろ、なら乗っ取られても残りで取り押さえられる」
「わかりました、この痴女の取り回しはユーシャに任せます。 それで、この後だけど…」
――――
私とサワンは奥の棺のある広間に連れ戻され、角に配置されている。
少し離れてチズル、サリー、マリエが抜剣したまま取り囲んでいる。
広間中央の棺は蓋が戻されており、ターレン先生とユーシャがその蓋の上に何か羊皮紙のようなものを広げて話をしている。
残りの女性剣士はその周囲を警護している。
「今は代わりに第三チャンバーをウエスタン‐ディジタスにマウントしてあるわ、この第四はどこにもマウントせず、このまま出口を掘り返してもらってサイトに戻る予定よ」
「あいつらは?」
「斥候として残すわ。 あと、第三はしばらく繋ぎっぱになる。 下手すると二度と使えなくなるわね」
「何かあったか?」
「乗ってきた魔装馬車に重装甲魔法騎士の装備が一体隠してあったのよ、オアツラエ氏が単身乗り込もうとしたところを組合の姉御にチクって止めさせたわ」
「ああ、重装甲魔法騎士の感知器だとチャンバーの仕組みがばれるかもな」
「正直危なかったわよ。 後は組合の掃討部隊のバカ共に来てもらって何もないところを捜させる。 我々が『とっくにどこかに逃げた』ことになって、捜査の目がチャンバーから他所に向いてくれれば御の字ってとこ」
――――
植木鉢に居るジョーの指向性マイクにより、彼らの会話は聞き取れていた。
「イツツ嬢様…」
「サワン、喋ってはいけません」
「いえ、聞いてください。 おそらく連中の言う『チャンバー』とは、この広間の事です。 そして…」
サワンによると、ここの空間はウエスタン‐ディジタスとは全く別のところにある可能性が高いという。
そして『マウントコマンド』という奇跡を行使して、ウエスタン‐ディジタスのダンジョンの『/misc』に出口を繋げていた、という事らしい。
奇跡はそう簡単に行使できるものではないため、繋ぎ換えたりしている今回はかなりの非常事態のはずだ、とも。
「ですが先ほど、先生は何処からともなく降ってきました。 ワープのような方法で入ってこれたのなら、出る手段もあるのでは?」
「ワープが何かは存じませんが、あれはおそらく『ハードリンク』を使ったのでしょう。
通常の『リンク』は一番近い『住所』に転移するので、本来なら先生はウエスタン‐ディジタスのダンジョンの『/misc』に飛ぶはずです。
ところが繋がりが無くなって孤立しているはずのこっちに飛んできた。 ということは、『物理座標』に転移するタイプの『ハードリンク』で間違いありません」
「では、ウエスタン‐ディジタスのどこかにつながる『ハードリンク』があれば、ここがどこだろうと戻れるのですね?」
「ええ、ただそういう都合の良いものが見つかるかは疑問です。 ただ―」
「ただ?」
「たしか第三チャンバーはウエスタン‐ディジタスに繋ぎっぱって言ってましたよね、あいつら…」
「ああ、なるほど! 外から第三チャンバーの壁を壊せば、その中は…」
「ええ、ウエスタン‐ディジタスのダンジョンの『/misc』ってわけです」
私たちは先生たちがサイトとやらに戻るために出口を掘り返すタイミングを待つことにした。




