巻き込みは大事よね
夜遅く、錠体協会副会長、オアツラエは理事会を緊急招集していた。
セイシン理事が定点観測班からの報告書を読み上げると、メンバーからは深いため息が漏れた。
「それで、今回は幾つの原住民と山、そして予算を削れば宜しいので?」
ファンガル理事が先回りしてけん制すると、財務部会の周辺からは冷ややかな笑いが起こった。
「前回の様な騒ぎは御免ですぞ?私も貴方も評議会にどう思われているかはご存知でしょう?」
「既にギリギリのタイミングなのです、早く落下予測地点に回収部隊を展開しなければ…」
「ただの石ころでした、と言えなくなると?」
セイシン理事の言葉にファンガル理事が割って入った。
「我々としても、その遊星が次代の御使いである確証が無い限りは兵をお貸しできませんな。」
カンジョー大隊指揮が止めを刺した。この人が動かないのであればもう何をしても無駄だった。
そして、実際このひと言で理事会は解散となった。
理事会メンバーの全員が帰途につくと、それを眺めていたオアツラエの傍に黒服の男が現れた。
「では、手筈通りに。」
オアツラエが手を振ると男は素早く去り、間もなく数頭の馬が城壁の向こうへと駆けていった。
「私の報告は、あれで宜しかったでしょうか。」
セイシンがオアツラエに歩み寄り、耳打ちをした。
「上出来だとも。後はファンガルに憑いている商会が盛大に空振りしてくれれば、なお良い。」
オアツラエには前回の騒ぎの黒幕の目星は付いていた、ただ証明するものが無いというだけで。
「カンジョー殿によるとあの地域は現在、山禍の支配地域になっているとの事です。」
セイシンが更に続けた。前回の失態で大義名分を得た山禍が各所で攻勢に転じているのだった。
だが、カンジョー殿が裏で手配した黒服達は直属の精鋭だ、万が一にも遅れは取らないだろう。
「此度の福音は山禍の頭上に発現した、それを掻っ攫う我々には何の資格があるのだろうな。」
オアツラエは協会の理念を十分理解しているつもりだったが、やはりふと不安になるのだった。
「何を仰います、我々はこの時の為だけに有史以来連綿と続く最古の組織、充分な資格です。」
セイシンは堂々と胸を張って答えた、何よりも自分の代でその役目が巡ってきた事に感謝して。
「そうだな、審神者としての資格と使命が有るのは我々において他にない。」
「ではダミーの回収班を出すぞ。商会が食い付き次第、我々本隊は黒服の残した印を追跡だ。」
うっすらと視界が開けた。真っ黒なテーブルに散った塩の粒のように無数の星が瞬いて見えた。
ふと、私はまだ飛んでいるのかと思ったが、無意識に伸ばした腕が視界に入った時、理解した。
体がある、伸ばした腕の重さを感じる。私は今、この惑星の上で新たな肉体を得たのであった。
私はゆっくりと腰から上を起こす、じっと手を見る、指は五本、腕は二本、関節の自由度は六。
次にその手で顔を触る、目は二つ、鼻の穴も二つ、耳も二つ、口は一つ、歯もあり舌もあった。
私の惑星の人間と同じと考えて良いようだ、正直少しくらいは違いがあっても良かったのだが。
特に耳が尖っているとか、長いとか、ケモいとか、尻尾があるとか、色々と期待はあったのだ。
だんだん意識がはっきりしてくると、私の興味はもう少し文化的な方面、容姿に向かっていた。
髪は肩の位置まで垂れていて、色は黒か茶、ワンピースのような服、靴は何故か履いていない。
そしてワンピースの胸の部分には穴が開いており、気になった私は襟ぐりから中を覗いて見た。
心臓の位置に見覚えのある鉄球と、その表面に五芒星の刻印、三日月のインジケータが見えた。
それは例のインターフェイスだった。大部分が体に埋まり、刻印の部分のみ見えている状態だ。
出血している様子もないし正しい状態なのだろうが、これは少し困った事態になってしまった。
今後、この鉄球を人に見られるわけにはいかない、まともな人間でない事が一目瞭然だからだ。
それはそうと、あのおっさんまさか大気圏外からこの心臓をピンポイントで狙ったという事か?
次に周囲の様子を確認した。どうやら木々がまばらに生えた茂みの中で横になっていたようだ。
すると急に焦げ臭いにおいが鼻を突いた、先程まで私の嗅覚は機能していなかったという事だ。
足に力を入れ私は立ち上った、少しフラフラする。平衡感覚―聴覚の機能がまだ完全ではない。
この転生、もとい体を乗っ取るプロセスには少し時間が必要なようだった。
焦げ臭い匂いのする方へ行ってみると、茂みの奥で何かが横たわっている。
暗くてよく見えない、さらに近づこうとしたが理性がそれを止めた。おぉ理性が機能している。
死体、あれは焼け焦げた人間の死体だ。そう確信した私はその場を離れ元の場所に戻って来た。
そして、自分が返ってきた方向とは反対の茂みの奥にもやはり何かが倒れているのを発見した。
状況が良く分からない、分かっている事は転生した私の周囲に死体が転がっているという事だ。
いや、シンプルな話彼らと彼女は私の転生の巻き添えになったのだ。そう考えれば腑に落ちる。
実は死体は三つあった。両脇の茂みに男の死体が二つ、正面の茂みの奥に女性の死体が一つだ。
女性の死体は男達のように焦げておらず、幾つかすり傷は有るもののとても綺麗な状態だった。
ただ、胸に大きな傷があるようで血で服が黒く染まっていた。これが致命傷となったのだろう。
私は巻き添えの三人と当事者一名に手を合わせると、女性から靴を拝借し茂みの外に向かった。
茂みの外には大きな河があった。水量はあまり無いようだが、川幅は一級河川に匹敵していた。
右に明かりが見えたので振り向くと、すぐ近くに巨大で立派な石造りのアーチ橋が建っていた。
ここは街が近いのだろうか、私はまず橋の下を拠点にしようと思い立ち、土手を降りて行った。
あの明かり、恐らくはホームレスの焚き火だろう、中央の橋脚の根元だけが明るくなっていた。
あの明かりのおかげで橋の存在に気付けた、私は焚き火の主に感謝しつつ川岸沿いに近づいた。
橋の根元に到着し、向かいの橋脚を見ると焚き火の周りで腹を出して寝ている男連中が見えた。
実にだらしないと思って眺めていると、ある違和感に気づいた。馬も腹を出して寝ていたのだ。
馬は立って寝るとかそういう話ではない、馬は財産であるからホームレスではないという事だ。
私は橋の上に目をやった、落ちたのだ-橋の上から荷馬車ごと。燃えているのは積み荷なのだ。
恐らくは暴走した馬が突き破ったであろう柵の残骸が、橋の上からだらりと垂れ下がっていた。
ああ、全く。考えたくもない事だが、結局は彼らも巻き添えをくったと考えた方が自然だった。